第31話 守護霊4

 楓は色々な映画館の上映スケジュールを手当たり次第に調べていた。

 怪獣映画に西部劇と––––––

 探しているのは新作ではなく、高見澤が好きそうな旧作映画を続けて見られる映画館だった。

 刑事の高見澤が人獣退治ゲームに没頭していて、助手の楓は夢中で映画を調べている状態なので、世の中の怪奇事件は放置されていた。高見澤の言うところの捜査第一課のエリート刑事達は、高見澤が何をやっていようが、ややこしい怪奇事件に自ら首を突っこんでくることはなかった。

 高見澤と楓が一日中遊んでいても、誰もけちをつける者はいない。下手に口出しすると自分がやらされる羽目に陥るので、そんな危険を冒す者は誰もいなかった。

 危険回避しているのはなにも高見澤だけではない。刑事の誰もが外に出るよりは部屋に籠って事務作業をしていることのほうが多い––––––書類をきちんと整えることが、刑事の本来業務のようになっている。

 本当の悪と毎日外へ出て戦っていれば、命がいくつあっても足りない。自分自身の命と家族の生活が脅かされる。危険を冒して事件を解決するより、事件が解決できない言い訳のための書面の作成に力を注ぐ。それで立派に仕事をしていることになって出世の道が確保できる。いい大学を出た頭のいいエリート刑事達は、そういうことにおいては、高見澤より一枚も二枚も上手なのだ。

 世の中が期待する刑事像と、刑事達の実像には大きなずれがある。むしろかつての高見澤のように、何の見返りもなく危険に身を晒(さら)してひたすら人獣や妖気と戦うなどということは、サラリーマン刑事にはあり得ないことだった。

「これだ!」

 映画調査に集中していた楓が顔を上げた。

「マサさん、毎日部屋に籠って人獣退治ゲームばかりだと、尻に苔(こけ)が生えますよ。たまにはパーッといきませんか」

「ケツよりは尻のほうがまだ言葉としてはいい」

 高見澤はゲームの手を止めずに言った。

「いい映画ばかり一日中上映している映画館があるんです––––––怪獣映画と西部劇が目白押し。どうせ私達が何をやっていても誰も文句言わないですから、今日は一日映画の日にしませんか」

 ––––––楓はネットで調べまくって、新宿にある高見澤にぴったりのレトロ映画座を見つけ出したのだ。

 楓が一日の上映スケジュールをプリントして高見澤のデスクに置いた。

「むむっ。これ凄いじゃないか」

 ゲームの手が止まった。

「抗(あらが)えないでしょう」

「抗えない。これは行くっきゃない」

 高見澤は楓の提案に乗った。仕事中に映画を見に行くアイデアに賛成するところが既にしておかしいのだが、誰も高見澤を管理している者はいない。部長刑事の森田も捜査第二課が中心で、怪奇事件捜査課なんぞ真面目に見ていないのだ。

「マサさん、出撃しましょう!」

「よし、出撃だ!」

 事件捜査に出る振りをして、二人はいそいそ出掛けていった。

 車だと駐車場代がかさむので地下鉄に乗った。

「そう言えば一緒に地下鉄に乗るのはこれが初めてじゃないですか?」

「そうだな。だいたいいつもパトカーか車だった」

「マサさんと地下鉄に揺られているだけで、新鮮な気持ちになります」

「地下鉄は映画のシーンにもなる」

「今日はマサさん好みの映画ばかり、ぶっ通しで見られます」

「纏めて見ると割引料金になるし」

「ワクワクします」

 楓も映画は大好きだったし、高見澤と二人で映画館に入ること自体が楽しみだった。

 それでも長い間染み付いた習慣で、高見澤は車内の乗客をつぶさに観察していた。

「あそこの隅の席に座っている男は人獣だと思うな」

 高見澤が楓に目配せした。

「そうですね。確かに臭います。でも今日はそんなことは忘れましょうよ」

「そうだな。楽しむときは楽しまなきゃ」

 高見澤も楓同様浮かれていた。


 小さな映画館は、目立たなくてうっかりすると通り過ぎそうなところだった。建物の構造のせいか、半地下に下りるようになっている。

 高見澤が二人分怪獣映画と西部劇を二本ずつ四本通しでチケットをまとめ買いした。まだ給料日から十日ほどしか経っていないので、高見澤は珍しく気前がよかった。

「マサさん、悪いですから、コーラとポップコーンは私に買わせてください」

 楓はジャイアントサイズのポップコーンとLサイズのコーラを二つ買って、トレイにのせてもらった。

 シネマコンプレックスではないので、スクリーンは一つしかない。それでも館内はガラガラだった。二人はど真ん中の一番いい席に陣取った。

 怪獣映画や西部劇も配信でより安く手軽に見ることができる時代だ。どういう趣向でも映画館にはそれほど人は集まらない。そのお陰でほぼ貸し切り状態になり、二人はくつろいで大画面でどっぷり映画に浸ることができた。

 途中楓は二回追加でコーラとポップコーンを買いに行った。

 四本映画を見終わって映画館を出た時には、もう日が暮れていた。二人とも一日中怪獣映画と西部劇の世界に浸り切っていたので、まだ興奮状態が持続していた––––––銃声とゴジラの咆哮と映画のテーマソングが頭の中で反響している。

「マサさん、次行きましょう」

 楓が高見澤の手を引っ張った。

「おいおい、どこへ行くんだよ」

 ––––––楓が高見澤を連れていったのは、仮想現実を体験するVRゲーム館だった。

「ここで二人して映画の世界の中に飛び込みましょう!」

 楓と高見澤は、ゴーグルとヘッドフォンが一体になったヘッドギアをつけて西部劇の中に入り、ガンマンになって悪人達をばったばったと撃ち殺した。射撃のプロの高見澤は過去最高のハイスコアを叩き出し、楓もなかなかの高得点をマークした。

 次に二人は自ら巨大化して、怪獣達と素手で戦った。キックとパンチと空手チョップで怪獣を打ち倒し、転がった怪獣の体がビルや工場を破壊した。

 映画の映像でもその気にさせられるのに、自分が映像の中に入って主役に成りきることができる仮想現実で、二人は完全に別世界へ飛んでいった。

 悪人達と怪獣達に打ち勝った二人は、手をつないでゲラゲラ笑いながらⅤRゲーム館から出てきた。二人ともこんな楽しい思いをしたのは久し振りだった。まるで二人は中高生くらいの友達のようだった。

 今度はケーキが食べたい––––––と楓が言いそうになった時、前の通りで酔っ払いのグループ同士の喧嘩が始まった。

  

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