第10話 宿鼠2
ルルロロは檻の中でうずくまっていた。両手は鉄格子に手錠でつながれている。
コンクリート打ちっぱなしの部屋には窓がなく、重そうな鉄の扉が一つ。逃げ出したいと思ったが、ほとんど身動きさえできなかった。たとえ檻から出られたとしても、鉄の扉には外から鍵が掛けられている。空調や排水の穴さえない––––––この部屋から外へ出る手立てはなさそうだった。
何度もロルルルとリリルルに高周波の音声で呼び掛けたが、分厚いコンクリートの壁に阻まれているせいか、応答がなかった。
このままここで殺されるのだろうか––––––
そう思うとひとりでに体が強張ってくる。
街中で黒いサングラスをかけた男達に取り囲まれ、銃を突きつけられて捕えられ、ルーフの付いたトラックの荷台に乗せられた。そこに用意されていた長方形の檻に入れられ、手錠をされて、30分ほど運ばれた。トラックは地階の駐車場スペースに下り、キャスター付きの檻ごと今いる部屋に移された。
尾行されているのに気づいた時は、人獣かと思っていたが、意外だったことに犯人は人間だった。背後の尾行者に気を取られていたら、相手は後ろからだけでなく、前からも来て囲まれた。
ルルロロを誘拐した男達は、宿鼠のような攻撃力の無い妖怪を捕えて高値で売り飛ばす捕獲業者だった。元々は誘拐と人身売買を業としていた悪人達だが、そのノウハウを使って、時世に合わせて妖怪売買に転身したのだ。
いつの時代にも一番あくどいのは人間達だ。どんなに社会が困っている時でもそれを悪用して商売に変える。金になれば人間であれ妖怪であれ商品化し、時には容赦なく命を奪う。また、そのような悪質な者達に金を出す金持ちや権力者が必ずいる。悪事は手を下す者の背後にいて金を出している持てる者達によって支えられている。人身売買、臓器売買––––––話には聞いていたが、ルルロロは身を持ってその怖さを味わうことになった。
ルルロロは自分が誰に何の目的で売られようとしているのか、想像するだけで息が詰まりそうに恐ろしかった。
人間は雑食で何でも食べる––––––
食用で売られる可能性を思い浮かべると、気分が悪くなって吐き気がした。
やがて鉄の扉が開き、男達とその依頼主が現れた。
「お約束の品です。宿鼠は初物です。しかも全くの無傷です」
サングラスの男の一人が檻の扉を開け、ルルロロのフードを脱がせた。
「おーっ、愛嬌のある顔をした妖怪だな」
でっぷりした禿げ頭の依頼主は、一目見てルルロロのことが気に入った。
「大人しいのでペットには最適です。妖気を宿す力がありますので、妖気対策にも使えます」
「便利な妖怪がいたものだな」
「よろしければ、特製のケースに入れてご自宅に配送します」
「値段は?」
「特別注文ですので、ケース台、配送料込みで五千万円です。分割払いでも結構です」
「いや現金で買う」
依頼主のお付きの者が、鞄から大きな万札の札束を五個取り出した。
宿鼠の買い手は、会社社長で大金持ちの資産家だった––––––何でも金で思い通りになると思っている輩だ。
「本日中にお届けにあがります」
「そのみすぼらしい身なりはやめさせてくれんか」
「承知しました。衣装代はサービスでやらせていただきます」
「また面白いものがあれば頼むぞ」
ルルロロの購入者はそう言い置いて出ていった。
客が帰ると、男達は八角形の小ぎれいな檻を転がしてきた。
ルルロロはフードのついた衣服と靴を取り上げられ、水玉模様の服を着せられた。三角帽子と反り返って尖ったつま先に玉の付いた靴––––––サーカスのピエロの衣装だった。
「こいつは化粧をしなくても、顔がピエロそのものだな」
「サーカスに売る手もあった」
「サーカスじゃせいぜい五百万円だろう」
「金が有り余っている大金持ちは商売がしやすいな。言い値でしかも即金で買いやがった」
「こんなにスムーズにいく商談は珍しい。大切なお客様、大事にしないとな」
「子供がいるらしいから、今度は子供を誘拐して身代金を要求しよう」
「それなら五千万じゃなくて五億はいけるな」
悪人達は悪事が思い通りに運んで浮かれていた。
––––––男達の会話を聞いている限り、ルルロロは食肉や臓器として売られるのではなさそうだった。
殺されずにペットとして売られることは、むしろ幸せと考えるべきなのだろうか––––––
人獣に狩られ、人間には物のように扱われる自分達宿鼠っていったい何なんだろう––––––
ルルロロは優しい仲間達がいる地下が恋しくて、眼にいっぱい涙を浮かべた。
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