第11話 宿鼠3
「マサさん、昨晩も派手にやったんですね」
楓が大きくプリントアウトした写真を二枚持ってきた。
––––––一枚は殺された人狼の死体。もう一枚は宙に浮かんでいる巫女の妖気だった。
「違うんだ。俺は何もやっちゃいない」
「人獣と妖気殺しのマサでしょ」
「違う違う。人獣を殺したのは俺じゃなくてその妖気だ。それに俺はその妖気を殺しちゃいない。逆に危うくこちらがやられるところだった」
「何だ。やっぱりそうなんですね」
「何だ。そのやっぱりっていうのは」
「人獣の方はさておき、この妖気はマサさんの手に負える相手じゃないと思いました」
「そうなんだよ。眼が無くておっそろしくて、物凄い戦闘力だった。楓はなぜそんなことを知ってるんだ?」
「常識ですよ。不知光(しらぬい)の巫女は有名な妖気殺しの怨霊ですから」
「俺はあんなの初めて見たし、不知光(しらぬい)の巫女なんて知らないの巫女だし」
「私は妖気については詳しいんです」
「どこでそんな情報を仕入れてきたんだ?」
「あの写真を見た時から研究していました」
壁でピンで貼られている写真の一つに、うなじに穴を開けられ、背中に奇妙な絵文字が書かれた死体があった。
「そう言われてみれば、同じ手口で殺されているな。昨日は絵文字はなかったけれど」
「不知光(しらぬい)の巫女は、魔と戦って眼を奪われたんです。死んでもなお妖気と化して戦い続けています。魔を滅ぼす死霊の巫女です」
「ふーん、じゃあ味方なのかな。それなら俺を襲わないで欲しいんだけど」
「マサさん、何か彼女を怒らせるようなことをしませんでしたか」
「銃を持っていたので勘違いしたかもな」
「不知光(しらぬい)の巫女は眼が無いので、マサさんがイケメンだってことに気がつかなかったんでしょう」
「そういう問題なのかな。あんまり好かれたい相手ではないが」
「眼があった時はとても美しい人だったんですよ」
「だからどうなんだ」
「彼女がマサさんを好きになれば、強い味方になります」
「俺には怨霊しか相手がいないのか」
「何かプレゼントしてみたらどうでしょう」
「妖気を吸い込んでうまそうに喰っていたぞ。宿(すく)鼠(ね)に頼めば妖気の詰め合わせをプレゼントできるかも知れないな」
「マサさんが不知光(しらぬい)の巫女に出逢った時、取り憑いていた妖気を祓ったあとだったのでよかったです。妖気に憑かれたままだったら、今頃こうなっていたかも知れません」
楓が首に穴を穿たれた人狼の写真をひらひらさせた。
「占い師のお陰で命拾いしたな」
「不知光(しらぬい)の巫女が街中に現れたのは異常です。裏を返せばそれだけ魔がはびこってきている証拠です」
「妖気を殺せる奴は滅多にいない。うまく眼無し巫女と協力できないものかな」
「仲良くなれればいいんですけれど。でも話を聞く限りでは、マサさんの第一印象は相当悪かったみたいですね」
「そうなんだ。最初ちょっと微笑んだような気がしたんだけど、銃を見たら急に態度が変わった」
「早くマサさんが悪者ではないことをわからせないと危険です」
「俺が悪者に見えるなんて、いったいどこに眼をつけてるんだ」
「眼がついてないんです。視覚的には見えていなくて、多分霊感で見ているんですね」
「楓も霊感者だろう。霊感者同士で何とかコネをつけられないのか」
「私はただのバイトですから」
「占い師は、楓は霊感力があるから怪奇事件捜査にははまり役だと言っていたぞ」
「妖気のことはあの占い師の人にもう三千円払って相談してみるのが一番よさそうですね」
「またか。俺の財布はもう空っぽだ」
「カードでも大丈夫です。でも総務に相談してみたところ、今度から占いは捜査関連経費に認めてもらえることになりました」
「それほんとか!」
「こういうのを内助の功っていうんですよね」
「でかした!」
「ケーキをご馳走してくれると言ってましたけれど、まだ実行されていません」
高見澤は文句を言っている楓を無視して、早速携帯で占い師に予約を入れた。
その夜は占い師の店の灯りが消えていた。
ドアは開いていたが、待合室も真っ暗だった。
高見澤は壁を手探りして、電気をつけた。
それに気づいたのか、中から声がした。
「高見澤さん、どうぞ」
いつものように透き通った魅力的な声だった。
高見澤と楓が奥の部屋に入ると、また真っ暗だった。
「今日は節電の日ですか?」
高見澤がきいた。
「あ、すみません」
占い師は暗闇の中でランプを灯した。
紫色の炎がゆらゆらと揺れて、室内をぼんやりと照らした。
占い師は俯(うつむ)いて座っていた。
「どうぞ」
高見澤と楓が並んで座ってから、占い師は顔を上げた。
「うわっ!」
占い師の顔を見て、高見澤はのけぞった。
その顔には、眼が無く、眼無し巫女のように、眼窩は暗い穴になっていた。
「ど、どうしたんですか、その眼は」
「あら、失礼しました。今ちょっと貸し出し中なんです」
「貸出って眼をですか?」
「そうなんです。不知光の巫女に頼まないといけないことがあって」
「そのために眼を貸したんですか?」
「ええ、不知光の巫女は、普段は視覚の替わりに霊感で感じているのですけれど、霊感と目で見るのとではやることが変わってくるのです」
「眼を持ち逃げされたらどうするんですか」
「不知光の巫女は、もともと神に仕える巫女ですから、そんなことはしないです」
「実は眼無し巫女に遭遇して、もう少しで危ない所でした」
「高見澤さんは素敵ですから、不知光の巫女が私の眼を使っている間に、一度お会いになるといいですよ」
––––––占い師は楓と同じようなことを言った。
「不知光の巫女には何を依頼したのですか」
楓がきいた。
「宿鼠の一人が行方不明になっていて––––––誘拐されたのかも知れません。不知光の巫女なら、宿鼠を誘拐した相手が何であれ––––––人間であれ、人獣であれ––––––宿鼠が宿している妖気の匂いを辿って探し出してもらえるのではないかと思いまして」
刑事より眼無し巫女のほうが頼りにされているな––––––
高見澤は少しプライドを傷つけられた。しかし、警察の組織を使っても、行方不明の妖怪を捜索することは極めて困難だった––––––占い師は正しい相手に捜索を依頼したのだ。それに占い師が不知光の巫女とつながりがあるのは朗報だった。
「今日は、正に不知光の巫女のことでご相談にきたのです。我々も不知光の巫女と怪奇事件捜査で何とか協力できないものかと」
「不知光の巫女は魔を滅ぼすことを目的にしていて、妖気を喰って生きています。高見澤さんや楓さんがやられていることを、不知光の巫女は独自でやっているのです。協力したいと思うかどうかは、私にはわかりません」
「少なくとも敵ではないことをわからせたいです」
「宿鼠の居場所がわかったら、高見澤さんに救出をお願いすることになると思います。その際に高見澤さんが不知光の巫女にお会いになる機会を作れると思います––––––不知光の巫女に私の眼を貸しているうちに」
眼の無い占い師の顔が不気味に微笑んだ。
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