第5話 青い眼の占い師1

 楓は熱心に新聞記事に見入っていた。

 一面に大きな活字で「人獣射殺死体見つかる」とあった。


 ––––––牛などの家畜を襲って喰い漁り、鋭い刃物のような爪で何人もの人を殺害していたとみられる人獣が、何者かに射殺されて死骸で見つかった。地元住民は人獣を殺したのが誰であれ、これでようやく安心して生活ができると胸を撫で下ろしている––––––


「一面にでかでかと出てるこの記事、名前も何も書いてないけれど、人獣殺しなんてマサさんしかいないじゃないですか」

「ふーん、そうか」

 高見澤はデスクに置いた紫水晶の玉を凝視していて、楓の話は上の空で聞いていた。

「いつやったんですか?」

 楓は人獣の調査でいろいろ高見澤を手伝っていたのに、その結果は新聞を見るまで何も聞かされてなかった。

「昨日の夜」

「私にも何も言わないなんてひどいじゃないですか」

「ああ、ごめん。忘れてた」

 高見澤はメディアに対しては、自分自身と捜査に関する情報を周到に遮断している––––––顔割れ、ネタバレすると捜査に差し支えるだけでなく、狙われる危険が高まって命にかかわる。高見澤をこの世から抹殺したい人獣、人妖、妖怪、悪霊などは、数え切れないほどいるのだ。

 人獣の死体が見つかると、警察は通り一遍の捜査はするが、人が殺されたわけではないので基本的におざなりだ。熊の死骸が見つかったのと似たようなものだ。

 人獣は普段は普通の人間に成りすましているので始末が悪い。でも時折本性を顕わさずにはいられない。高見澤はその瞬間を狙う。無論、人間の姿をしている時から、当たりをつけている。ただ、その時点では軽々に逮捕はしない。人間の姿のままで逮捕すると、取調が面倒なだけでなく、万一誤認だと訴えられかねない。

 人獣が獣の姿になっている時に殺せば、感謝はされても、どこからもけちがつかない。高見澤は仕事が済むと素早く姿を眩(くら)ませる。誰にでもできる後始末は地元の警察に任せ、無駄な時間を費やすことなく、次の仕事に向かう––––––休む暇なく戦い続けるのだ。

「マサさん、朝から何やってるんですか」

 楓が新聞をバサッと音を立てて机に置いた。

 高見澤は精神を集中し、両手で水晶玉を撫でるような仕草を繰り返していたが、楓に邪魔されてギブアップした。

「駄目だ。何も見えてこない」

「急に水晶玉占いに凝り始めたのですか?」

「これができるようになると、事件の解決に役に立つと思ったんだが、俺にはできそうにない。占い師の素質がないみたいだ」

「どれどれ」

 楓が席を立って水晶玉を覗(のぞ)き込みに来た。

「まあ、こんなにはっきり見えてるじゃないですか」

「えっ、何が?俺には何にも見えないぞ」

「もやもやした妖気ですよ」

「そっち側から見ると見えるのかな」

 高見澤は楓の側に来た。

「何にも映ってないじゃないか」

「マサさんは目が悪いんじゃないですか。電子義眼にした方がいいかも知れないですね」

「馬鹿言うな。俺は視力は2.0あるんだ––––––勉強しなかったから」

「だから刑事になってしまったんですね」

「どちらかと言えば体育会系だったから。特に何のスポーツをやったというわけでもないが」

「スポーツマンならかっこいいですが、ただの体力派ですね。私はどちらかと言えば知性的な人に憧れていました」

「刑事にはあんまりいないタイプだな。あ、でも俺は格闘技はプロなんだぜ」

「残念ながら、妖気には格闘技は役に立ちません。それにこの妖気は既にマサさんに取り憑いてしまっていますね」

「何だって!」

「妖気が体内に巣食っているので、見えないのかも知れません。自分では自分が見えないのと同じです。多分妖怪退治をしているうちに、取り憑かれたんだと思います」

「おいおい、気持ち悪いことを言わないでくれ」

「怪奇事件担当の刑事なら、それくらいは仕方ないですよ」

「妖気に取り憑かれると、なんか悪いことが起こるんじゃないか?」

「きっと起こりますよ。ひどいことにならないうちに、ちゃんとした占い師に見てもらったほうがいいんじゃないですか?」

「そ、そうだな––––––」

 高見澤は紫色の水晶玉を手にとった。

「実はこれは本物の占い師から借りているものなんだ」

「綺麗ですね。ちょっといいですか」

 楓は高見澤の手から水晶玉をひったくった。

「けっこうズッシリきますね」

 楓は片手で水晶玉をお手玉のように投げ上げた。

「ば、馬鹿、やめろっ。それは凄く高価なものなんだぞ」

「へえー、おいくらくらいなんですか?」

 楓は片手で水晶玉をポンポン投げ上げながらきいた。

「本物の紫水晶の玉だから、少なくとも数百万円はするだろう」

「ええっ!」

 驚いた楓は放り上げた水晶玉をつかみ損ねた。

「わっ!」

 高見澤は瞬間の運動神経で、落下する球の下に自分の体を滑り込ませた。

 水晶玉は高見澤の顔の上でバウンドした。

「痛てーっ」

 高見澤は喚きながらも、バウンドした水晶玉が床に落ちる寸前に手でキャッチした。

「ふうーっ、危なかった」

 思わずほっと溜息を吐いた。床に落として割れていたら大変なことになっていた。

 床に寝そべっている高見澤の顔を楓が覗き込んだ。

「ナイスキャッチ!イチローみたいなスライディングキャッチでした。流石体力派」

「もうちょっとで弁償させられて破産するところだったじゃないか」

 高見澤は、床に寝そべったままで水晶玉を見詰めた。

「あっ!み、見えた!」

「何がですか?」

「今一瞬水晶玉の中に見えたんだ」

「寝てないで起き上がってから話しませんか」

「そ、そうだな」

 高見澤は水晶玉を大事そうに両手で捧げ持って起き上がった。

 水晶玉をデスクの上の円錐形の台にのせ、席に戻って高見澤はもう一度覗き込んだ。

「何が見えたんですか」

 楓も水晶玉を反対側から覗き込んだ。

「あ」

「だろ」

 ––––––そこには青くて美しい眼が、瞳をキラキラと輝かせて浮かんでいた。

「綺麗な眼ですね」

「なんだか楓の眼に似てないか」

「マサさん私の眼が綺麗だと思っているんですね」

 楓がにっこりした。

「俺もついに霊視能力が身についたのかな」

 高見澤がそう言っているうちに、青く輝く眼は霧が晴れるような感じで消えていった。

「お、何だ。消えちまった。せっかく見えていたのになあ」

「マサさん逆ですよ」

「何が逆なんだ?」

 高見澤は水晶玉の向きを変えてみた。

「そうじゃなくて。見えたのでなくて、逆に見られていたんです」

「えっ、あの眼にか?」

「あの青いキラキラした眼の持ち主が、どこからか霊感でここを覗いていたんです」

「それはどういうことだ?」

「この水晶玉はどこから来たのですか」

「言ったように借り物だよ。ある占い師からの」

「じゃあ多分その人です。マサさん、その水晶玉は早く持ち主に返したほうがいいですよ。今までも気づかないうちに、覗き見されていたかも知れません」

「覗き見の趣味はないと思うけど––––––多分こちらから覗いたので気が付いたんじゃないかな。それよりも楓には見えたっていう妖気が気になるな」

「水晶玉を返しに行って、そっちもよく見てもらったらどうですか?」

「そうだな。プロの霊感者なら何とかしてくれるかも知れないな」

「マサさんが人獣や人妖に変化しないうちに早くしたほうがいいです」

「嫌なことを言うなあ」

「マサさんのことを心配しているだけです」

「じゃあ今晩にでも予約を入れてみるか」

「私も一緒に行きたいです」

「三十分三千円もするんだぞ」

「マサさんが払ってください」

「割り勘?」

「駄目です。私は最低賃金のバイトなんですよ!」

「わかったよ」

 高見澤は口をへの字にして、携帯のサイトから予約を入れた。

「予約が取れました。お待ちしております」

 ––––––自動音声が答えた。

「占いの割にはⅠT技術が進んでいますね」

「強力な霊感者で人気がある。占いの邪魔にならないよう、電話予約はできないんだ」

「何だかわくわくしてきました」

 楓はニコニコ顔になった。

 話している二人をまた青い眼が覗き見ているのを、高見澤も楓も気づかなかった。

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