第33話 イミテーション1
楓は休日を浜辺で寛いでいた。
白いパラソルの下、水色のビキニに大きめのサングラス––––––誰も人獣妖怪殺しの水神楓だとは思わない。
毎日のように戦いに明け暮れている楓には、人獣や妖怪、妖気のことを忘れる時間が必要だ。
白い砂浜にタオルを敷いてビニールの浮き輪を枕にして寝転んで、青い空と白い雲と一つになった気分で文庫本を読んでいた。コーラのボトルは砂に押し込んで立ててあり、携帯はタオルの上の手の届くところに置いてある。
周囲はだいたいがカップルか家族連れ。さもなければグループで、楓のように一人でいるほうが珍しい。
楓は大勢で騒ぐのは好きではない。一人のほうが本も読めるしゆっくり寛げる。義眼なのでどうしても人付き合いからは遠ざかりがちになる。
だから海にも一人で来ている。
本を読みふけっていた楓だが、ふと見ると、向こうから来る背の高い男性と麦藁帽の長い髪の女性のカップルが気になった。二人とも水着姿で波打ち際を素足で歩いて来る。男性のほうはすらりとした筋肉質な体が印象的で、女性のほうは赤いビキニのグラマラスな姿態が遠目にも目立った。
女性は男性にぞっこんらしく、逞しい体に抱きついている。
男性のほうはさり気ない感じで軽く女性の肩に手を回している。
海辺で一番目立つペア。
近づくにつれだんだん顔がはっきり見えてきた。
女性のほうは十分可愛くてしかも凹凸がある––––––楓には見ていてムカつくタイプ。
男性ははっとさせられる端正な顔立ちだった。
え
えっ
ええっ
マ、マ、マ、マサさん?––––––
寝ころんでいた楓は読んでいた本を閉じ、肘をついて起き上がった。
高見澤はいつになく闊達に会話している。
女性の笑い声が聞こえる。
嘘でしょ––––––
楓は眼を疑った。
今まで一度も高見澤の私生活を目撃したことはなかったが、こんな相手がいるとは想像だにしなかった。
しかも、人目も気にしない厚顔無恥な熱々ムードだ。
楓は急いでバッグから携帯を取り出して、ツーショットの写真を撮った。
高見澤は気づいていないのか、楓を全く無視して女性と話しながら前を通り過ぎた。
私のことに見向きもせずに、あんな胸の大きい女(ひと)といちゃついちゃって––––––
楓は怒り心頭だった。高見澤の態度も、高見澤に馴れ馴れしくしている相手の女性も気に食わなかった。
せっかくいい気分で本を読んでいたのに、楓の心は一遍にかき乱された。
イメージが全然狂った。
今まで楓がイメージしていた高見澤と、たった今目撃した高見澤はまるで別人のようだった。楓の高見澤のイメージは、気取りがなくて少しはにかむ控えめな感じだった––––––見栄えの良さをひけらかす押しつけがましさがないところがいいのだ。
ところがたった今前を通った高見澤は、自信に満ちた態度で、素振りも少しきざなくらいに洗練されていて全身からオーラが出ていた。素敵で力強くて抗し難い男性的魅力は眩(まぶ)しいほどだった。
女性のほうも自分がいけている自信があってこれ見よがしだし、必要以上に高見澤にべたべたくっ付いていて厭味ったらしかった。
許せない––––––
楓は高見澤が誰と付き合おうが、とやかく言う立場ではなかったが、何故か腸(はらわた)が煮えくり返った。
楓は、高見澤が眼がある時の不知光(しらぬい)の巫女に惹かれていることは知っていた。そのことには全然腹が立たなかったのに、今日の相手の女性と高見澤の態度を見ると、憤慨せずにはいられなかった。
あまりにも裏表があり過ぎる––––––
楓の知らないところで、高見澤は全く別人のような世界を持っていたのだ。もし普段の高見澤が演技だとしたら、極めて欺瞞(ぎまん)的で悪質だ。もし、意識していない自然体だとすれば、ジキル博士とハイド氏的な異常な二重人格者だ。
「大嘘つきで詐欺師で偽善者で変態のマサ!」
楓は赤いビキニの女性の肩を抱いて歩き去る高見澤の背中に向かって、あらん限りの罵声を浴びせかけた。
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