第32話 守護霊5

 一方のグループは黒い革ジャンのチンピラ風。もう一方のグループは背広のサラリーマン風だった。野次馬達が遠巻きに喧嘩を見物している。楓と高見澤も足を止めて成り行きを見守った。

 最初はよくある脅し文句と突っ張りの応酬だったが、がっしりした体格の背広の男が、革ジャンの一人を突き飛ばしたところで、革ジャングループが一斉にナイフを抜いた。ガラッと険悪になり、殺気立った。野次馬の環がずずっと後退した。

 背広の男達は武器は持っていなかった。

「やれっ!」

 ナイフを持った方のリーダーらしき男が指示を出した。

 仲間の革ジャンの男達がナイフを前に突き出して、背広の男達ににじり寄った。

「マサさん、どうします?」

「これは捜査第一課のマターだろう」

 高見澤がそう言うはなから、背広の男達が人獣に変化し始めた。

「そうでもなさそうですよ」

 楓はそう言うと懐から降魔の杭を取り出した。

 人獣達は猛然とナイフを持った革ジャンの男達に襲い掛かった。革ジャンの男達はナイフを振り回したが、人獣の敵ではなかった。凄みを利かせていたチンピラ達が、急に可哀そうな被害者に見えた。

 人獣は牙と爪で革ジャングループをあっという間に八つ裂きにした。喧嘩を遠巻きに見守っていた野次馬達が、蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。

「これはやっぱりうちのマターだな」 

 高見澤はホルスターから銃を抜いた。通行人が逃げてくれたので仕事がしやすくなった。

 楓は高見澤がやる気になったと見て、人獣のグループに向かって走った。

 楓はまず手近な人獣に、先程怪獣に喰らわせた空手チョップを見舞い、首筋に降魔の杭を突き刺した。

 グオオオッ

 杭を打ち込まれた人獣が喚き声とともに倒れた。

 他の人獣達が楓に向かってきた。

 楓はつつっと素早く後退し、高見澤に道を譲った。

「マサさん、出番です」

 高見澤は連射で人獣を二頭撃ち殺した。

 カタカタカタ––––––弾切れだ。

 残り一匹––––––

 弾がなくなった高見澤に人獣が向かってきた。

 弾倉の入れ替えが間に合わない。

 高見澤は体を引いたが、人獣の爪が高見澤の頬をかすめた––––––守護霊のお祖母ちゃんはもういない。高見澤は自分で自分を守るしかなかった。

 また人獣が爪でつかみ掛かる。

 高見澤は咄嗟に前蹴りを喰らわせて突き放し、銃に新しい弾倉を差し込んだ。

 シャキーン

 その瞬間人獣は猛然と高見澤に向かって跳躍した。 

 至近距離からの連射。

 人獣の爪は高見澤の鼻先をかすめたが、高見澤は後ろに身を反らせてかわし、銃弾の束を人獣の頭蓋にぶち込んで吹き飛ばした。

 頭部を失った人獣の体が高見澤の足元に落ちた。

 ふっ

 高見澤は夕陽のガンマンのように銃口を口で吹いた––––––煙も出ていないのに。

「マサさん、行きましょう」

 まだ銃を手に余韻を味わっているガンマン高見澤の腕を楓が引っ張った––––––現場に長居は無用だ。

 二人は得意の逃げ足で走り去り、階段を地下に駆け下りた。

 楓と高見澤が地下鉄に飛び乗った時、二人とも肩で息をしていた。

「楓、俺何だか元の自分に戻ったような気がする」

 高見澤が息を弾ませながら銃をホルスターにしまった。

「やりましたね!マサさん。もう大丈夫ですよ。マサさんはお祖母ちゃんの守護霊がいなくても、ちゃんと自分で自分の身を守れることを証明しました」

 楓が大きな声で喋ったので、周囲の乗客が二人のほうを睨んだ。

「しーっ」

 高見澤は口の前に人差し指を立てた。

 そして小声で楓に囁(ささや)いた。

「そうだな。それに俺には何と言っても楓がついているからな」

 マサのその一言に、楓はにっこりした。

 あ

 まだ握りしめていた降魔の杭を、楓は懐にしまった。


 一日中怪獣映画と西部劇を見たあと、駄目押しでVRの世界に入った高見澤は、子供の頃の自分に戻っていた。その精神状態で、人獣に相対した時、高見澤は蘇った––––––楓は高見澤に珠代祖母さんから聞いた子供のころの高見澤、即ち正雄ちゃんの原点に立ち返らせ、そこから高見澤を再起動させたのだ。

 人間誰しも社会の風雪に晒(さら)され続けると、心は傷つき、精神は委縮してしまう。気持ちをリフレッシュして再スタートできなければ、じり貧だ。原点に立ち返って自分を見詰め直し、再出発しないといけない時がある。行き詰まった時に本来の自分に立ち戻り、純粋さと正義感を取り戻すことができれば、また気力が蘇って戦い続けることができる。

 ただ、一人ぼっちではなかなかその再起動の切っ掛けが得られない。一人だけでも本当の友達がいれば、そのちょっとした助けが支えになり、落ち込みから立ち直れるものだ––––––高見澤にとって楓がその一人だった。

 全ては高見澤のためにやったことだったが、楓は高見澤と二人まるで中高生のような気持で遊び回ることができてとても嬉しかった。その日は、バイトを始めてから今までで一番楽しい一日だった。

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