第34話 イミテーション2

 ― 翌日―

「マサさん、昨日のあれは何だったんですか?」

 楓の眉は逆八の字になっていた。

「あれってなんだ?」

「マサさん、しらばっくれないでください」

 バーン

 楓は高見澤の机を掌で叩いた。

 高見澤は楓の剣幕に狼狽(うろた)えた。

「しらばっくれるって何を?」

「私はこの眼で目撃したんですから」

「何を見たんだ?」

「海辺でのグラマーな女性との真昼の情事です」

「俺は海なんかに行ってないぞ」

「赤いビキニの女性の肩を抱いて、にやけた顔をして歩いていたじゃないですか」

「まさか––––––」

「そんなとぼけた顔をしないでください」

「だって」

「だってもあさってもないです。言い逃れしようったってそうはいきませんよ。証拠写真も撮ってあるんですから」

 楓は携帯で水着姿の二人の写真を見せた。

「お、大きいな」

 写真の女性を見て高見澤は目を剥いた。

「マサさん!」

 楓は額に青筋を立てた。

「それはさておき、これは俺じゃないよ」

「これがマサさんじゃないなら、いったい誰なんですか?」

「イミテーションだよ」

 高見澤はさらりと言った。

「ええっ?」

「俺そっくりに変身している人獣だ」

「人獣?」

「変身能力がある変身人獣だ。そういう種類の人獣がいるんだ」

「かなり怪しいです。思い付きの作り話の逃げ口上ではないかと疑います」

「しばらく前から出没している。俺そっくりに変身してナンパしてやがるんだ」

「大嘘つき」

「ほんとだよ。この眼を見ろ」

「ふむ。いつものうつろな眼ですね。確かに昨日のマサさんはもう少し眼がシャープな感じでした」

「だから俺じゃないっつーの」

「今のマサさんは演技で、昨日のマサさんが本来の姿じゃないんですか」

「そんな演技力があれば映画俳優になっていたよ」

「そう言われてみるとそうですね。あれが本来の姿なら、まかり間違っても刑事なんかに落ちぶれなかったでしょう」

 楓は変に納得した。

「刑事で悪かったな」

 ––––––どうやら高見澤は本当に覚えがないらしい。

「マサさん、もしそれが本当なら、それはそれで問題ですよ。成りすましの人獣がいるのを知っていて放置してるんですか?」

「『模倣は最大の賛辞』というからな」

「柄にもなく気の利いた諺(ことわざ)を使いましたね」

「俺は人が真似したくなるくらいいけているということだから、悪い気はしない」

「人獣に真似されて喜んでどうするんですか」

「でも所詮イミテーションはイミテーションだ。本物の高見澤のほうがいいに決まっている」

「私が見た感じでは、昨日の成りすましのほうが、センスが良くて本物のマサさんよりずっといけてると思いました。だから頭に来たんです––––––マサさんらしくなくて」

「それどういう意味だ?」

「マサさんにしては良過ぎたんです。それに女性の趣味もいやらしくて」

「確かに俺の趣味じゃない」

「でもイケメンでセンスがいいともてるのは不可避です」

「それが変身人獣の悪賢いところだ」

「目的は何なんでしょう」

「美しい女性をナンパしては喰っているらしい」

「下劣っ!」

「人獣だからな」

「マサさんのことです」」

「やっているのは人獣で俺ではない」

「イミテーションにマサさんの本性が現れている」

「成りすましがやってることを俺に当たられても困る」

「怪奇事件捜査課なんですから、自分の下劣なイミテーションを放置しているのはマサさんの責任です」

「一度トライしたが逃げ足が凄く速くて捕まえ損ねた」

「逃げ足までマサさんとそっくりなんですね」

「捜査第一課からもややこしいから何とかしてくれと言われている」

「早く始末しないと怪奇事件捜査課の恥です」

「なんだか気が進まない」

 高見澤は逡巡した。

「自分そっくりだからですか?」

「そうかも知れない」

「ではマサさんに代わって、私が成敗します。この水神楓の前であんな胸の大きい女性といちゃついたのが百年目です」

「なんだか変な入り方をしてるな」

「必ず見つけ出してマサさんの息の根を止めます」

「俺じゃないって」

「マサさんも本当はああいう趣味なんじゃないですか」

「好みではないが嫌いというほどではない」

「不潔っ!変態!」

 ––––––楓の怒りは根深かった。

 楓に狙われたらイミテーション高見澤も最後だな。降魔の杭を打ち込まれて殺されるんだろうな。ちょっと双子の兄弟みたいな気がしていたんだが、成仏しろや。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏––––––

 高見澤は命運の尽きた変身人獣のために念仏を唱えた。

 かくして、楓のいけてる高見澤抹殺作戦が開始された。

  

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