第35話 イミテーション3
楓は高見澤の成りすましが出没するという噂のある銀座の通りを歩いていた。人通りの中偶然にイミテーションの高見澤に出会うことは期待できない。楓は霊感をできる限り広範囲に展開して、人獣の匂いを嗅いでいた。
煌びやかなショーウインドウのあるビルに囲まれた四つ辻で、楓の霊感にビビッと反応があった。広い通りの反対側、赤信号を待つ歩行者の中に人獣がいる。前を行き過ぎる車が途切れ、信号が青に変わって人々が横断歩道を渡り始めた。楓はこちら側で動かず、相手が来るを待ち受けた。
案の定、見慣れた顔が向こうからやってくる。服装がやや派手で決まっているので、すぐにイミテーションの高見澤だとわかった。
楓は自然体を装って、横断歩道を渡ってきたイミテーションの高見澤に歩み寄って声を掛けた。
「マサさん」
「おう、楓じゃないか。こんなところで会うとは奇遇だな」
驚いたことに向こうも自然に反応してきた。
「マサさん、こんなところで何してるんですか?」
「覆面捜査だよ。こうやって歩きながら人獣を探しているんだ」
––––––変身人獣のくせにまるで刑事のような口をきく。
「せっかくだから、お茶でもしないか。美味しいケーキが食べられる店がある」
爽やかな笑顔で誘った。
「ケーキですか。いいですね!」
「こっちだ」
そう言って成りすましの高見澤は、先に立って歩き始めた。
楓にはケーキという言葉は魔法の呪文だ。相手が人獣の成りすましとわかっていながら、人混みの中を高見澤そっくりな背中を追いかけて、ふらふらとついていってしまった––––––とにかく本物よりずっと洗練されていて魅力的なのだ。
レンガ造りの建物の二階。通りを行き交う人々を眺めながらお茶とケーキが楽しめるカフェ。
変身人獣の高見澤と楓は窓際のいい席に座った。
店内は女性客が多く、背が高くてハンサムな高見澤は否応なく目立った。楓と二人、外目にはデート中の素敵なカップルにしか見えない。
まず楓は、ケーキのメニューの豊富さにノックアウトされた。
全部食べたい!
楓はケーキは無限に食べられる––––––たちまちケーキのことで頭が一杯になり、相手が人獣であることをすっかり忘れてしまった。
見ている限り、高見澤そっくりで、着ているものが本物の高見澤よりずっとあか抜けている。かっこ良過ぎて一緒にいるだけで気分がワクワクする。
しかもこの高見澤はリッチで気前がよかった。
ウエイターが大きなトレイに、二十種類くらいのケーキをのせて持ってきて選ばさせてくれた。
「どれも美味しいからいくつでもお好きなだけどうぞ」
イミテーションの高見澤は更に魔法を掛けた。
楓は最初からコーヒーとケーキを三種類オーダーした。いつものケチな高見澤なら額に青筋を立てるところだが、この高見澤は鷹揚で紳士的だった。楓の望みをなんでもかなえてくれそうだった。
「コーヒーもいいけれど、ここの季節の紅茶はケーキに最高だよ」
おまけに色々な紅茶やハーブティーに詳しくて、ケーキにあうびっくりするほど高価な飲み物を勧めてくれた––––––この辺のセンスと心配りは本物の高見澤ではあり得ない。いつも財布ばかり気にしている高見澤は比較の対象にならなかった。
色とりどりの花弁が浮かんでいる透明なティーポットをメイドが運んできてくれた。花柄の上品な茶器に紅茶が注がれて薔薇の香が漂った時には、楓はもう夢見心地になっていた。
人獣とわかっていても綺麗な顔と向き合っているのは気分が良く、ケーキは美味で、香(かぐわ)しい季節の紅茶は心を和ませてくれた。
海辺で見た時は女性と一緒だったので色眼鏡で見てしまったかも知れないが、こうして二人でいると、イミテーションの高見澤はとても爽やかでスマートな印象で、いやらしさなど微塵も感じられなかった。
うっとりした楓の眼はトロンとなっていた。
「よろしければもっとケーキをどうぞ」
「いいえ。もう十分いただきました」
なんと楓がケーキの追加を遠慮した。
本物の高見澤の前では、楓は恥も外聞もなかったが、この洗練された高見澤の前では、意地汚く食べ続けることができなかった––––––紳士の前では淑女らしく振舞いたくなってしまうのだ。
しばらく本物の高見澤には絶対できない気の利いた世間話をしたあと、イミテーションの高見澤は、楓を夜のホームパーティーに誘った。
「今晩もし気が向いたら来てよ」
押しつけがましくない軽い感じの申し出が、行ってみようかという気にさせる。本物の高見澤ならそもそもホームパーティーなんてやらないし、もし誘うにしても「今晩来てくれ」みたいな単刀直入なセンスのない言い方になるに違いない。
外見が瓜二つでも物言いで、印象は大きく変わるものだ。
本物とどちらを取るかと言われると、ハイセンスで人当たりのいいイミテーションの高見澤は捨てがたいものがあった。楓の霊感でも悪意や邪念は感じ取れなかった。外身も中身も悪者には見えない––––––相当巧妙な成りすましなのだ。
でも殺す時は殺す––––––
楓はぐらついている自分に言い聞かせた。
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