第39話 億り人2
億り人美濃妖吉の闇の商売は、再生紙ならぬ再生人(さいせいじん)を多数生み出した。
再生人の増加は当然世の中でいろいろな問題を引き起こす。多くの人々の関心は、目に見える人獣や妖怪に向けられているが、人間と区別がつかない再生人は、より深く静かに社会を蝕(むしば)んでいる。
高い確率で、再生人は世の中に溶け込むことができない。家族も友達も知人もいない世界で、どこにも支えがない状態で新しい再生人生がスタートする。まず誰も再生人を受け入れようとはしない。生前の自分の家族でさえ、見知らぬ顔に強い拒絶反応がある。
職も蓄えもない再生人の生活環境は、生前よりずっと厳しい。生きていくためには、取り敢えず人から盗むか奪うことから始めるしかない。
世の中が自分を拒んでいるように感じざるをえない再生人は、どうしても社会や他人のほうが悪いと思い込み、破壊的な行動に走りやすい。自分が一度死んでいるので他人を殺すことに抵抗がなく、自分の命も粗末に扱う。当然犯罪率は高くなる。
高い危険性をはらんでいる再生人だが、人獣のようにあらかじめ目星をつけて殺すことは難しい。惨事が起こってから再生人の仕業だったとわかる。
再生人はどこから来るのかわからない。被害を受けるのは、いつも普通の人々だ––––––巨万の富を築いた億り人のつけは社会の罪のない人々に回ってくる。
困ったことに、再生人に限らず、普通の人間による同種の凶悪犯罪も後を絶たない。通りで通行人を無差別に包丁で刺す通り魔、故意に火災を起こす放火魔など、人間というよりは「魔」と言うに相応しい悪行を平気で繰り返す––––––悪いことをするのは再生人とも決めつけられない。
従って事件の担当も、捜査第一課なのか怪奇事件捜査課なのか、はっきりしないことが多い。
人獣や妖怪のように、初めから銃をぶっ放せる相手ではないので、再生人は高見澤にとっても厄介な相手だった。
「殺すのは簡単だ。人獣のように何発も食らわせる必要はなく、一発で十分だ。しかし、人間と全く見分けがつかないので、殺人の現場に居合わせないと殺せない」
高見澤の愚痴を聞きながら、楓は三枚の写真を見比べていた。
「マサさん、この三つの死体は、どれもうなじに杭を打ち込まれた跡があります」
「不知光(しらぬい)の巫女だ。眼無し巫女は霊感で再生人を見分けられるらしい。今までのところ、事件を起こす前に再生人を殺すことができたのは、不知光の巫女だけだ」
「事件の後追いでなくて未然に事件を阻止できないと駄目ですよね」
「不知光の巫女頼みしか手立てがないのは情けない」
「外見で見当がつく人獣と違って、事前の霊感捜査から入らないと対応できないですね。仕事のやり方を変えざるを得ないです」
「それができるとすると楓しかいないんじゃないか」
––––––高見澤もお手上げで、どうやら楓が本腰を入れないといけないケースのようだった。
「何か手掛かりはありますか」
「一つだけある。ある主婦から連絡があった。何年も前に死んだ旦那が突然うちに帰ってきたらしいんだ」
「それはびっくり仰天でしょうね」
「再生人が元の自分の家に帰るケースは珍しい」
「肉体は再利用で、中身は赤の他人ですものね」
「死霊の生前の家に戻ることはあっても、死体の生前の自宅に戻ることはないはずなのだが、この場合は異例なんだ。この主婦本人にも、外見的には故人と見分けがつかないらしい」
「外側だけ同じで、中身が別人だと不気味ですね」
「悪魔のなせる業だ」
「それでどうすればいいんでしょう」
「楓にそいつが再生人であることを確認しに行ってもらいたい。霊感で確認できれば、後始末は俺のほうでやる」
「確認するまでもなく、再生人であることは間違いないですよね。何年も前に亡くなっているのですから」
「その主婦も知らないところに旦那の双子の兄弟がいたとかでなければ」
––––––万が一にも、間違って罪のない人間を殺すわけにはいかない。高見澤も再生人については随分慎重になっている。
「わかりました。私が行って確かめてきます」
楓は高見澤から連絡してきた主婦の住所をきいて出掛けていった。
黄色い電車に乗って、川のそばの駅で降りた。商店街を抜け、公園の中を通ってよくある戸建ての住宅街––––––庶民の生活にまで再生人は入り込んできているのだ。
楓はインターフォンのボタンを押した。
「はい」
女性の声が答えた。
「高見澤のほうにご相談いただいた件でお邪魔しました」
「あ、はい。ただいま」
主婦は、すぐに玄関先に出てきて、後ろ手に扉を閉めた。
「今、主人は、というか主人に見える人は家にいますので、どこか外でお話しさせてください」
––––––品の良い初老の主婦だった。
楓はその女性と近所の公園に行って木のベンチに腰掛けた。
子供を遊具で遊ばせているお母さん方や、散歩している老人夫婦など、住宅街らしいのんびりした雰囲気の公園だった。
「わざわざすみません」
「こちらこそお忙しいなか申し訳ないです。主人は癌で六年前に亡くなって、私は遺族年金とパートの仕事で生活しているのですが、一昨日突然主人が帰ってきたのです。その時は驚きのあまり、心臓が止まりそうになりました」
主婦は手で胸を押さえた。
「さぞやびっくりされたでしょうね」
「はい。でもお恥ずかしいことに、最初は嬉しかったんです。本当に主人が帰ってきたと思って。靴を脱いで上がってくる仕草も主人そっくりで、私の眼で見ても、外目には本物の主人と見分けがつきませんでした」
「そうですか」
「でも考えてみれば、亡くなった主人はちゃんと葬儀をして火葬にし、遺骨もお墓に埋めましたから、主人であるわけがありません。新聞で再生人のニュースは見ていましたが、まさか自分のところで起こるとは思いよりませんでした。どうしていいのかわからず、相談相手もいないのでご連絡させていただいた次第です」
女性は、自分を落ち着かせようとしているのか、ゆっくりした口調で話した。
「外見以外で、何か変わった点はありますか?」
「亡くなった主人は仕事人間で、家にいることはあまりありませんでしたが、この主人そっくりな人は、仕事がないので一日中家にいます。私とは普通に会話しますが、話していると主人の記憶が無いのは明らかですし、家の中のものを珍しそうに見ていたりします。なぜ帰ってきたのかきいてみましたが、笑ってごまかして答えません」
「特に乱暴なことはしませんか」
「いいえ。むしろ大人しいです。主人が生きていた時は、仕事がきつかったせいか、いつももっとカリカリしていました。それに比べれば穏やかな感じです」
「そうですか。取り敢えず危害を受けることがなさそうでしたら、私のほうで見させていただいて、再生人かどうか確認したうえで、きちんと対応させていただきますので、ご安心ください」
「こういう場合、いったい全体どうすればいいのでしょうか」
––––––主婦はひたすら困惑しているようだった。
「特に何もしていただく必要はありません。論理的にはご主人の姿をした人は、再生人でしかありえないです。念のために会わせていただいて、再生人であることを見極めます。万が一にも、知られていなかった双生児が突然現れたのでないことを確認します。そのうえでこちらで処理します」
「処理?」
「再生人は存在すべきではありませんので」
「そうですか。やっぱりそうなるのですよね––––––」
主婦は婉曲な言葉の意味を想像して俯いた。
「お家に上がらせていただく必要がありますが、民生委員の訪問ということにしておいていただければ」
「主人は居間におりますので、部屋が続いている台所のほうにお茶をお出しいたします」
楓は家に上がり、居間の横の食堂に通された。
初老の男が居間で煙草を吸いながらテレビを見ていた––––––横顔が見える。
「お邪魔します。民生委員の者です。直ぐ失礼させていただきますので」
楓は男に声を掛けた。
「あー、はい。ご苦労様です」
男はちょっとこちらを見て、軽く頭を下げた––––––挙措(きょそ)は極めて自然だった。
楓はもう霊感を全開にして男の意識を探っていた。
主婦は電気ポットから急須に湯を注いで、楓にお茶を出してくれた。
楓は主婦に、日ごろの生活に問題はないかなど、何点かあたり障りのない質問をしながら、精神は男の正体を見極めることに集中していた。
霊感で男の意識を読み取るに従い、驚愕の事実が浮かび上がった––––––再生人であることには一点の疑いもなかった。
楓は主婦に礼を言って席を立った。
「どうも、お邪魔しました」
楓は帰り際にもう一度男に声を掛けた。
「はい、ご苦労様」
男は愛想よく答えた。
玄関口で楓と主婦は眼と眼で、男が再生人であることを確認し合った。
楓は自分の携帯の電話番号を渡し、都合の良い時に主婦のほうから電話をもらうことにした。
「行ってきました」
––––––いつもと逆で高見澤のほうが楓の帰りを待っていた。
「お疲れ様。どうだった?」
「特ダネです!」
「おっ、何か発見したか」
「思えば当たり前のことですが、再生人の増加の背景には、仕組みとしての死体売買があります––––––例の男の意識から読み取れました」
「なるほど、そう言われてみればそうだな」
「今、再生した死体に宿っているのは、生前に再生を請け負う夜摩に巨額の金を支払ってから死んだ金持ちの死霊です」
「夜摩?」
「夜摩は死霊界の番人です。強力な妖力を持つ死霊や妖気の管理者です」
「死霊界の番人が金で動くのか?」
「昔から『地獄の沙汰も金次第』と言いますが、正にそれです」
「なんかムカつくなあ」
「刑事の経済力ではできないことです。この死霊は夜摩に何億も支払ったのです」
「ますますそいつを殺したくなった」
「霊感で意識を読んでいて微妙だと思いました。人の体に人の霊が宿った場合、人掛ける人イコール人ということもできます」
「でも一度死んでいるのだから、金で他人の体を買って再生するのはズルだろう」
「故人の人権の冒涜(ぼうとく)という見方もできるでしょう。でも臓器移植や再生医療とも重なり合う部分があります。かなり価値観の問題です」
「成仏させたい」
「私はマサさんに賛成です。再生人は存在すべきではないと思います––––––夜摩の妖力によるものですから。でも個別の再生人を成仏させるより、再生人発生の大元を突き止めて、この問題を根っこから解決することのほうが大事だと思います」
「根っこから解決できるならそうしたい。その夜摩ってのを殺せるか?」
「夜摩は殺しても死ぬような輩(やから)ではありません。何せ死霊界の番人なのですから」
「そうだよな。ちょっと手の出しようがない感じがする相手だな」
「でも夜摩に死体を売っている者を見つければ、再生人の発生を元から絶つことができます」
「それは名案だな。どうやって売り手を見つけられる?」
「過去の再生人の死体の出所を調べれば」
「出所って?」
「火葬場です」
「なるほどね。冴えてるじゃないか!」
高見澤は楓の頭の切れ味に、素直に感心した。
楓はすぐさま調査に取り掛かった。
当該火葬場は、不知光の巫女が殺した三人の再生人のケースから案外簡単に特定できて、その日見てきた男が火葬された場所とも一致した。
––––––死体売買の場所として浮かび上がったのは、億り人美濃妖吉の火葬場だった。
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