第47話 山神2
道中、幼女巫女達はリュックサックの中身をテーブルに広げて、各人それぞれの好みのおやつを食べ始めた。
イカ天の巫女は、スルメイカを噛んでは、水筒に入れてきたチューハイを飲んでいた。アルコールがからっきし駄目な楓と違って、幼女巫女達にはアルコールが全く効かないらしい。
柿の種の巫女は、当然柿の種でビールを飲んでいる。未成年飲酒みたいに見えるが、そもそも幼女巫女には年齢というものがないようだ。
蛸酢の巫女は、日本酒を手酌で蛸ブツを突(つつ)いていた。
「これ最高やわ!なかなかこんなんあれへんで」
––––––蛸酢の巫女はキャンピングカーのセッティングが気に入ったようだ。
焼き菓子の巫女は、ニコニコマークや〇死などの烙印を押したフィナンシェを、コーヒーを飲みながらパクパクしている。
白玉フルーツの巫女は、上品に和菓子を抹茶で食していた。
しかし、幼女巫女達は楓の敵ではなかった。
楓は菓子類の品揃えで、幼女巫女達を圧倒した––––––楓のトランクの中身は全部お菓子だったのだ。コンビニの菓子棚をスイープしたかのような物量に、幼女巫女達の眼は点になった。
楓はケーキや菓子類は無限に食べられる。飲み物はコーラと甘いアーモンドドリンク。寝夢も口をヒュイッと伸ばしては分け前にあずかった。
おやつを頬張りながら、幼女巫女達は作戦会議を始めた。
「山林を火の海にして焼き払ってしまえばいい!」
火炎放射器を武器とするイカ天の巫女は山焼きを主張した。やる気満々で体から火炎のオーラが出ている。
手荒なやり方だが、楓も山林に棲んでいる妖怪や妖獣をあぶりだすには、火を使う手はあると思った。
「神が宿る神奈備(かむなび)の山林を焼き払えば、必ずや祟(たた)りがありましょう。まずは相手が何者かを見極めることが先決だと思いまする」
思慮のある白玉フルーツの巫女が、燃え盛るイカ天の巫女に水を掛けた。
「こちらが山に分け入るのではなく、相手を誘(おび)き出して、出てきたところを狙い撃てばいい」
幼女巫女軍団のトップガン、バルカン砲を持つ柿の種の巫女は、相手の姿が見えた瞬間に、一分間に六千発の柿の種弾を滝のように浴びせて蜂の巣にするだろう。
「なんか美味しそうな餌(えさ)を撒いたらええんちゃうか」
蛸酢の巫女は、餌で釣って出てきた相手を、二刀の出刃包丁で膾(なます)切りにするつもりだ。
「囮(おとり)の生贄(いけにえ)を出せばいいのよね」
焼き菓子の巫女は囮で敵を引き寄せておいて、焼きごてで死の烙印を押して、相手を発火させて焼き殺すことを狙っている。
「お酒と白玉フルーツあんみつとか食べ物を出しておけば寄ってくるのでは」
餌を撒くのは白玉フルーツの巫女が最も得意とするところだ––––––八岐大蛇が酒を飲まされ、酔っぱらったところをスサノオ命に殺された実績がある。
「相手が山の妖怪や妖獣ならそれでいいと思うけれど、万一神の類(たぐ)いならどうすればいいのかしら」
楓はまさか相手が本当の山神だとは思ってはいなかったが、不知光の巫女はその可能性を否定しなかった。
「人間達が何か不埒(ふらち)なことをしでかして、神の怒りに触れた可能性はあります。その場合は巫女舞で神の怒りを鎮めまする」
白玉フルーツの巫女は、村の娘たちが帰って来ないのは、神隠しの可能性があると思っているようだった。
「じゃあ投票で作戦を決めよう。一、山焼き、二、生贄、三、酒宴」
柿の種の巫女が決を採った。
三つの選択肢に挙手して投票した結果、山焼きはイカ天の巫女の一票だけ、酒宴は白玉フルーツの巫女の一票だけで、生贄が三票で当選した。
「生贄作戦に決まりだ」
「生贄って誰を生贄にするの?」
楓はちょっと心配になってきいた。
幼女巫女全員が一斉にビシッと楓を指さした。
「一般人を囮に使うわけにはいかない」
柿の種の巫女が断定的に言った。
「反対に一票!」
楓はひとり抵抗したが、幼女巫女達の数の論理で押し切られてしまった。
かくして楓は囮の生贄に供されることになった。
キャンピングカーの一行は、数時間の走行で問題の山の麓に到着した。深い森から立ち上がっていく峨峨たる山並みは霊山の雰囲気を湛(たた)えている。神宿る神奈備(かむなび)とは斯(か)かる場所だと思われた。山林は奥深く、確かにこれでは山に分け入って捜索することは現実的ではなかった。
楓は早速真っ白な着物に着替えさせられて、お祓いをされ、生贄として清められた。
幼女巫女達は、楓の背丈ほどもある木の杭を地面に打ち、楓はその杭に後ろ手に縛られた。でも囮なので結び目は緩くて、すぐに解けるようになっている。手には背中の後ろに立てて隠した十(と)拳(つかの)剣(けん)を握っている––––––いざとなれば自分で自分の身を守ることはできる。
それでも楓は相手から一番狙いやすい標的になるので、一抹の不安は拭(ぬぐ)えなかった。不安に陥っている楓を尻目に、幼女巫女達は楽し気に楓の周囲に竹の柱を立て、鼻歌交じりで注連縄(しめなわ)を張った––––––幼女巫女達は神への捧げものの準備をするのは本業だし、大好きなのだ。
高見澤はキャンピングカーのルーフに積んできた長大な青龍偃(せいりゅうえん)月(げつ)刀(とう)を持ち、古代戦士のような古めかしい武具で身を固めていた。
「マサさん、そのスタイル時代錯誤で、何だか滑稽ですよ」
生贄になっている楓が言った。
「怪物退治用に買ってあった武具だけれど、こういう絶好のチャンスが巡ってくるとは思わなかった」
高見澤もなんだかうきうきした調子だった。
「私が生贄の損な役回りなのに、マサさんは遊んでるじゃないですか」
楓はすっかり楽しんでいる幼女巫女達と高見澤を見て、不公平過ぎると思った。
「俺は真剣だ。もし八岐大蛇だったら、不知光の巫女が言っていたように、銃弾は通用しないのだからな」
そう言うと高見澤は、三国志の英雄、關雲長の如く、青龍偃月刀をブンブンと振り回し、くわっと眼を見開いて京劇まがいのポーズを決めてみせた。
高見澤の武術は本当にレベルが高いので、見掛け倒しではない。
青龍偃月刀の技が意外とカッコよくて強そうで、楓も思わずうんうんとうなずいてしまった。
幼女巫女達が山野に響き渡るように、CDラジカセのボリュームを最大にして雅楽を流した––––––生贄が用意されていることの知らせだ。この音量なら、何であれ山に潜んでいる者の耳に届くに違いなかった。
ギャアアアアアーングウァングォーン
それに応えるように、何処かで凄まじい咆哮が聞こえた。
「あんなすごい吠え声は今まで聞いたことがない」
高見澤は人獣や妖怪の咆哮は何度も聞いてきたが、こんなに腹に響く咆哮は初めてだった。
いったいどんな化け物だったらあんな声が出るんだ––––––
「マサさん、これ怪獣映画で聞いたような気がします」
楓の不安は一気に高まった。
ギャアアアアアーングウァングォーン
ズシン、ズシン、ズシン
まだ姿は見えなかったが、それは重い足音を響かせて、山のほうから近づいてきた。足音からして巨大な怪物に違いなかった。
怪獣の生贄だなんて聞いていなかった––––––
せいぜい妖怪か大蛇だと思っていた楓は、はめられたと思った。
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