第46話 山神1
オオヤマツミは山の神
スサノオ命(みこと)が退治した、ヤマタノオロチも山の神
大蛇の尾から現れし、草薙剣に秘められた、山神の力ぞ神器なり
豊(とよ)葦原(あしはら)の中つ国
八百万(やおよろず)の神々や
喩(たと)え様なき有象無象(うぞうむぞう)
魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)が跋扈(ばっこ)する
その各々を鎮(しず)めんと
怖れ、崇(あが)め、奉(たてまつ)る
祠(ほこら)の数は星の数
山は神奈備(かむなび)
神宿る
深山幽谷瘴気(しょうき)立ち
あまたの物(もの)の怪(け)巣食う中
古き神はただ在りて
隠り身にして姿なし
怖れ惑える民草は
ただひたすらに祈りを捧げ
鎮め、崇め、奉る
人間界には人族以外に、八百万の神々や、何とも形容のし難い有象無象が存在する。
自然物にすべからく宿った神々や精霊は、魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)と呼ばれる山川木石に棲む妖怪の類としばしば混同され、誤解されたまま怖れられ、崇められ、時には魔物として扱われてきた。
数知れない神々や精霊や魑魅魍魎を、それぞれ怖れ、崇め、鎮め、奉るための神社や祠(ほこら)の数は、星の数ほどになった。
中でも山の神は、人間界の至るところに祀られているのに、多様な信仰があって、実態のとらまえどころがない神のひとつである。
大元を辿れば山の神はオオヤマツミの神––––––イザナキとイザナミが生み出した神々の一柱で、氏素性が明らかである。
しかし、山の神をオオヤマツミと一元的にとらえられるかというと、決してそんなことはない。地方に行けば、山の神は醜い女性の姿をしているとの言い伝えもある。オオヤマツミは男神なので、明らかに話が違う。記紀においても、矛盾のある記載がある。ヤマタノオロチを退治したスサノオ命は、荒れすさぶ神なれど、木を生み出した神でもあり、木の神転じて山の神として祀られることもある。
スサノオ命に退治されたヤマタノオロチも山に棲む怪物であり、殺されてなお、三種の神器の一つ、草薙剣を生み出している。怪物であると同時に山の神の一種ともいえる––––––山から降りてきて、やはり神であるクシナダヒメの姉達を、毎年一人ずつ喰っていたのだから、荒ぶる山の神である。ヤマタノオロチを山神として祀る社もある。
魑魅魍魎なかでも、魑魅は山に棲む妖怪で、妖怪のくせに山の神と見做されている場合もある。魑魅とは異なるが、山中や時には里でも、背が高くて顔が赤い山人とか、山男と呼ばれる、異形の者に遭遇した言い伝えがあり、これも山の神と呼ばれることがある。
往々にして神々と魑魅魍魎の見分けもつかない人族が、人間界の妖怪と精霊界の精霊達の違いを見分けられるはずもない。遠い昔、亜空間霊界の鬼族や龍が、亜空間通路を経て人間界にも行き来していたときの記憶も伝承されていて、鬼神、龍神と崇められることもあれば、化け物扱いされる場合もある––––––鬼退治の話しは、まことしやかな伝承や御伽(おとぎ)噺(ばなし)の格好のテーマだ。
人々の頭の中は混乱の極みであり、神から魔物まで、何もかもいっしょくたのままである。
––––––以上、文献「オハリコと山の神」より
「山神に関する文献記載を見ても、なかなか正体が見えてきません」
「神か魔物かいささか混乱状態だな」
––––––楓と高見澤は山神について調査していた。
地方の山村で娘が帰って来ないケースが続出し、地元では山神の祟(たた)りではないかという話になっている。昔からのその地域の言い伝えでは、大蛇の姿をした山神は若い娘を生贄(いけにえ)に求めるという。
しかし、楓と高見澤は、伝説は伝説に過ぎず、実際には人獣妖怪の類の仕業ではないかと疑っていた。
相手の正体がわからないと、戦いにくい。地方出張するなら尚更事前準備が大切だ。
「現地入りしても、ゼロから捜査を始めるのでは時間を喰い過ぎる」
「山中を二人で捜査するのは無理でしょうね」
「地元の協力といっても、地元では手に負えないから依頼がきているんだろうし」
––––––高見澤と楓の二人だけで現地に乗り込むのは、かなり無謀だと思われた。
「不知光(しらぬい)の巫女に頼んで、幼女巫女に出動してもらったらどうでしょう」
「それはいい考えだな。また過激にやり過ぎるかも知れんが」
––––––幼女巫女はぱっちりした眼があるが形だけであり、眼ではなくて霊感で見ている。視覚がない分、過剰に攻撃する嫌いがある。
そうは言っても他に手もなさそうなので、二人は不知光八幡宮まで車を飛ばして、不知光の巫女に協力を依頼しに行った。
「そもそも不知光の巫女のほうが、私達より山神についてよく知っているかも知れませんね」
「そうだよな。そういうことは一番詳しそうだ」
不知光八幡宮の境内に入ると、いつもより一層恐ろしく怒りに満ちた表情の眼無しの巫女が現れた。
「なんだか今日は極めつけに怖い感じだけど」
高見澤が小声で楓に囁いた。
「マサさん、何か悪いことしませんでしたか?」
楓も霊感で不知光の巫女が気が立っているのを感じた。
機嫌は悪そうだったが、不知光の巫女は二人の話を聞いた。予想通り不知光の巫女は、山神について知っていたが、文献「オハリコと山の神」に記されていることとほぼ同じだった。「オハリコと山の神」が、山神についての記述としては最もまとまっているらしい––––––要は行ってみないと何が出るかわからないのだ。
「神であれば怒りを鎮(しず)め、魔であれば調伏(ちょうぶく)する。もし八(やま)岐(たの)大蛇(おろち)であれば剣でないと倒せないだろう」
––––––銃弾くらいでは通用せず、スサノオ命がやったように切り刻まないと駄目らしい。
「十(と)拳(つかの)剣(つるぎ)を貸してやろう」
不知光(しらぬい)の巫女は、一振りの剣を楓に貸し与えた。
「これマサさんじゃなくて私用ですか?」
「十(と)拳(つかの)剣(つるぎ)は霊剣じゃ。女優春瀬あやか如きに惑わされておる穢(けが)れに扱えるものではない」
なぜか不知光の巫女は春瀬あやかが高見澤の推しであることを知っていた。高見澤が春瀬あやかにぞっこんであることが気に食わないらしい。相当根に持っていることは怒りの表情に現れていた。
不機嫌の理由はそれだったんだ––––––
「マサさんはほんと穢れですよね」
楓も不知光の巫女に同調した。
不知光の巫女の眼のない恐ろしい顔が、高見澤を喰らわんとするかの如く迫ってきた。
「か、楓、眼を!」
楓は急いで自分の眼を外して、不知光の巫女の顔にはめた。
眼が入って清楚で美しい顔になった不知光の巫女は、しげしげと高見澤を見詰めた。高見澤の男前を見た不知光の巫女は少し機嫌をなおした。
「まあ、今日は喰わずに許して遣(つか)わす」
「是非そのようにお願いします」
高見澤は冷や汗をかきながら懇願した。
「イカ天の巫女、柿の種の巫女、蛸酢の巫女、焼き菓子の巫女、白玉フルーツの巫女に行かせよう」
怒りがこもった不知光の巫女の声は不気味に反響した。それでも妖獣租界を奪回した恐怖の幼女巫女軍団を派遣してくれることになった。
高見澤は何とか不知光の巫女に喰われずにすんだ––––––妖気の眼無し巫女と付き合っていくのは容易なことではない。
高見澤は幼女巫女達を乗せるためにキャンピングカーを借りることにした。そのほうが新幹線代やホテル代を払うよりも安上がりにできるのだ。キャンピングカーは収納スペースも十分あって、武器もいろいろ持っていけるので便利だった。
幼女巫女達はみんなリュックサックを背負い、水筒を持ってきた。
完全に遠足モードになっている。
楓はキャスター付きのトランクに荷物を詰め込み、手籠にタオルを布団代わりに敷いて寝夢を入れて連れてきた。
箱型のキャンピングカーの内部は、驚くほど天井が高かった。リビングは中央にテーブルがあって両側にふかふかのシートがある。運転席とリビングの間にキッチン・冷蔵庫と、テレビをなどを組み込んだ便利棚があって、その上部のスペースに、梯子で上がる大きなバンクベッドがある。最後部にも二段ベッドがあり、リビングのシートもベッドに早変わりする。テレビにはカラオケとDVDの機能もついていて、車内で思いっ切り楽しめるようになっている。
幼女巫女は人数は多くても体が小さいので、内部スペースは十分過ぎるほど広々していた。寝床もバンクベッドだけで、幼女巫女全員収まりそうだった。
楓は幼女巫女達がテレビをいじり始めた時、カラオケ大会になるのかと思ったが、予想に反してCDで雅楽を流し、テーブルやシートの上で、浦安の舞を舞い始めた。
まずキャンピングカーを巫女舞で清めようとしているらしい。
いつもだいたい眠っている寝夢が目覚めて、浮遊して巫女舞に合わせて舞い始めた。
幼女巫女と夢の精霊の舞で車内は華やいだ。
なんだか賑やかで楽しい旅になりそうね––––––
楓は幼女巫女達と寝夢の舞を見ながら、思わずにんまりとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます