第56話 妖鳥ガルダラ3

 気がつくと高見澤と楓の両側に、翼人族が立っていた。

 長身で直立していると優に2メートル以上ある。

 金色の翼が背中にあり、下半身は鳥型で尾羽があり、脚は骨ばっていて、鋭い爪が猛禽類の特徴を示している。上半身は人型で頭部に羽角があり、手には針のように先が尖った爪がある。顔は口を開いて鋭い歯をむき出さなければ、極めて人間に近かった。体は羽ではなく、肩まで緑がかった銀色の鱗でおおわれている。

 人型の手から、鋭い爪が長大な針のように伸びて、青狼を突き刺して殺している。銃弾のような速さで標的を貫き、青狼を一撃で殺す。突き刺しては元へ戻り、また突き刺す––––––翼人族は指差すだけで相手を殺せるのだ。

 距離があっても、動いているものでも的を外さない。鳥の眼はレーダーのように目標にロックして逃さない。回転を速めると、必殺のニードルはマシンガンになる––––––翼人族の体はまるで殺戮のためにできているようだった。

 これでは飛行人獣にも勝ち目はなかっただろう––––––

 地上の翼人族は木の上にいる仲間とともに、見る見るうちに青狼の群れを殲滅した。

 青狼を最後の一匹まで殺したことを確認すると、木の上にいた翼人族は羽音をさせて飛び去った。

 地上にいた二人も踵(きびす)を返して歩き去ろうとした。高見澤と楓はそこに存在していないかのように無視された。

「ちょっと待ってください」

 楓が翼人族を呼び止めた。

 翼人族はまたこちらに向き直った。

 金属質の金色の翼が、体の前面に回ってマントのように覆い、それが衣服ないしは鎧(よろい)のように見える。手はその中に隠れて見えない。ピンと羽角が立った顔立ちは端正で精悍だった。

 背がとても高いので楓は相手の顔を見上げた。

 翼人族は楓を見下ろして、お互いに顔を見合わせた。

 眼だ––––––

 楓はコンタクトをしていたが、翼人族は楓の眼に気がついた。

「ついてこい」

 翼人族は言葉をしゃべった。

 翼人族は楓と高見澤を木々の間を縫って案内した。

 辿り着いた場所は、楓達が当初から目指していた丘だった––––––距離的にはすぐそばだったが、案内がないと見つけられたかどうかわからなかった。

 上空から見た時には小さな瘤(こぶ)だったが、地面に下りて見るとかなりの高さがあり、内部は洞窟になっていた。

 楓と高見澤は翼人族のあとについて洞窟の中へ入っていった。

 外目には自然の造形の溶岩洞かと思ったが、内部は広く青い光で満ちていた––––––人口の照明のようだが光源がよくわからず、床や壁や天井自体が発光しているように思われた。幅の広い階段が地下に下りている––––––翼人族は、ただの野生の鳥や動物ではなく、文明を持っているのだ。

 高見澤と楓は翼人族が青狼人獣の死肉を喰らうところを目撃したので、凶暴性のある鳥型の獣のようなイメージを持っていたが、認識を改めねばならなかった。

 階段を降りると円形のホールがあり、その周囲に翼人族が立像のように並んでいた。

 どれも金色の翼のマントを纏(まと)い、眼を閉じて立ったまま眠っているようである。

 まるで神像が立ち並ぶ神殿の内部のようで、静謐(せいひつ)な雰囲気が漂っていた。

「こんにちは。お邪魔します」

 楓があっけらかんとして挨拶した。

 楓の声がホールに反響し、静寂が破られた。

 すると眠っていた一人が眼を開いて、楓と高見澤のほうに近づいてきた。静々とした歩みは、どこか機械仕掛けの人形かロボットのような印象を与えた。

「眼を持っている」

 案内してきた翼人族は一言言うと、自分達もホールの壁際に立って眼を瞑(つむ)り、眠ってしまった。どうやら翼人族という種族は、活動する必要がないときは眠っているのが普通らしい。戦う時には恐るべき戦闘力を発揮し、残虐にさえ見えるのに、普段は物静かな種族なのかも知れなかった。

 二人はそこから別な翼人族に案内され、赤一色の奥の間に通された。

 一段上がったところに玉座があり、翼人族の女王が腰掛けていた。女王は完全に人型で、翼も尾羽も見当たらなかった。脚を揃(そろ)え、両手を膝の上に置いて、やはり眼を閉じて座ったまま眠っていた。

 頭にはひと際長い垂直に立った羽角があり金の冠をかぶっている。背筋がピンと伸びていて威厳がある。天井からは天蓋のように、シダ類が垂れ下がっていた。

「女王ガルダラ」

 案内してきた翼人族は一言そう言い置いて、部屋を出ていった––––––多分あの円形のホールに戻ってまた眠ってしまうのだろう。

 楓と高見澤は仏像のように動かない女王の前に残された。

 まるで須弥壇の前に立っているようで、自然に手を合わせて拝みそうになった。

「何しに来た?」

 女王は眼を瞑ったまま口を開いた––––––目で見なくとも霊感で見えているらしい。

「人獣との戦いで協力できるのではないかと思ってきました」

 楓が答えた。

「我等ガルーダ族が、この富士の樹海にいるのは、人獣を富士より西に行かせぬがためだ」

 ––––––翼人族というのは一般名称で、ガルーダ族というらしい。

 楓は西に行かせないという意味がピンとこなかった。

「それはかつて西にあった国を再興しようとしている月弥呼のためですか?」

「我々はバラカマに頼まれただけだ」

「バラカマ?」

「ヤマ、バラカマ、ガルーダはいずれも古き者達だ」

 楓には古き者達がどんな存在かだいたい察しがついた––––––桁違いに古い種族で桁違いの妖力を有している。

「ガルーダ族は飛行人獣と戦っているのですよね」

「我等の空から穢(けが)れは取り除く」

「地上の人獣についてはどう考えているのですか?」

「人獣にもいろいろある」

「特に狼人獣はどうでしょう」

「狼人獣という一言では言いあらわせない」

「もともと灰褐色の狼人獣が中心でしたが、最近では青狼人獣と白狼人獣が増えています」

「それらは全て異なるものだ。灰褐色の狼人獣は人間に妖気が憑いて人獣化したもの。青狼人獣はもともと古代から存在した人獣同体のクヌ族の流れを引く独立種族。白狼人獣はかつて北東部に住んでいた今はなき種族の先祖返りだ」

 女王がそういうと、楓と高見澤の眼のまえに日本地図が投影された。

 富士から西側は橙色になっていて、首都圏がグレー、その他は青と白のまだら模様になっている。グレーの中にも青と白の部分が点在している。

「青は青狼、白は白狼、灰色は狼人獣だ。見ての通り、富士より西には如何なる狼族も存在しない」

 ガルーダ族は楓や高見澤より遥かに詳しく狼種族の実態を把握していた。驚いたことに西は首都圏以北よりも遥かにクリーンな状態に保たれていた。

「クヌ族の流れを引く青狼人獣は月弥呼の到来とともに現れた。月弥呼同様時空を彷徨(さまよ)う種族だ。凶暴で征服欲が強い。放置すると他の全ての種族を滅ぼし、何処までも領土を拡大しようとするだろう。

 白狼人獣は、青狼人獣ほど好戦的ではない。ただ先祖返りは急速に進んでいる。放っておけば北東部の人間の大多数は白狼化するだろう。青狼人獣も領土を拡大するなら北に向かうしかあるまい––––––西には入らせないのだから」

「なるほど。人獣の中の勢力図と、ガルーダ族の立場がよくわかりました」

 ––––––ガルーダ族は人獣の西進を阻む壁であり、チェスの駒で言えば正にルーク=要塞になっているのだ。

「ガルーダ族の戦闘力の凄さは先ほども目の当たりにしました。私達が人獣と戦う際に、協力してもらえないでしょうか」

 楓が頼むと、女王ガルダラは眼を瞑ったまま眉を上げた。

「我等は人族の面倒まで見る気はない。狼族はこれから何十万、何百万と増殖してくるだろう。我等ガルーダ族は僅か三十人しかいないのだ」

「バラカマは人族を重視しているはずだと思いますけれど」

 楓が意外なことを言ったので、女王ガルダラは小首を傾げた。

「きいたような口をきくではないか。人間の顔をしているが、お前はいったい何者だ?」

「水神楓、怪奇事件捜査課の最低賃金バイト、こちらは私の上司の高見澤刑事です」

「水神だと?」

 女王は初めて眼を開いた。

 赤く燃えるような眼が楓を刺すように睨みつけた。

「確かに眼だな」

「ええまあ」

 楓は曖昧に答えた。

 その瞬間、女王の爪がヒュンと伸びてきて、高見澤を突き刺した。

 胸を貫かれた高見澤は、声も立てずその場に倒れた。

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