第57話 妖鳥ガルダラ4

「マサさん!」

 驚いた楓は、高見澤のそばに膝をついてしゃがんだ。

 あれ?

 死んでない––––––

 高見澤は幸せそうな顔で笑みを浮かべていた。

「心配するな。眠らせただけだ」

 女王は玉座から立ち上がった。

 一見どこも人間と変わらない。肩から下が緑がかった銀色の鱗で覆われた滑らかな姿態は美しかった。

 と

 女王は急激に変形し始めた。見ているうちに、背中に翼が生え、下半身が鳥になって尾羽が生えた。鳥型になると強力な脚の爪が目を引く。緑がかっていた鱗は金色に塗り替えられた。

 古代種族の古き者達の一つガルーダ族は、完全な人型と飛行する時の鳥型が自由に入れ替わる。武器として爪が伸びて飛び出すのもそうだが、変身人獣を上回る身体の変形性、操作性を持っている。

 女王ガルダラは金の翼を体の前に回して衣服のように纏い、黄金の仏像のように佇立(ちょりつ)した。光背の如きオーラが発せられている。

 楓は思わず手を合わせて拝みそうになった––––––女王ガルダラの姿はさほどに神々しかったのだ。

「お前は眼を持っているのにミズカミには見えない。その眼はどこで手に入れたのだ」

「この眼は義眼ですけれどもともと私のです」

「そんなことはあるまい。その眼は古き者達と同じくらい古くから存在するものだ。お前のものであるわけがない」

「本当です。私の記憶にある限り、この眼はいつも私と一緒でした」

「お前は眼を持っているのに眼が何かを知らず、その力を使う能力もない。眼の持ち主としての資格がない」

「そんな––––––」

「これでどうだ」

 そう言うと女王は一気に巨大化し、獰猛な猛禽類の姿になった。鷲のような鋭い嘴(くちばし)があり、炎を湛えた眼が赤味を帯びた光を放つ。全身が金色で、翼長は二十メートル以上あるように見えた。脚の爪は人の体長よりも長かった。

 急激な変身に、楓は目の玉が飛び出るほど驚いた。

 ポンポンッ

 音がして本当に眼が飛び出した。

 眼だけが浮遊し、楓は眼無しになって視覚を失った。

「出てきたな」

 巨大な鳥が眼に言った。

「女王ガルダラ、お久し振り。ガルーダ族は大昔からずっと眠っていたはずなのに」

 眼がしゃべった。少し子供っぽい話し方だが、眼は女王ガルダラとは旧知の仲のようだった。

「何千年もの間深い眠りにあったのに、バラカマに起こされてしまったのだ」

 女王ガルダラはスルスルと縮んでまた元の人型に戻った。今度は翼が裾を引く金色のマントになった。

「それにしてもガルーダ族が人間界にいるのはおかしいよね」

 眼は両眼揃って空中で左右に回転した––––––首を左右に傾(かし)げているつもりだ。

「眼がここにいるのも同様に奇妙な話だ」

「だって眼はミズカミを助けるから」

「しかし、そこにいるのはどう見てもミズカミではなかろう」

 女王ガルダラは眼無しの楓のほうをちらっと見た。

「でも眼を宿せるんだから––––––」

「本物のミズカミなら亜空間霊界に現れるはずだし、もっとまともな霊感力を持っていて、過去からの記憶もあるはずだ。この女は、霊感力は最低だし、ミズカミの記憶はなく、眼が何かさえわかっていない。ミズカミの要件を何一つ満たしてはいない」

 ガルダラは楓を蔑(さげす)むように言った。

「亜空間霊界も人間界も歯車が狂い始めているんだから仕方ないよ。自分こそこんなところで人獣の相手をしているなんて、どうかしていると思わないの?」

 眼は負けずに言い返した。

「私はバラカマに頼まれただけだ」

「だからバラカマがそんなことをガルーダ族に頼むこと自体が、世の中狂っている証拠なんじゃないの?」

「そう言われてみるとそうだが」

「今は誰もがおかしくなっているんだよ。魔の妖気のせいもあれば、時空の乱れのせいもある。バラカマは人間界に夜摩が死霊界を作るのを看過しているけれど、それこそ狂っていると思わないかい?」

「確かに言われてみるとそうだな」

「言い換えれば、古き者達にとってもそれだけ人間界が重要になってきているってことだよ。ミズカミが人間を助けようとしているのも同じ。ミズカミは不完全かも知れないけれど、贅沢を言っている場合じゃないんだよ。バラカマだってそれくらいわかっているよ」

 眼は話し方は子供っぽいのだが、その議論はなぜか説得力があった。

「バラカマも人族を守ろうとしているのか」

「そうだよ。亜空間霊界のカルラ族も協力している。人族は魔と戦ううえで重要だと思っているんだよ」

「ふむ。それで眼はガルーダ族に何をして欲しいのだ?」

 ガルダラは眼の話に乗ってきた。

「青狼人獣を何とかして欲しい」

「それはもうやっている。青狼人獣は西には入らせぬ」

「そうじゃなくて追っ払って欲しい」

「数が多過ぎる。青狼人獣は十万は下らない。白狼人獣はもっと多いが」

「白狼人獣はもともと北の種族だから放っておいても北へ向かうよ。月弥呼が時空を超えて引っ張ってきた青狼人獣さえなんとかしてやれば、人族は首都圏だけは守れるだろう」

「青狼人獣を滅ぼすには軍勢が必要だ」

「滅ぼさなくてもいいからとにかく青狼人獣を北に追いやって欲しい。それくらいやってくれてもいいじゃないか」

「首都圏から青狼を排除するくらいならさほど手間は掛からない」

「それで十分。あとはこっちでやるから」

 眼は女王ガルダラの言質を取ると、自分で楓の眼窩に戻った。

 ポンポンッ

 音がして楓の視覚が戻ってきた。

「いろいろご無理をお願いしてすみません」

 眼入りの楓が女王ガルダラに礼を言った。

「古き者達のよしみだ。それくらいはやってやろう」

 女王ガルダラは翼を体内に収め、再び玉座に腰掛けて眼を瞑った。

 座像に戻ったガルダラはもうピクリとも動かなかった。

 眠っていた高見澤が起き上がった。

「あれっ、俺一瞬眠ってたか?」

「一瞬じゃなくてけっこうよく寝てました」

 女王ガルダラの姿が消え、その代わりに青く光る円形の亜空間通路が楓と高見澤の眼の前に現れた。

 楓と高見澤がその中に足を踏み入れた瞬間、二人は都心に帰ってきていた。

 ガルーダ族の驚くべき技術に二人は唖然とした––––––古き者達の力は人間の想像の域を超えているのだ。

「どうなってるのかな––––––」

 高見澤は不思議がった。

「マサさん、マサさんがお休み中に私がばっちり交渉して、ガルーダ族が青狼人獣を北に追っ払う約束を取り付けました」

 ––––––実際に交渉したのは眼だったのだが、眼も楓の一部だ。

「でかした。わざわざ樹海にまで行った甲斐があったな」

 高見澤は待たせていたヘリに連絡を取って、任務が完了したことを伝えた。

「これで私達は従来型の人獣と戦っていれば、あとはガルーダ族が面倒を見てくれるでしょう」

「ガルーダ族の攻撃力は物凄い」

「それにしても西は夜摩と月弥呼の国になり、北は青狼と白狼の世界になってしまいそうです」

「それはそれでまた別な手立てを考えないとな」

 自殺の名所富士の樹海を危険を冒して訪れたのは無駄ではなかった––––––楓は女王ガルダラとの話し合いで、ガルーダ族の協力を取り付けることに成功した。強力なガルーダ族を味方にできたのは一歩前進だった。

 楓は眼が自分の強い味方だということを初めて知った。しかし、古き者達でさえ混乱している状態であることもわかった。

 問題の解決には程遠く、むしろ事態はまだまだこれからもっと悪化していきそうだった。


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