第58話 妖鳥ガルダラ5

 男は深夜の街を一人で歩いてきた。

 がっしりした体格で、肩をいからせ、上体を左右に揺すりながら、一歩一歩踏みしめるようにして歩く。

 小雨が降っていたが傘もさしていない。

 濡れた道路は街灯に照らされて黒く光っていた。

 誰もいない四辻の中央に立ち、腕を組んで待つ。

 仲間は四方から集まってきた。数十人の集団はその首領らしき男を中心に円陣になり、どこから来るかわからない敵に備えた。

 軽トラックが来て交差点を事実上封鎖している男達にクラクションを鳴らした。

 男達は一斉に車のほうに向きなおった。

 人間の運転手はようやく相手が何者かを悟った。

 軽トラックは慌ててUターンし、全速力で逃げ去った。

 青狼人獣達は人型を維持していたが、その狂暴な視線は運転手を怯えさせるのに十分だった。

 青狼人獣が集団で現れたのは、ある無謀な男から果たし状を受け取ったからだった。誰もがその愚かな人間を刃物のような爪で切り裂き、鋭い牙で食い殺すのを楽しみにしていた。

「まさか、今逃げた奴じゃないだろうな」

 一人が言った。

「俺達に挑戦してくるからには、大人数で来るだろう」

 その時、向こうから歩いて来る人影が見えた。

「来たっ!あいつか」

 相手は一人だった。

 頭に角のような羽角(うかく)があり、翼のようなマントを纏っている––––––一目見て翼人族である。

 青狼人獣の集団は全員マントの男のほうに向きなおった。

 前面にいた何人かが獲物に向かって走り始めた。

 それを見たマントの男は翼を左右に広げた。

 翼の中から人間の手が出てきた。両手に銃を持っている––––––必殺の刺殺ニードルを持つガルーダ族なら銃など使わない。

 翼人コスプレの高見澤は、フルオートで掃射して先頭の数人の青狼人獣を撃ち殺した。

 カタカタカタ

 連射すると直ぐ弾切れになる。急いで弾倉を入れ替える。

 その隙に青狼人獣は間際まで迫ってきた。

 ヒュンヒュンヒュン

 鋭い爪を立てて高見澤につかみかかろうとした青狼人獣が、次々とニードルの串刺しになった––––––空中からのガルーダ族の攻撃だ。

 青狼人獣達は一斉に空を見上げた。

 金色の翼を広げたガルーダ族は、下等種族を蔑すむように青狼人獣を睥睨(へいげい)し、高見澤のそばに降下した。

 それを見た青狼人獣は四つ足になり、ガルーダ族に向かって突進してきた。青狼は驚くべき跳躍力で数メートル宙に飛び、背の高いガルーダ族の頭上から襲い掛かった。しかし、跳躍した青狼達は空中で串刺しになった。

 ガルーダ族は更に両手の十本の指から同時にニードルを放った––––––ガルーダ族にむかってきた十頭の青狼がいっぺんに串刺しになった。ニードルは一発ずつ放つものだと思っていた高見澤は驚いた。

 ガルーダ族は恐るべき膂力で串刺しにした青狼を空中に持ち上げ、ニードルを引き抜いて、青狼の集団の頭上に死骸を雨のように振らせた。更にマシンガンのようなニードルの掃射。

 青狼は次々に刺殺され、バタバタと倒れた。

 首領と見られる男も、手もなくガルーダ族のニードルに串刺しにされて死んだ。

 弾倉を入れ替えて射撃が可能になった高見澤も、青狼の集団に銃撃を浴びせた––––––もうその必要もなさそうだったが。

 残った数匹の青狼は逃走した。しかし、ガルーダ族は走っていく青狼をスナイパーのようにニードルで狙い撃ちして刺殺した。驚くべき長射程と精度だ。ガルーダ族はまるで鳥型のターミネーターのようだった。

 これじゃ青狼が気の毒なくらいだ––––––

「お疲れ様です!」

 高見澤は、あっという間に仕事を終えたガルーダ族に御愛想をした。

 しかし、相手は高見澤を無視して、次の標的を求めて飛び立った。女王ガルダラは約束を守って、ガルーダ族の戦士を首都圏の青狼掃討に派遣したが、彼らは人間には全く関心を示さなかった。ガルーダ族からすれば、青狼人獣は駆除すべき下等種族に過ぎず、彼らの眼には人間も同列に見えているのかも知れなかった。

 なんだ。せっかくコスプレで親近感を醸成しようと思ったのに––––––

 高見澤は飛び去って行くガルーダ族を地上で見送った。

 ことガルーダ族に関しては、高見澤は無視され続けていた。女王ガルダラには高見澤の男前は全く通用せず、交渉の肝心な時には眠らされて蚊帳の外に置かれてしまった––––––ガルーダ族は高見澤を交渉相手と認めず、楓とだけ話をしたのだ。

 女王ガルダラと話をつけることができたのはひとえに楓のおかげだった。今や人間にとって最も重要と言っても過言ではないガルーダ族との協力関係は、楓一人に支えられていた。

 高見澤が忸怩(じくじ)たる思いで一瞬考えこんでいた時、パトカーが迎えにきた。

「おおっ!」

 パトカーを運転してきたのは楓だった。

「お前、何やってるんだ!」

「私運転免許を取ったんです」

「それでか。びっくりしたじゃないか」

 高見澤はコスプレのままでパトカーの助手席に乗り込んだ。翼がけっこう邪魔になった。

「刑事の助手ですから、運転くらいできないとと思って」

 楓はバックで切り返してタイヤを軋ませながら方向転換した。

「やるなあ」

「次のポイントへ急行します。放っておいてもガルーダ族が始末してくれるかも知れませんが、一緒にやっている姿勢だけでも示しておきたいです」

「そのつもりでやっているんだが、無視されっぱなしだ」

「やっぱりガルーダ族は凄いですね」

「まるでターミネーターが味方にいるみたいで、こちらの出る幕がない」

「そうは言ってもガルーダ族に丸投げでは怪奇事件捜査課の名折れです」

「次のところでもうちょっと頑張ってみよう」

「実は私、乗用車だけでなくて、大型二輪免許も取ったんですよ」

「何っ!」

「排気量無制限ですから、1リッターマシンでも白バイでもOKです」

「それ凄いじゃないか。なんでまたそんなにやる気を出してるんだ」

「自己研鑽です。少しでもマサさんのお役に立てるようにと思って」

「けなげだな。両方で随分金が掛かっただろう」

「サラ金で借りました」

「おいおい、バイト代で返せるのか?」

「全然無理です。これからは人獣との戦いよりも、借金取りとの戦いです」

「人獣は殺せばいいが借金取りは殺せないぞ」

「副業で金を稼いで返すしかありません」

「バイトのまた副業か」

「キャットウーマンになって宝石店に忍び込みます」

「それだけはやめて欲しい」

「じゃあ月並みですが銀行に忍び込んで金庫破りにします」

「もう少し犯罪にならない方法で」

「美濃妖吉みたいに夜摩に死体を売ります」

「ますますひどい」

 高見澤は溜息を吐いた。

「領収書をもってこい。俺がなんとかするから」

「マサさんのポケットマネーですか!」

「何とかするったって俺の金じゃない。怪奇事件捜査課は一応課の一つだから、課としての予算は申請できる」

「そんな予算があるなんてきいたことありませんでしたけれど」

「研修費とかなんとか名目をつけて形さえ整えれば、あまり中身は問われないだろう」

「名目と形式さえあれば物事が通る建前主義は、お役所仕事のいいところですね!」

「怪奇事件捜査の関係は、誰も関わりたくないから、金で済むなら済ませようってこった」

「金銭面でマサさんにそんな甲斐性があるとは思ってもみませんでした」

「金と殺しだけだと人生は殺伐(さつばつ)とするがな」

「金がなくて殺しだけだともっと殺伐とします––––––今の私みたいです」

「相当、荒(すさ)んできているな」

「私は宵越しの銭も持たない荒んだ殺し屋なんです」

「そこまで言うか」

「マサさんが予算を取ってバイト料を値上げしてくれればもっと素敵なんですけれど」

「残念ながらバイト料は一律で決まっていて変えられない」

「硬直的な一律行政はお役所仕事の悪いところですね」

「決めごとの範囲内でやるしかない」

「とか何とか言って、マサさん本音は私のことなんかどうでもいいんでしょう」

「こう見えても俺はいつでも楓のことを考えてるんだ––––––できることは限られているが」

「またまた」

 ––––––それでも高見澤が前より一生懸命になっているみたいなので、楓はにっこりした。

 研修費で払ってもらってサラ金のローンを返さず借りっぱなしにすれば、まとまったお金ができる。そうしたらどれだけたくさんケーキを食べられるだろうか––––––

 安易な借金漬けの恐ろしさを知らない楓は、ケーキに囲まれた日々を心に浮かべて、幸せな気持ちになった––––––荒んだ殺し屋楓が最後に頼れるものはやっぱり美味しいケーキなのだ。

 楓が運転するパトカーは、下町のもう使われていない工場の前に来た––––––青狼のアジトだ。

「今夜の第二幕です」

「少しは頑張るか」

「今度は私もやります」

 高見澤と楓はパトカーを降りた。

 空から金色の翼のガルーダ族が舞い降りてくる。

「私達の相棒が来ましたよ」

「強くて不愛想な相棒だ」

 青狼人獣殺しのトリオが揃った。

 楓の手には降魔の杭が握られていた。


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