心霊刑事楓 最低賃金バイト編

亜空間ファンタジー&弥剣龍

最低賃金バイト編

第1話 義眼の少女1

「ごめんなさい。私眼が無いんです」

 バイトに応募してきた少女は、サングラスをしていた。

 採用面接なのに第一印象が悪過ぎる。

 面接にサングラスをかけてくるなんてどういう神経だ––––––

「眼がないって、何に眼がないんだ?」

 限られた予算で安い助手を雇いたい高見澤はつっけんどんにきいた。

「何にじゃなくて、両眼とも義眼なんです」

「ええっ、そういう意味か」

 高見澤は驚いた––––––目が不自由には見えず、むしろ動作はきびきびしている。

 首をひねった。

 しかし、まあないだろうな––––––

「この仕事は色々調べ物をしてもらわないといけないのでね」

 初めからやんわりとした断りのニュアンスを出した。

 否定的なコメントを予想していたのか少女は少しも怯(ひる)まなかった。

「調べものでも何でもやります。電子義眼は肉眼以上に性能がいいですから」

 そう言って少女はサングラスを外した。

「おっ」

 顔が意外な可愛さで、キラキラと光を放つ薄水色の瞳が吸い込まれるように美しい。

 ただ眼の耀きが人間の眼とは思えない。

 それでサングラスをしているのか––––––

「電子義眼がオンになっている限りは、視力は大丈夫です。でもバッテリーが切れたりすると真っ暗になってしまいます。私ってスマホみたいでしょ」

 少女はクスクス笑った。

 もう少し普通の子でいいと思っていたのだが、変わり種だ。しかし、何か惹きつけられるものがある少女だった––––––性格が明るく可愛げがあって、それでいて年の割に腹が据わっている感じがするのだ。

 怪奇事件捜査専門の刑事高見澤の助手だから、バイトとはいえしばしばおぞましいものを目にすることになる––––––物怖じしないところは適性がありそうだった。

 他に応募者はいないし、まあものは試しで期間限定で使ってみるか。バイトなんてどうせコロコロ入れ替わるもんだろう。駄目なら首にしてまた探せばいい––––––

 高見澤は腹の中でそう考えた。

「事件が多くて結構忙しいんだ。それに俺は人使いが荒いよ。仕事に馴染めなければ一週間で終了。調子が良ければ1か月ごと更新。それでよければ明日からどうだ?」

 とにかく一刻も早く助手が欲しかった高見澤は、その場でジョブをオファーした。

「雇っていただけるんですか?」

「最低賃金でハードワークだが」

「女工哀史みたいですね。頑張ります」

 きつい話をしてもくすくす笑って愛嬌がある。

「じゃあ、明日朝八時半から。五階の502の刑事室に来てくれ」

「わかりました。よろしくお願いします」

 サングラスの少女は、丁寧にお辞儀をして、殺風景な面談室を出ていった。


 それから1ヶ月、義眼のバイト水神楓はすっかり高見澤の片腕になっていた。

 調査や資料の作成は一人前以上だった。面倒な仕事をどさっと投げても、いつも機嫌よく受けてくれる。嫌そうな顔や、疲れた表情を見せたことがない。やるべきことがあれば、夜遅くなってもきちんと仕上げて帰る。

 おまけに時々はっとさせられるようなアドバイスをしてくる。事件の中身をちゃんと理解していて、高見澤が見落としている点をさり気なくカバーしてくれる––––––生まれつき目が見えなかったせいか、その他の感覚が異常に鋭いのだ。

 高見澤は最低賃金で雇ったバイトを気に入っていた。

 怪奇事件捜査課刑事、高見澤正雄は、同僚からはマサと呼ばれている。楓も高見澤のことをマサさんと呼ぶ。高見澤は楓のことを呼び捨てにしていた。

「楓、これちょっとコピーしてくれ」

「楓、この人物の背景を、情報管理部の端末でできるだけ幅広に拾ってきてくれ」

「楓、悪いけど缶コーヒー買ってきてくれ」

という具合だ。

 別に上から目線でというわけではなく、高見澤なりの親愛の情の表現で楓もそう感じていた。

 怪奇事件はそのほとんどが解決されないまま迷宮入りになる。殺人を伴うことが多いのに、普通の犯罪の手口ではないので、通常の警察の捜査では対応できない。そこで怪奇事件専門の高見澤が登場することになる。

 高見澤は犯人は人間とは限らない、という前提で捜査する。当然目の付け所が違うし、犯人の追い駆け方も違う。相手は人獣、妖怪、悪霊––––––何でもあり得る。

 高見澤の刑事部屋の壁には、至るところに不気味な写真がピンで貼ってある––––––頸に穴を穿(うが)たれ、背中に奇妙な絵文字が描かれた被害者の死体、腑をえぐられた首のない牛の死骸、獣のような上半身の犯人の後ろ姿、犯行現場に残された三本の太い指がある足跡、銀色の狐の背後霊が写っている心霊写真、暗い森の中に蛍光を発する人型、樹海に浮かぶ光る円盤型の物体等々。

 ガラスのサイドボードの上には、一本巨大な爪がある毛むくじゃらの腕、カブトガニのように巨大化したダニの模型、頭頂部に三カ所穴が開いた髑髏(どくろ)、占い用の紫色の水晶玉、梵字で書かれた何種類もの魔除けの札などが並んでいる。鍵が掛かるガラス張りのウインドウの中には、高見澤が怪物退治に使う、ショットガン、日本刀、青龍偃月刀、顔全体を覆う兜や武具などが飾られていた。

 ––––––刑事部屋というよりは、怪奇博物館の雰囲気だ。

 高見澤は昼間は捜査で外に出ていることが多いので、楓は気味の悪いものに囲まれて一人で仕事をしている。高見澤は出先から楓に色々指示を出し、楓は必要な情報を高見澤の携帯に送ったり、帰ってくるまでに整理して資料をまとめておく。

 高見澤はだいたい夕方には帰って来るが、捜査の性質上夜遅くなることもままある。そんな時、まだ楓がオフィスにいるので驚かされる––––––時間外手当なんて払ってもいないのに。

 でも夜遅くなった時こそ、高見澤は手助けを必要としている。楓がいてくれるとそれから二人で、更に遅くまで仕事をする。楓はそれを知っているので、どんなに遅くなっても、高見澤の帰りを待っている。

 いい女房役がいたもんだ––––––

 口には出さないが、高見澤は献身的な楓の働き振りに感謝していた。

 終電に間に合わなくなると、高見澤はパトカーで楓を家まで送る。そんな時楓は助手席で嬉しそうにしていた。物珍しくて子供のようにはしゃいで、無線をいじったり、サイレンをほんのちょっと鳴らしてみたりして喜ぶ。

 楓を横目で見ながら、高見澤は左手だけでハンドルを握る。利き腕は胸のホルスターの上に置いているのがくせだった。

 楓はそんなときの高見澤は素敵だと思った。歳は三十前後で楓とは十歳以上離れている。仕事場では上司とバイトの関係だが、送りのパトカーの中では、お互いにもう少しリラックスできた。

 高見澤はスラリと背が高く、掘りが深い端正な顔立ちで、二重(ふたえ)の大きな目はパトカーに二人で乗っている時は優し気に見えた。テレビドラマに出てくる刑事よりずっといい。実際、バイトの楓の前に、何人も秘書が替わったらしい。いずれも高見澤に心を奪われて、その結果職場にいられなくなって去っていったのだそうだ。

 スラっと引き締まった体型で、あらゆる体術をマスターしていて、エリートのSP達も誰もかなわないという––––––柔軟かつ鋼のような肉体の持ち主だ。楓はいつか高見澤が正義の味方のように悪者達を投げ飛ばし、ノックアウトするところを見てみたいと思った。

 楓は高見澤にパトカーで送ってもらうのが嬉しかった。楓のアパートまでの送りの時間は、いつもあっという間に過ぎ去った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る