第8話 青い眼の占い師4
足が速い人獣。逃げられたかと思ったが、高見澤が外に出た時、まだ狼目の男は近くにいた。
宙に何か白いものが舞っている。
人々が反対方向に走って逃げていく。
驚いたことに宙に浮かんでいたのは白い衣を纏った長い髪の女だった。
妖気だ––––––
女の妖気は半透明で、青白い蛍光を発し、吹き過ぎる風のように、空中から色々な角度で飛来しては飛び離れる––––––すっかり正体を顕わした狼男と戦っていた。
白い衣を閃かせ、長い黒髪をなびかせて、優雅な舞を舞うように旋回したかと思うと、鷹のように急降下して攻撃する。狼男は身軽に飛び回る妖気を引き裂こうとして、長い爪の生えた手を振り回す。妖気は素早い身のこなしで、凶暴な爪をするりとかわし、手に持った先の尖った杭のような武器でもって人獣を突き刺そうとする。
宙に舞う真っ白い装束の妖気は、戦う巫女のように見えた。
高見澤は銃を人獣に向けたが、撃とうとする度に、妖気が飛び回って邪魔になる。
妖気にかまわず撃てばいいのかも知れなかったが、高見澤は躊躇(ためら)った。
下手に妖気を怒らせて敵に回すと、人獣より始末が悪い––––––
人獣は妖気の攻撃を受けているうえに、高見澤に銃で狙われているのでは分がないと悟ったのか、妖気の攻撃をかわして、脱兎のごとく逃げ始めた。
人獣は速かったが、スプリンター並みの走力がある高見澤もぴったり後について追いかけた。
人獣は振り向いて、高見澤がついてきているのを見ると、四つ足になった。高見澤は懸命に追いすがったが、四つ足の者には及ばず徐々に引き離された。
駄目か––––––
そう思った時、高見澤の頭上を白いものが追い越していった。
白装束の妖気の女だった。
白い衣は風をはらみ、長い髪は傘のように広がって、空中を滑るように飛んでいく。必死に走る人狼も、空を飛ぶ妖気の追撃から逃げ切れなかった。
妖気は人狼に追いつき、疾駆する狼に空中から杭を打ち下ろした。戦う巫女の怒りの鉄槌が人狼の後頭部に突き刺さった。
狼の断末魔の咆哮が聞こえ、高速で走っていた人獣は倒れて動かなくなった。
妖気の勝ち誇った笑い声が聞こえた。
高見澤が追い付いた時、人獣の死骸からもやもやとした褐色の煙が立ち上った––––––死んだ人獣の肉体から分離した妖気だ。
空中の白い衣の女は、大きく口を開け、その褐色の妖気を吸い込んでうまそうに喰らった。
白い袴に、白い千早の装束。
やはり巫女か––––––
妖気を喰らい終わった白装束の巫女の妖気は、空中で回転して今度は高見澤のほうに向きなおった。
「あっ!」
高見澤はその顔を見て思わず声を上げた。
白装束の巫女には眼が無かった––––––能面のように白い顔の中に、黒い伽藍堂のような不気味な穴が開いている。暗い眼窩で見詰められると、奈落の底に引きずり込まれるような錯覚にとらわれた。
恐ろし気な眼無し巫女の顔は一瞬微笑んだようにも見えたが、高見澤の拳銃に気がついた。
まずい––––––
高見澤は慌てて銃を持ったまま両手を上げ、首を横に振って敵意がないことを示したが、もう遅過ぎた。
シャーッ
巫女の妖気は奇怪な叫び声とともに、杭を振り上げて高見澤に向かってきた。
「うわっ」
銃で撃つ暇もなく、衝撃波が襲ってきて高見澤は吹き飛ばされ、仰向(あおむ)けで地面を擦(す)るように滑った。その上を白いものがかすめて飛び越えていった。
ううっ––––––
何とか高見澤が上体を起こした時には、巫女の妖気の姿は既に消えていた。あの杭の一撃を喰らわなかったのは幸運だった。
高見澤は膝をついて立ち上がった。後頭部を強く打ったらしく、眩暈(めまい)がした––––––軽い脳震盪(のうしんとう)だ。
何て凄まじい妖気なんだ––––––
巫女の妖気の眼の無い顔が目に焼き付いていた。
高見澤は銃をホルスターにしまって、人獣の死骸に歩み寄った。
狼に化した人獣のうなじには致命的な穴が穿(うが)たれていた。
ただの一撃か––––––
いつも人獣を殺すのに、弾倉が空になるまで撃ちまくらねばならない高見澤は、妖気の巫女の手際の良さに舌を巻いた。
人獣の死骸と高見澤の周囲に人垣ができ始めた。
スマホを取り出して写真を撮ろうとする者がいる。
パトカーのサイレンが近づいてきた。
高見澤は人垣を押し分けて、人だかりの現場から夜の街に消えた。
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