第49話 山神4

 まだこれよりもっと凄い怪物が出てくるのか––––––

 流石の幼女巫女軍団も唖然とした。


 ギャアアアアアーングウァングォーン

 ズシンズシン


 咆哮と足音はもうそこまで近づいてきた。

 ただ、その姿が見えない。

「相手を見極めて、場合によっては撤退しよう」

 いつも強気な柿の種の巫女が、やや弱気なことを言った。

 そこへ森の中から、楓と同じような白い着物を纏(まと)った長い髪の女がふらふらと彷徨(さまよ)い出てきた。

 あたり一面に転がっている狼と怪物の死骸を眺めながら、首を横に振りながら近づいてくる。手にはCDラジカセを下げていた。


 ギャアアアアアーングウァングォーン

 ズシンズシン


 怪物の咆哮と足音はそのCDラジカセから聞こえていた。

「これ驚くじゃろう」

 女はCDラジカセを持ち上げて言った。


 ギャアアアアアーングウァングォーン

 ズシンズシン


「それもしかて怪獣映画の録音では?」

 怪獣映画が大好きな高見澤は聞き覚えがあった。

「そうそう怪獣じゃ。モジラとかいうやつじゃ」

 ––––––女は怪獣映画にはあまり詳しくなさそうだった。

「それにしてもその青龍偃(せいりゅうえん)月(げつ)刀(とう)は簡単に刃が折れすぎじゃな」

「並行輸入品なもんで」

「せっかくイケメンなんじゃから、刀剣はちゃんとした日本製にしたほうがよいぞ」

「すみません。次回から国産の薙刀にします」

 普通のおばさんっぽいが、いい男にはめざとかった。

「私は不知光(しらぬい)八幡宮で巫女を務めさせていただいております、白玉フルーツの巫女と申します。あなた様はどちらのお方でいらっしゃいますでしょうか。それとそのCDラジカセは何のためなのでござりましょうか」

 白玉フルーツの巫女が皆を代表して丁重にきいた。

「山女」

 女は一言答えて、CDラジカセをオフにした。

「怪獣の咆哮と足音で、猟師を脅かすのに使っておるんじゃ。お前達はまたたくさんの狼を殺してくれたな。しかも八(や)岐(またの)大蛇(おろち)までも倒すとはやり過ぎじゃないのか。こんな乱暴はスサノヲ命(みこと)以来じゃぞ」

「やはり狼は神の遣(つか)いで、この怪物は八岐大蛇だったのでございますね」

「そうに決まっとるじゃろう。見てわからんかなあ」

 そういうと女は八岐大蛇の死骸に向けて手を振った。

 電気のサージのような光が走り、不思議なことに切断された頭部と胴体がつながって、怪物は瞬時に蘇った。

「山に帰っておれ」

 そう言われて怪物は大人しく森の中へ消えていった。

「八岐大蛇って頭が八つあって、尻尾も八つあるんじゃないんですか?」

 ありきたりな質問だったが、楓は自分が倒した怪物の正体を確認したかった。

「頭と尾が八つなんて大袈裟な作り話に決まっておろうが」

「ではあの怪物が、クシナダヒメの七人の姉達を喰った本当の八岐大蛇なのですか?」

「それはあれの曽(ひい)祖父(じい)さんじゃよ」

「そうなんですね!」

 ––––––そう言われると物凄くリアリティがあった。

「最近人間どもはけしからん。神の遣いのニホンオオカミは絶滅危惧種なんじゃから、やたらに殺してもらっては困る。このあたりの猟師にもよく言っておいて欲しい」

 女はまたあたり一面に転がっていた狼の死骸に向けて腕を振った。

 またサージが走って死んでいた狼達は蘇り、群れとなって森へ帰っていった。

 この霊力は本物の山神ではなかろうか––––––

 楓だけならず、皆がそう思った。

 ––––––山神の力は全ての生き物を生み出し、命を育(はぐく)む源泉なのだ。

「あれ、お前のそれ『眼』じゃないか」

 女は楓の眼を指差して言った。

「ええまあ」

 楓は曖昧に答えた。

「それにその剣は十(と)拳(つかの)剣(つるぎ)じゃろう」

「借り物ですけど」

「借り物だろうが何だろうが、十拳剣をあのように使えるものは滅多におらん。どうやらお前は水神の親戚のようじゃな」

 女は楓をじろじろ見詰めた。

「可愛いなぁ。嫌だなぁ。嫉妬するなぁ。私と同じ白い着物で、差が歴然となるなぁ」

 ––––––自分の容姿にコンプレックスがあり、可愛い楓の前で格段に見劣りするのが気になるようだった。

 そこへ寝夢がふわふわ飛んできた。

「お、霊界(れいかい)獏(ばく)の精じゃな」

 山神は寝夢に手を差し出した。そこにはいつの間にか赤い木苺が乗っていて、寝夢はシュポッと口を伸ばしてもぐもぐした––––––寝夢ははじめから女に心を許しているようだった。

「美味しいです」

 寝夢は女の手に乗った。夢の精をもすぐさま手なずけてしまう手並みは尋常ではない。いけてないのは顔だけで、やることは鮮やかだった。

 女は寝夢に顔を近づけてなにか小声で囁(ささや)いたが、何と言ったか聞こえなかった。寝夢はふわふわ浮遊して、楓の肩にとまった。

「寝夢を前から知っていたんですか」

「お前は水神と称していて、眼を持っており、夢の精にも仕えられている割には、何もわかっておらん奴じゃな。霊感力も貧弱だし」

 山女は呆れたように言った。

「ただのバイトなもので––––––」

「でも可愛いから勝てないや。やっぱり何でも顔がよくないと駄目じゃな」

「てへへ」

 楓はダイレクトに褒められて、照れ笑いをした。

「そこのイケメン。今度山へ来るときは一人でござれ」

「はあ」

 高見澤はちょっとアタックされているかなと思った。

「水は山より湧き出づる。水によって木々や草花が育ち、獣や魚が生まれ、田に稲が実る。山神と水神は近しい間柄だということを覚えておけ」

 そう言うと女はくるりと踵(きびす)を返し、またCDラジカセを鳴らしながら山のほうへ帰っていった。


 ギャアアアアアーングウァングォーン

 ズシンズシン


 女の姿は森の中へ消え、ただ怪獣の咆哮と足音が響き続けた。

「あの人はいったい何なの?」

 楓は白玉フルーツにきいた。CDラジカセを持っているところが奇妙だったが、霊力は神の域だった。

「山の神の本命オオヤマツミの神ではありませんが、地場の山神でした。山の神は器量が良くなくて、嫉妬深いと言われているので間違いありません。昔猟師には、女人を山に入れないしきたりがありましたが、山の神が美女を羨(うらや)むからだといわれております。楓さんに露骨に嫉妬していましたから明らかです。でも高見澤刑事が美男であられたので怒りが鎮(しず)められたと思います。

 それはさておき、山の神の御意向は明らかでした––––––狼を狩るなと。この地域での狼の猟を止めさせよとの思し召しでござりまする」

 白玉フルーツの巫女は、狼を狩るのを止めれば神の怒りは解けて、事件は解決するだろうと言った。

 高見澤は早速町長に連絡し、地域の猟師が狼を狩るのを止めさせるように依頼した。町長は直ちに猟師達に通達を出した。


 ––––––神の遣(つか)いの狼を撃つべからず––––––


 仕事を終えた一行は、その夜は山の麓でキャンプファイヤーをした。イカ天の巫女が大きな火を作り、幼女巫女達は火を囲んで舞を舞った。キャンピングカーで皆で眠って、翌日帰った。

 数日後、いなくなっていた村の娘達はそれぞれの家に帰ってきた。

 どこへ行っていたのか問われた時、誰も何も覚えてはいなかった––––––神隠しとはそういうものである。

 高見澤も山神と出逢ったことは、いつの間にか忘れてしまって覚えていなかった––––––山神が寝夢に高見澤のその記憶を喰うように囁(ささや)いたのだ。

 楓は山神が寝夢を使ってしたことを霊感で察した。でも家に帰ってきた娘達の記憶が消されていたことからして、山神は寝夢を使わなくても、同じことができるに違いなかった。

 楓は、山神が本当は高見澤に自分のことを忘れてもらいたくなかったので、自ら記憶を消すのはやるせなかったのだろう、と思った––––––高見澤の魅力は神にも通じたのだ。

 水神楓は山神と出逢ったことで、自分が何か一歩前に進んだような気がした。

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