第29話 守護霊2
日曜日。
どうしたものかと楓が考え込んでいたところ、楓の賃貸アパートを訪れた者がいた。
宅配じゃないし何かの勧誘かな––––––
楓はドアスコープから覗いた。
和装の女性。
楓は鍵を開けてドアを少し開いた。
黒紋付黒羽織、低く後ろにまとめた和髪––––––大正か昭和の香りがするお祖母さんだった。
「突然お邪魔してすみません。私は高見澤正雄の祖母で珠代といいます。水神楓さんですよね」
「はい、そうですが––––––」
高見澤ときいて、楓はドアを開けて玄関口に出た。
「大変お世話になっております。正雄ちゃんの件でご相談したいことがございまして失礼とは思いましたがお邪魔しました」
背が低い老女は丁寧に頭を下げた。
帯の上に羽織を着るので体全体が丸っこく見える懐かしいお祖母ちゃんスタイル。高見澤のお祖母さんなら危ない人ではなさそうだった。
ただ楓の1DKのアパートには客室もない。
どうしよう––––––
ちょっと躊躇(ためら)ったが、玄関で立ち話ですむ感じではなかったので、とにかく上がってもらった。
寝室はベッドと机と箪笥で隙間もない。食器棚のそばの小さな食卓には椅子が一つだけ。お祖母さんにかけてもらって、自分は机の椅子を持ってきて、はす向かいに座った。
「すみません。お茶くらいお出ししたいのですが––––––」
楓には接客の準備もなく、申し訳なさそうな声で言った。
「どうぞ、お構いなく。急にこちらからお邪魔して申し訳ないです。手短にお話しさせていただいてすぐに失礼いたしますので。
早速ですが、もうお気づきと思いますが、最近正雄ちゃんは、精神的に不安定になっていて、仕事が手につかない状態なのです。それで楓さんにはたいへんご迷惑をお掛けすることになっています」
––––––お祖母さんだから高見澤のことを正雄ちゃんと呼んでいる。
「私は小さいころからずっと正雄ちゃんのことを見守ってきました。鉄棒から落っこちて頭を打って大怪我をしそうになった時も、信号のない踏切を自転車で無理して渡ろうとして電車にひかれそうになった時も、坂道で車のブレーキが効かなくなって林に突っ込んだ時も、いつでも、正雄ちゃんのことを危険から守ってきたのです。
刑事になってからも、人獣の爪が届きそうな時は、私が正雄ちゃんの背中を引っ張ったり、人獣に足を掛けて転ばせたり、目に見えないところで正雄ちゃんを助けてきたのです。
ところが、この前妖怪に正雄ちゃんの体を奪われ、魂を泥人形に移された時に、私の正雄ちゃんを守る力は消えてしまったのです」
––––––楓はこのお祖母さんは高見澤の守護霊だと直感的に思った。
「そうだったのですね。マサさんも何かを失ってしまった気がするのに、それが何なのかわからないと言っていました」
「私は長年いつも正雄ちゃんと一緒だったのですが、正雄ちゃんは気づいていませんでした。今は正雄ちゃんの本能が守りがなくなったことに感づいて、過剰に危険を回避するようになっています」
「妖気か何かに影響されているのかと思いましたが––––––」
「外から影響されているのではなくて、自分自身の防衛本能なのです。急に盾を失ったので、正雄ちゃんの自己防衛の潜在意識が、悪と戦う意志に勝ってしまったのです」
「本人はそれに気がついていないのですね」
「防衛本能の反動が強すぎて、自分を見失っています」
「本人が自然にそれに気づけばいいんですけど」
「自分では気づけないのでああなっています。楓さんには正雄ちゃんにそれを気づかせるお力があると思います。正雄ちゃんと深いところで心がつながっていらっしゃるので」
「どうすればいいんでしょうか」
「本当に危険な目に合わせれば目が覚めると思います。今はとにかく全ての危険を回避する方向に向かっています。ですから回避しようのない危険の中に置く必要があります。どうしても戦わざるを得なくなった時、本当の正雄ちゃんの意識が防衛本能に勝ると思います––––––もともと正義感が強くて勇敢な子ですから。危険から逃げるのでなくて、危険から自分で自分の身を守ることができるようになると思います」
「危険な目にあわせるのですか––––––」
「私はもういないのですから、正雄ちゃんは危険を自分で扱えないといけません。一生危険から逃げ回るわけにはいかないです」
楓は高見澤を危険から守ることは考えたことはあったが、その逆は初めてだった。しかし、今の高見澤の状態からして、お祖母さんの言っていることはその通りだろうと思った。
事件の捜査に外へ出れば危険は一杯だけど外へ出ないし––––––
マサさんが自然と気づいて元の自分を取り戻す方法はないのかしら––––––
マサさんってそもそもなんで刑事になったんだろう––––––
––––––楓は高見澤の過去を知る珠代祖母さんにきいてみようと思った。
「マサさんて小さい頃はどんな子だったんですか?」
「正雄ちゃんは怪獣映画とか、西部劇とかが大好きでした。自分が怪獣と戦っているつもりで、怪獣のおもちゃを投げていました。ピストルのおもちゃも大好きでした。ガンマンのつもりになって遊んでいました」
珠代さんは笑顔を浮かべ、懐かしそうに話した。
「まるで今のマサさんそのものですね––––––人獣や妖怪と戦って銃を撃ちまくる」
「三つ子の魂百までと言います。でも正雄ちゃんは決して刑事になりたかったわけではないんです。本当は映画監督になりたくて仕方がなくて、映画学部がある大学に行ったんです。でも学生のうちに自分がその道には才能がないことに気づいたらしくて、刑事になってしまいました。刑事は第二志望みたいなものでした。勉強するための大学ではなかったですから、刑事の採用でも試験の成績よりは実技の評価が高かったので合格できたようでした。武道は天性のものがあったのです」
「そうだったんですか––––––映画ですか。そう言えば空手やカンフーも映画から学んだと言っていました」
「正雄ちゃんは男前だから、映画監督じゃなくて映画俳優になればいいと思いましたよ」
「そうですよね!きっと人気が出たに違いないと思います」
「でも正雄ちゃんは人前で演技なんかできる子じゃなかったんです。恥ずかしがり屋ですからね」
「ちょっとシャイな感じがとてもいいと思います」
「人一倍正義感が強い子でしたから、刑事のほうが天職だったのだと思います」
「世の中のために戦っている時のマサさんってほんと素敵です」
「でも危険な職業なので、それで私は長い間正雄ちゃんと一緒にいたんです」
「そうだったのですね––––––」
楓は高見澤の意外な知らざれる過去に触れることができてとても嬉しかった。
マサさんの純粋さとか勇敢さとかは子供のころから培(つちか)われてきたものなんだ––––––
楓は高見澤が決して付け焼刃の人間ではないことを確信した。
珠代祖母さんの話を聞いて楓は希望を持った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます