真夏の寝起きドッキリ☆大作戦?
真夏日続く夏休み。
カンカン照りの正午に、私はノートパソコンと教材を抱えて電車を降りた。
キンキンに効いていた冷房に凍えそうだったのに、今はもう恋しさすら感じてしまう。
今日は一ノ宮くんの家で勉強会……の予定だ。
大学生になってまで教えてもらうのは情けないものの、一ノ宮先生の授業は分かりやすい。
だからちょくちょくお世話になってるんだけど、今日はいつもと様子が違っていた。
「うーん……間違えたかな?」
普段ならこまめに返信のあるメッセージが、今日は既読すらつかないからだ。
会話をたどってみれば、約束の日は今日であってるはずなんだけど……。
もしかしたら急用かなんかかな?
ただ、ここまで来たんだからひとまずお家まで行ってみよう。
そう思って改札を出ると、容赦のない日差しが襲ってきた。
この地域は広々とした公園があるけど、歩道を歩く私の上に影はまったく見当たらない。
うぅ……日傘を持ってくるべきだったか。
後悔しながら進んでいると、そういえばここを一人で歩くのは初めてだということに気がついた。
近いから平気って言ってるんだけど、電車の時は一ノ宮くんがいつも駅まで迎えに来てくれるからだ。
二人でおしゃべりしながらの道のりはあっという間なのに、今日はなんだか……なんだろう?
こんな真夏日なのにお外で遊ぶ子どもたちを眺めつつ、やけに長く感じる道を進んだ。
マンションのエントランスに着いて、もう一度スマホを確認する。
うーん……まだ既読が付かない。
どうしようかと悩みそうになったけど、あまりの暑さで頭が働かない。
ピンポンだけ押してみようかな。それで駄目なら帰ろう!
いつもだったらもっと躊躇っていただろうけど、夏の暑さは恐ろしい。
部屋番号を確認して呼び出しボタンを押すと、すぐにコール音が途切れた。
「朋乃ちゃんっ!? 入って入って!」
私が口を開くよりも先に、スピーカーから聡司さんの驚いたような声が響いた。
すぐに開いた自動ドアを過ぎ、エレベーターで目的の階に着く。
そして一ノ宮くんの家のドアに辿り着くと、聡司さんが大きく手を振って待ってくれていた。
「おかえり! 妹を出迎えられるなんて今日はなんていい日なんだろう!」
「お邪魔しまーす」
聡司さんの謎発言にも慣れてきている。
スーツにエプロン姿の聡司さんは機嫌を損ねることなく、いそいそと私を迎え入れてくれた。
「今日はこれから出勤なんだ。朋乃ちゃんが来るって知ってたら何がなんでも休みにしたのに!」
スキップでもしそうな様子から本心なんだろう。
勉強よりも遊びを優先されるのは困っちゃうけど、聡司さんも一緒に居て楽しいのは確かだ。
リビングに通されると、程よく効いた冷房と、扇風機の風がひんやりと身体を冷やしてくれる。
だけどそこには誰も居なくて、キッチンからはいい匂いが漂っていた。
「あの、一ノ宮くんは?」
「まだ寝てるんだよ」
小さく笑いながらの説明に、つい一ノ宮くんの部屋のほうを見てしまう。
普通に喋っているのに気づかないということは、よっぽど深い眠りなのかもしれない。
「昨日、珍しいことに遅くまで勉強してたんだ。朋乃ちゃんが来るからだったんだね」
うんうんと一人で納得してるけど……一ノ宮くんが勉強?
普段からなんでもそつなくこなせてしまう一ノ宮くんに、あんまりしっくりくるものではない。
すぐに出された麦茶をありがたくいただくと、聡司さんは手慣れた様子でキッチンを動き回っている。
てきぱきとお皿にのせられる料理はきっと朝ごはんだろう。
少し硬めの半熟に焼かれた目玉焼きは、オレンジ色で美味しそうだった。
「僕、そろそろ出なきゃなんだ。朋乃ちゃん、京伍を起こしてくれる?」
「えぇ……いいんですか?」
「喜ぶんじゃないかな? 僕だったら一瞬で起きるけど……あ、でも起きずに様子を見るのも」
「起こしてきまーす」
エプロンを外しながらの頼みごとに、実はちょっとだけそわっとしている。
結果的にゲーム合宿になってしまったお泊まりが頭を過るけど、あれ以降何もないし、今は聡司さんがいるし。
それに、自分の部屋で寝てる一ノ宮くんって……ものすごくレアだよね?
突然の目覚ましイベントにドキドキを感じながら、禁断の扉にそっと手をかけた。
隙間から流れるひんやりとした空気に、カーテンを締め切って薄暗い室内。
音を立てないように入り込むと、ベッドの上の膨らみに目が行く。
どうしよう……なんかすごくいけないことをしてる気分!
だけどほら! 家族がいいって言ってるんだし! そもそも起こすだけだし!
誰にするでもない言い訳を頭に浮かべながら、カーペットの上をじりじりと進む。
そして目に入ったのは、ベッドの上ですやすやと寝息を立てる一ノ宮くんだ。
夜中に暑かったのか、寝乱れたタオルケットがぐしゃぐしゃになって身体に絡んでいる。
そこから覗くのは、なんと半袖シャツにハーフパンツ。
そう、生脚魅惑のハーフパンツ!!
高校の体操服以降、見ることのなかったきれいな脚が惜しげもなく晒されていた。
……いやいや、ちょっと落ち着こう。これじゃ変態だ。
全身をじーっと見つめていても起きる気配はなく、緩んだ寝顔につい顔がにやけてしまう。
なんならこのまましばらく拝んでいたい気持ちすらあるけど、さすがにそれは駄目だろう。
忙しなく準備を続けている聡司さんの物音を聞きながら、どう起こすものかと考える。
目覚ましイベントっていうのは、二次元ではありがちなものだろう。
ちょっと、早く起きてくれないと遅刻しちゃうでしょっ! って感じの幼馴染みとか。
もうっ、朝ごはん食べないとお母さんが怒っちゃうよ? って感じの血の繋がらない妹とか。
今日は夏休みで授業はないし、そもそも大学が違うし、その上お母さんも居ない。
あと、妹シチュなんてしたら聡司さんのほうが釣れてしまいそうだ。
結局なんの参考にもならないと分かり、普通に声をかけることにした。
「一ノ宮くん」
適切な距離を保ったまま声をかけると、長い睫毛に縁取られた目蓋がゆっくり開く。
やっぱり寝起きはいいらしい。
一ノ宮くんはそのままぱちぱちと瞬きを繰り返し、頭をこてんとこっちに向けた。
「……玄瀬?」
「おはよ?」
「――――今何時だっ!?」
ぼんやりしていた目が瞬時に開き、寝起きとは思えない俊敏さでガバっと飛び起きる。
寝起きがいいにもほどがある……というよりは、動揺してるのかな。
あんまりにも焦っているみたいだから、なんだか悪いことをしちゃった気分だ。
「お昼すぎかな」
「……悪い、完全に寝過ごした」
枕元に置かれたスマホを掴んだ一ノ宮くんは、画面を見てから大きな手の平で顔を覆う。
そんなに落ち込まなくてもいいんだけど……。
なんなら、レアな寝起きを見られて得した気分なんだから。
「聡司さんが入れてくれたから平気だよ」
そう慰めてみると、一ノ宮くんは開けっ放しの扉に向かって声を張った。
「兄貴、朝から出勤じゃなかったのか?」
「午後イチに変更になったんだよー。
そのおかげで朋乃ちゃんを待ちぼうけさせずに済んだんだから、言うことあるんじゃないかい?」
「ありがとう、助かった」
廊下からの返事に素直にお礼を言う一ノ宮くん。
ご両親が不在というこの家では、聡司さんがお母さん的存在なのかもしれない。
支度をするという一ノ宮くんを残してリビングに行くと、鞄を手にした聡司さんが玄関へと向かう。
「朋乃ちゃん。僕、夕方過ぎには帰ってくるから夕飯一緒に食べようね!」
そんな一方的な約束を取り付けつつ、靴を履いた聡司さんがくるりとこっちへ振り返る。
何かを期待しているような視線を向けられてるんだけど……。
歯ブラシを片手に洗面所から顔を出した一ノ宮くんは、呆れたようなため息をついた。
「早く行かないと遅刻するだろう?」
「せっかく我が家に妹がいるんだから、愛のこもったいってらっしゃいが欲しい!」
「え、はぁ……いってらっしゃい?」
「いってきますっ!! あ、京伍。ちゃんと朝ごはん食べるんだよ!」
私の投げやりな見送りに大変満足していただけたようで、聡司さんは今度は本当にスキップしながら出勤していった。
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