08.同志のどうにもできない誘い
気がつけば五月に入り、大型連休を満喫してからの登校は苦難を伴った。
高校三年生ともなれば親とお出かけなんてほとんどしないし、一応受験生だからそこまで遠出もしない。
だから久美と絢ちゃんとちょこっと遊びに行った以外は、ずっと家に引きこもっていた。
うん……動画配信サイトって時間泥棒だと思うんだ。一度アニメを見始めるとすべて終わるまでノンストップなんだから。
これで終わりにしようって思っても、勝手に始まっちゃったら止めることなく観てしまう。
目がしぱしぱするくらいアニメを堪能していたら、気付けば連休最終日の深夜だった。恐ろしい。
満員電車に揺られながら目を休め、よろよろとたどり着いた自分の席に思いっきり体を預けた。
「朋乃ー、大丈夫?」
「駄目かもしれない……」
自業自得ではあるんだけど辛いものは辛い。
時間割を確認すると苦手科目のオンパレードで、今日は地獄の一日になりそうだ。
絶望に打ちひしがれて再び机に突っ伏すと、予鈴と共にいつもの姿が現れた。
「よっす。今日も安定のギリギリだな」
「安定だからいいだろう」
登校した一ノ宮くんが一番に会話を交わすのは、サッカー部の堺くんだ。
二人は一年のときから同じクラスらしく、親友というか悪友というか、とりあえず仲がいいらしい。
そんな、私にとってまったく必要がないであろう情報は、クラスの女子からもたらされたものだ。
先月二人で呼び出しを食らったのを機に、私は一ノ宮くんの保護者といういらない称号を授かってしまった。
これだったら女子の嫉妬のほうがよかったんじゃないかな……。クラスメイトの温かすぎる応援にため息しか出ない。
「おはよう、玄瀬。どうかしたか?」
「おはよ。ちょっと、ね……」
毎朝話しかけられるのは標準になっているから、もはやざわめくクラスメイトも居ない。
だから会話することは問題ないんだけど、人の多い教室内で話すことじゃないからとりあえず濁しておく。
うぅ……眠い。目が痛い。でも良作ばかりだった……。見るばっかりだったから今日は帰ってからお絵かきしよう。
目をつぶってそんなことを考えていたら、なぜか耳の近くがほんのり温かくなった。
「何かいいのでも見つけたか?」
「うひゃいっ!?」
突如耳に響いた声と温かさに思わず顔をあげると、すぐ目の前に一ノ宮くんが居た。
待って待って待って、近い! わざわざ腰をかがめて内緒話をしてきたらしく、ありえないくらい距離が近かった。
びっくりと恥ずかしさで体温が急上昇しているのが分かるけど、一ノ宮くんはいつもと変わらず平然としたものだ。
普通、この歳になって男子と内緒話なんてすることはない。なのにこの小学生め……!
「い、一ノ宮くん? 近くないかな?」
「お前が聞かれたくないと思って近づいたんだが、違ったか?」
いや、違ってないけども……。
それとこれとは話が別だと言いたいけど、それが通じる相手ではない。
それが分かっているから再び机に突っ伏し、ぽそりと一言だけ伝える。
「一昔前にやってたのが個人的にくる」
「分かるぞ。俺も連休中は毎日最低二クールをノルマにしていた」
それはやりすぎだよ受験生……。
そして本鈴よりも前にやってきた先生は、私と一ノ宮くんを目にしてニヤリと笑ってサムズアップしてきた。
なんだろう……この、外堀を埋められてる感覚。何に対して埋められているか微妙だけど。
寝不足だけじゃない倦怠感に襲われながら授業を受けると、どの時間でもテストのことばかり言われてますますげんなりしてしまった。
放課後。普段はたまにしか持ち帰らない教科書を鞄に詰め込んでいると、軽そうな鞄を背負った一ノ宮くんが現れた。
現れた! って言うとモンスターみたいだけど、私にとって教室内ではもはやそんな存在だ。
イベント会場だと頼りがいがあって大人に見えたんだけどな……。
あの時は私がいっぱいいっぱいだったからってだけだったのかもしれない。
「玄瀬、帰りにどっか寄らないか? いいアニメを見つけたんだ、ぜひ紹介したい」
「うー……ごめん、さすがに勉強しなきゃ。あんだけテストって言われちゃったし」
三年生の一学期のテストは受験において大事なもののはずだ。
元から追いつくのに必死な私はサボってる暇なんてない。
……サボるつもりはないけど遊んじゃうことはあるけど。
だけどしばらくはそれもしっかり押さえ込んで、きちんと勉強しないと!
「良作だぞ? 俺らがこっちに脚を踏み込む前の作品だぞ? 長く重厚なストーリーだった」
「昔のアニメは四クールが当たり前なんだから時間泥棒にもほどがあるっての!」
「時間は作るものだ。主に睡眠時間を削る」
「私は一ノ宮くんと違って成績際どいんだって……」
学年一位に言ったところで分かってくれるとは思えないけど。
こんなに好きに遊んでる一ノ宮くんはどうして頭がいいんだろう? やっぱり基本スペックが違うのかな。
悲しみで頭を抱えたくなったけど、正面で残念そうな顔をする一ノ宮くんを見てしまって心苦しくなってきた。
そもそも連休中に散々アニメを見ていたんだから、強く断るのも可哀想な気がしてくる。
いやでも、勉強大事だよね……。
「じゃあ漫画はどうだ。それなら時間調整しやすいだろう」
「まぁ、アニメよりかは……」
むしろ休憩がてら読んでしまうことが多い。最近は自分の部屋の漫画も読み飽きちゃったから、ネット巡回がメインだったけど。
そう答えると、一ノ宮くんは残念そうな表情をすぐに引っ込め、ニッと笑ってくれた。
本当に、喜怒哀楽が分かりやすい人だな。
「よし! じゃあ明日お薦めを持ってこよう。苦手なジャンルはあるか? 地雷は避けよう」
「特にないかな。普段は週刊誌系とか少女漫画とか読むけど、新規開拓でも大丈夫だよ」
男子が読むようなものなら地雷はない。女子が嗜むものはそれ相応に棲み分けが必要になるけども。
それに、一ノ宮くんがどんなチョイスをするかちょっと楽しみだな。
重たくなった鞄を背負って下駄箱に向かうと、駅まで送ろうかと言われて全力でお断りしておいた。
先月の絶叫コースターは忘れない。一ノ宮くんとの二人乗りは危険だ。
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