11.気の進まない学校行事

 紆余曲折あったものの、怒涛の詰め込み学習によりどうにかテストをクリアした後。

 ようやくのんびりできると思っていたら、すっかり忘れていたイベントが告知された。

 夏も近づくこの季節に行われる、体育祭だ。

 進学に重きをおいている高校のくせに、こうしたイベントは欠かすことがない。

 一年生のうちは素直に楽しんでいたけど、三年生にもなるともはやマンネリ気味だ。

 例年、個人競技は別として、ほとんどの団体戦は三年生が優勝するという経歴から、あまり頑張らなくてもいいということも分かっている。

 先輩相手に尻込みしてしまうのは仕方のないことだ。

 だからホームルームで種目決めをしている時だって、人によっては勉強していたり遊んでいたりする。

 すると半ば諦めたような表情で見ていた先生が、パンパンと手をうった。


「はい聞けー。今年は一人二種目がノルマだからなー。

 去年と違って枠も決まってるから、さっさと決めないと面倒な種目に回されるぞー」


 その言葉に一瞬静まり返り、すぐさまブーイングが沸き起こった。というか私も思いっきり声を上げてしまった。

 去年まではノルマは一つだったし、人数制限なんてなかった。

 確かに個人種目は出る人が少なかったかもしれないけど、一応成り立っていたと思うんだけど……。


「そうでもしないと種目によっては運動部の連中しか出なくなるからなー。盛り上がりにかけるし学校行事にならんだろ」


 先生の言葉は苦しいながら頷くしかない。

 一つの種目の参加者が少ないから、ただただ外で座ってぼーっとする時間が多かったからだ。

 ということは、早急に参加種目を決めて立候補しなきゃ危ない。

 黒板に書かれている種目は徒競走、障害物走、借り物競争、二人三脚、綱引き、騎馬戦。

 無難といえば無難なラインナップだけど、参加するとなると別だ。

 運動できない系女子の私がどうにか参加できそうなものはどれになるか。考えている間に徒競走から立候補が始まる。


「徒競走の人ー?」


 体育祭実行委員の言葉に、運動部がちらほらと手を挙げる。

 そんな中、一際ぴしっと上がった腕があった。何を隠そう、帰宅部の一ノ宮くんだ。

 確かにスポーツ万能だから問題ないんだろう。徒競走は一番最初にやるし走るのは一瞬という、考えてみれば手軽な種目だ。

 次に聞かれたのは障害物走。これには運動部じゃない人たちも手を上げ始める。

 障害物といってもハードルをくぐるとかフラフープで縄跳びをするとか、そこまで無理なものじゃなかったからだ。

 私も手を上げておくと、やっぱり視界の隅でぴしっと上がった腕が見える。一ノ宮くん、早々に決めるつもりか?

 残念なことに人数が多くなってしまい、じゃんけんになって私は負けてしまった。

 うーん、次! 次に勝とう!


「借り物競走の人ー?」


 よし、ここだ! 勢いよく手を上げ、並み居るライバルと死闘(じゃんけん)を繰り広げた末に参加権を勝ち取った。

 そして当たり前のように参加していた一ノ宮くんは一体何がしたいんだろうか……。

 先生もそれに気づいたらしく、最終決戦に挑もうとしていた一ノ宮くんに声をかけた。


「おい、一ノ宮。お前はもう二種目決まってるだろうが」


「二年連続で全種目出場してるんです。今年もやります」


「そういやそうだったな……。せめて第一希望の生徒を優先しろ」


「今年になっていきなり変えたのは学校側ですよ? 生徒の自主性を尊重してください」


「あー、分かった分かった。全部決めてから他のクラスと相談してやるから」


 渋々了承した先生を見て、一ノ宮くんも渋々席に戻った。うん……先生、大変だな。

 その後もじゃんけんは繰り返され、私は結局借り物競争と二人三脚の二種目に出ることになった。

 二人三脚って男女ペアだからちょっと嫌だったんだけどな……。綱引きで負けたのが痛かった。

 後日、先生から一ノ宮くんに伝えられたのは、六種目中五種目の出場権だった。


「一ノ宮、そうしょげるなよ。十分だっての!」


「校長に直談判してくる」


 堺くんの励ましに対して腰を上げた一ノ宮くんは、先生に全力で止められていた。

 

 体育祭の前日。午後のホームルームで配られたのは真っ赤な鉢巻だった。

 チームカラーは赤白黄色と青の四色。

 それにあった応援でもすれば気分は変わるんだろうけど、あいにくこの学校ではそういった風習はない。

 せっかくの学ランなんだから応援合戦でもすればいいのに。

 一ノ宮くんも似たようなことを考えているのか、つまらなそうな顔で黒板を見ていた。


「あとはプログラム見て動き確認しておけー。先生は採点があるから職員室に居るぞ」


 そんな無責任な発言と共に先生が出て行き、教室内は一気にだらけた空気になった。

 人によっては教科書を開き、そうじゃない人はお喋りをしている。

 私も予習復習をしておくべきか、はたまた明日の本番に備えて仮眠をとっておくべきか……。

 そんなことを考えていたら、視界の端に居た一ノ宮くんがそそくさとロッカーから大きな袋を取り出した。


「一ノ宮くん、どうしたの?」


 さっきのふてくされた雰囲気から一転したのが気になり声をかけてみると、一ノ宮くんはニッと笑ってこっちを向いた。

 あぁ……これは何かやるつもりだな。


「応援に使えそうなものを持ってきた」


 その中にはごちゃごちゃと物が入っているようで、見覚えのあるものがちらほらと見えるのは気のせい……?


「やっぱり盛り上げと言ったらこれだと思うんだが」


「違う! 一ノ宮くん、ステイ!」


 光る棒は体育祭の応援には使えませんっ!

 慌てて袋に押し込み、一緒に一ノ宮くんの席へと行くことになってしまった。

 袋からは様々な雑貨が出るわ出るわ。一ノ宮くんの鞄はどれも四次元を形成するらしい。

 その中から普通に使えそうなものを選び、机の上へと並べていく。


「これ、なんだっけ。ポンポン作るやつだよね?」


「スズランテープだ。よし、作ってみるか」


 二人でずっしりとした赤いスズランテープを引き出し、くるくると輪っかを作っていく。

 む、一ノ宮くんのほうがボリューミーだ。いいなぁ。

 真ん中を結んで両脇をハサミで切り、繊維に沿って裂いていく。

 これをどれだけ細かくやるか、小さい頃にはこだわってたなぁ。

 今はほどほどの細さにしておき、まずは完成を目指す。


「よし、できた!」


 さくさくと進めていた一ノ宮くんの手には、きれいなまんまるのポンポンが出来上がっていた。

 どうにかできた私の分を手渡してみると、サイズの違いが著しい。なんか悔しいな。


「あ、なにやってんのー?」


「応援のやつ? かわいい!」


 お喋りをしていたクラスメイトがこちらに気付き、意識がわっと集中する。

 私は驚いてしゃがんじゃったけど、一ノ宮くんは気にしたふうでもなくポンポンを揺らしている。


「やはりこういうのは数があったほうがいいな。堺、備品どこにあるか知ってるか?」


「備品倉庫。けどそのテープはねーぞ」


「ふむ……放課後手分けして買いに行くか」


 そう言うと、一ノ宮くんは近くにいる男子と段取りの相談をし、あっという間に役割分担が決まっていた。

 その上、女子も何人かが制作に残ることになったらしい。

 さっきまでのつまらなそうで無関心な雰囲気は消え去り、勉強をしていたはずの人もそわそわと視線を送っていた。

 こういう……一ノ宮くんの人を惹きつけるところは、素直にすごいと思う。

 だけどそれに私も参加するかというとそれは別の話で……。


「玄瀬、チアリーディングはできるか?」


「できるわけないよ!」


 ポンポンをしゃんしゃん鳴らしながら踊る一ノ宮くんには、絶対についていくことはできないだろう。

 その後、いたるところから買い集めたスズランテープと格闘し、もはや色分けなど関係なしにポンポンが大量生産された。

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