21.魅惑の制服チェンジ
翌日。
さすがに家で何もしないわけにはいかず、ちょっと遅くまで勉強したからお疲れモードだ。
だけど文化祭直前はほとんどの授業がなくなり、各自準備をしていいことになっている。
とはいえ、三年生は展示だけだから大抵の人は勉強時間に当てているらしい。
何もなければ私もそうしていただろうけど、さすがにそんな気は起きない。
「看板についてだが、サンプルを考えてみた。気づいたことがあったらなんでも言ってほしい」
作業が始まるなり、一ノ宮くんはコピー用紙を机に置き、みんなに見えるようにした。
それは昨日、裏紙に描いていたものと同じ内容で、もっと具体的な内容になっているらしい。
「いーんじゃね? やっぱ文字はでっかくいきたいよな!」
「装飾班の飾り付けに寄せるの? じゃあ呼んでくるね」
「あ、やっぱりイラスト入れるの? なにこれ?」
それぞれ好意的な感想を言うなか、一人の指摘に一ノ宮くんは別のコピー用紙を取り出した。
そこには私としては個人的に見慣れた、そして誰もが見たことがあるようなテイストのイラストが印刷されていた。
「展示写真をドット化してみた。これなら絵心ではなくなるだろう?」
昔のゲームでは定番の、デフォルメされたドット絵。
少し複雑ではあるけど、きちんと色を指定された四角を塗りつぶすだけというお手軽さなら誰にでもできるはずだ。
これには看板班の人も安心したらしく、率先して作業に立候補する人が出てきた。
さすが一ノ宮くん。みんなのやる気を削がずに目的を達成するというのはなかなかできることじゃない。
さっそくそれぞれ作業を始めると、一ノ宮くんはすすっと私の前に寄ってきた。
「玄瀬、ちょっと確認したいことがあるんだが」
「うん? 私で分かることなら」
そんな一ノ宮くんの確認事項は、細かくてどうしてもうまくドット化できなかった服についてだった。
写真と見比べてみるとなんだか……うん、色合いが変なのかな?
それにこれ以上簡略化するとなると、どこまでやったら原形を留めるかがわからなくなりそうだ。
「あ、久美ー、ちょっといい?」
久美は資料班だったはずだから、こういうのは当人に聞いたほうが確実だ。
それに久美はおしゃれさんだから、きっと判断もしてくれそうだし。
「はいはーい、どしたの?」
「あぁ、蓮見。看板なんだがな」
「あ、いーじゃんこれー」
一ノ宮くんの疑問は久美が聞いてくれるらしく、二人での話し合いを邪魔するわけにもいかないから別の作業をすることにした。
うーん、文字のフォント、でっかいなぁ。巨匠の筆文字って感じで迫力がある。
それをカッターでちまちま切り抜いて型紙を作っている間にも、一ノ宮くんはいろいろな人と話して回っていた。
最近身近すぎて忘れてたけど、一ノ宮くんは頭脳明晰、容姿端麗、スポーツ万能。
そしてものすごいリーダー性のあるすごい人だったんだよね。
そんな人とオタ友っていうのは、よく考えれば不思議な事かもしれない。
でも……オタ友はオタ友だ。この事実は覆らない。
だからそんな不思議な出会いに感謝しながら、最高の看板ができるように作業に集中することにした。
一日がかりで取り組んだ看板は、いろいろトラブルはあったもののあとはペンキを乾かすだけになった。
いやはや、いくら三年生とはいえ体操服を都市迷彩にする訳にはいかないよね。
かろうじて存在していた美術部にエプロンを借りれなかったら、被害者は甚大な数になっていただろう。
教室の端に移動してから簡易バリケードを作り、ようやくみんなの装備が解かれた。
もう放課後になり、塾の人は申し訳無さそうな顔をして帰っていった。
いや、仕方ないって。今日は結構な人数が残っているけど、私も塾があったら帰ってるし。
「よし、あとはエドゥアールさんとクロードさんだな」
それぞれの班が仕上げの作業をしているなか、一ノ宮くんは意気揚々とロッカーから冬服を取り出した。
黒い学ランに青いライン。たったそれだけなのに無性に洗練されているように見えるのはなぜだろう?
そしてそれだけなんだから夏服にも入れてほしかった……!
モデルであるエドゥアールさんとクロードさんを並べ、一ノ宮くんはまじまじとその姿を眺めた。
「クロードが女なのか……」
名前とは裏腹に、どちらかというと男性名だと思いがちなクロードさんのほうが女性だった。
なので一ノ宮くんはエドゥアールさん……長いな、エドさんに制服を着せ始めた。
自分で動いてくれないマネキンに着せるのは大変そうだけど、それよりなにより気づくことがあった。
「あのー、一ノ宮くん? どうして制服がそんなに傷んでるのかな?」
広げた背中には何かで引っ掻いたような筋が入っていて、袖口は明らかに擦り切れている。
そしていろいろな場所にあるボタンのいくつかは取れかかっていた。
「ん? ああ、衣替え前にサバイバルゲームを開催してな。木登りしたら引っ掛けたんだ」
「受験に着ていくものなんだから大事にしてっ!」
「一応予備はあるぞ。こっちは普段遣い用だ」
制服にそんな区分は設けていません……。
思えば一ノ宮くんは制服のまま容赦なく遊び回るから、痛んで当たり前だろう。
さすがにこれをエドさんに着せるのはどうなんだろう?
私、裁縫得意じゃないしなぁ……。
「あ、なんか家庭科の先生が男女の制服貸してくれるって言ってたよー?」
どうしたものかと考えていると、装飾を終えた斉木さんがそんな新事実を教えてくれた。
よかった! それを聞いた一ノ宮くんもすぐに着せるのを諦めたらしい。
「先生もそういうことは借りた時に言ってほしいな。女子に持ってこさせるのもなんだし、ありがたくお借りしよう」
「おっけー、もってくるわー」
ついでに買い出ししてくると言って結構な人数が外へ向かってしまった。
とはいえ、やることももうほとんどないし、今日の作業は終わってもいいのかもしれない。
「ふむ……無駄になったな」
一ノ宮くんは脱がせた制服を適当に放るから、慌ててキャッチした。
どこにペンキが残ってるか分からないのに危ないことしないで!
制服についたりなんかしたらもう致命的だろう。
「投げないの!」
「ああ、そうだ玄瀬。着てみるか?」
「え……いいの?」
「このままじゃ持ってき損だからな。ちょっとしたコスプレ気分だ。それ、好きなんだろう?」
女子の制服はもちろんだけど、男子の制服だって大好きだ。
どちらかというとコミュ障気味な性格のせいか、今まで男子の制服を手にとることはなかった。
だけど今この手に、それも格好いい冬服があるんだ……!
「ほ、本当にいいの?」
「もちろん。面白そうだし見せてくれ」
「絶対似合わないからね?」
「男女差があるんだから仕方がないだろう。似合う似合わないより、着たいかどうかじゃないか?」
言われてみればそれもそうだ。
持ち主の許可があって、私は着てみたいと思ってる。つまり、それで問題なしだ。
「やったぁ! 着替えてくる!」
人がいないのを幸いに、体育の時に更衣室代わりにしている空き教室へ駆け込み、さっさと制服を脱ぎ始める。
えっと、どこまで脱ぐ? セーラーは脱がないと入らないよね。肌着着てるからいいかなぁ?
ひとまず悩むことのないズボンを穿くと、恨めしいことにちょっとゆるいだけだった。
なのに裾はずるりと引きずっている。かといって裾を折りたたむとせっかくの青いラインが見えなくなっちゃう……。
とりあえず上の学ランも着てみると、こっちもこっちでぶっかぶかだ。
思えば一ノ宮くんは背が高いんだった。平均より少し低い私にピッタリ合うはずもない。
「うーん……」
つまり、残念クオリティ。まるで子供がお兄ちゃんの制服を内緒で借りているみたいな格好だ。
これを見せるのはものすごく気がひけるけど……見せてくれって言われてるしなぁ。
似合わないのは分かってたし、情けない気分でズボンの裾を持ち上げて教室へ戻ることにした。
「一ノ宮くんー……」
入ってすぐにいた一ノ宮くんに声をかけたものの、情けない声しか出てこなかった。
「せっかくの制服なのに……似合わない自分が辛いー……」
ひきずって汚さないよう作業をしていなかった教壇の上にしゃがみこむと、一ノ宮くんが目の前に座ってきた。
くそぅ……脚長いんだな一ノ宮くん!
「逆に似合ってたら驚きだ。でも、悪くないぞ?」
「お世辞をありがとう。やっぱりこういうのは見るに限るね……」
制服も、コスプレも。
そう思って言ったけど、一ノ宮くんはちょっと不服そうな顔をしていた。
「見るのもいいが着るのもいいと思うぞ? あぁ、じゃあちょっと女子の制服貸してくれないか」
「いいけど」
どうするの? って思ってたら、一ノ宮くんはおもむろに真っ白なワイシャツのボタンを開けていた。
下にシャツを着ていたから突然のドッキリ展開にはならなかったけど、いきなりそういうことするのは心臓に悪いからやめてほしい。
「き、着るの?」
「ああ。すまん、きついから直に着てもいいか?」
「え? うん……?」
私がうなずいた途端、一ノ宮くんはためらいなくシャツをばさっと脱ぎ捨てた。
いやいやいやいや、待って待って待って待って!!
「い、い、いい、一ノ宮くんっ!?」
いきなり半裸は駄目でしょ!!
なのに一ノ宮くんはきょとんとした顔で動きを止め、こっちをじっと見てきた。
何がどうして放課後の教室でクラスメイトの半裸を見てるの私!?
自分の顔がありえないほど赤くなっているのが見なくても分かるくらいだ。
なのに、見ちゃ駄目だって思ってるのに、蛇に睨まれた蛙のように動けない。
いや、そんなプレッシャーがあるわけじゃないんだけど!
「どうかしたか?」
「うひゃいっ!?」
ち、近づかないでっ! ちょっといろいろあれがそんな感じでやばいからっ!
「玄瀬、顔赤いぞ? 熱でもあるのか?」
「だ、だだだ、大丈夫だから! ち、近いからっ!」
心配そうに覗き込まれると更に距離が縮まってしまう。
あーもう、分かってはいたけどきれい身体してるなもうっ!
目を離せず、かといって距離を取ることもできず。
ついに一ノ宮くんの手が私の顔に触れる寸前、閉まっていた扉が開いて賑やかな声が響いてきた。
「たっだいまー……って、一ノ宮、玄瀬ちゃんに何してんのよ!」
「あぁ、斉木か。何って、顔が赤いから熱を測ろうと」
「半裸で迫るからでしょこの馬鹿!」
そう言って斉木さんはずかずかとこっちに歩いてきて、私の身体を抱えて引き離してくれた。
「さ……斉木さんーっ!」
「あーあー涙目じゃん。おーよしよし玄瀬ちゃん、怖かったねー」
「ひどくないか?」
むすーっとした一ノ宮くんのことは置いておいて。
わいわいがやがやとした空気のなか、一ノ宮くんが見えないように手で視界を遮ることにした。
「あれ、玄瀬ちゃん男子の制服きてんの?」
「あ……えっと、その……」
よく考えてみれば何をしているんだろう、私……。突然の制服展開に我を忘れてしまったらしい。
というか、オタバレ怖いとかそういう問題じゃなくなってる気がする!
どう誤魔化そうかと焦っていると、斉木さんは一ノ宮くんの姿と私を見比べてくすっと笑った。
「あー、交換ねー楽しいよね。一ノ宮ぁ、さっさと着替えてよ。痩せててムカつくさっさと隠せ」
そんな理不尽な言葉に促されたかはさておき、一ノ宮くんは手早く着替えてくれたらしい。
さすがにお着替えシーンは見れなかったけど。
「ふむ……きついな」
そう言って私の前に立ったのは、悲しいことに逞しさすら感じる一ノ宮くんだった。
私にとっては膝丈のスカートはミニスカートになり、セーラーは肩がすごく苦しそうだ。
つまり……。
「……似合わないね?」
「こればかりは仕方がないな」
教室に戻ってきたクラスメイトも口々に似合わないという感想を返すものの、一ノ宮くんは気にしていないらしい。
確かにそうだよね。制服だもん、似合わなくても不思議じゃない。
私は男子の冬服を着れて出来はともあれ大満足だし、これはこれでいいんだろう。
「玄瀬ちゃん、写真とったげよーか?」
「ああ、俺も一緒に撮ってくれ」
「あんたには聞いてないわ。まぁいいけどさ」
そんな斉木さんの提案により、教壇に座ったままの私の横に一ノ宮くんがしゃがみこんだ。
やっぱりぴったり距離が近いけど、もうこれは一ノ宮くんのデフォルトなんだろう。
さっきの半裸で迫られたことを思えばこれくらい……恥ずかしいけどまだ大丈夫だ。
「ねー、スカートでしゃがまないでくれない? めっちゃパンツ見えてる。撮ったけど」
「む、どうすればいいんだ?」
「普通に座ればいいんじゃないかな?」
男子のパンチラとか収めないでいいんだけど。
せめて普通の写真も残そうと思い、素直に隣に座ってもらった。
「はーい、撮るよー」
曖昧な声がけと共に撮られた写真は、イベントでのコスプレ写真とはぜんぜん違うのに、やっぱり嬉しいものだった。
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