20.放課後お絵かきタイム

 そして、その日の放課後。いくら活気を取り戻したとはいえ、受験生は受験生。

 放課後なんて存在しない塾通いは、後ろ髪ひかれながらも帰っていってしまった。

 私は幸い今日は塾のない日だったから、ひとまず一人でベニヤ板を前に腕を組んでいる。

 外部のお客さんがくるんだから見栄えは大事。そして中学生は学校見学も含んでいるから真面目さも必要。

 二律背反な制限をクリアするのはどんな装飾になるんだろう?

 そしてなによりの問題は……みんながみんな、考えるのは協力できるけど絵心には自信がないという申告だった。

 そりゃ、私得意です! なんてなかなか言えないのは分かるけど、一人くらいいてほしかったな……。

 文字は印刷して切り抜いたものを型紙に使うとして、その他はフリーハンドになるだろう。

 そうすると、責任重大なその役割を担う人はなかなか出ないわけで……。

 とはいえ、私だって何もせずに役割から逃げるようなことはしたくない。

 だって……一ノ宮くんのおかげで、せっかくみんなやる気が出たんだから。


「うーん……」


「玄瀬、どうした?」


「うひゃいっ!?」 


 深々と考えていたところ真横から声が聞こえてきたら、驚くのも無理はないだろう。

 それも真横も真横、すぐ間近だ。そして私をそう呼びつつそんなことをするのは一人しかいない。


「一ノ宮くん、びっくりさせないでよ……?」


 距離を取りながら横を向くと、そこには一ノ宮くんと……二つの人影があった。

 いや、これを人影と言っていいかはわからないけども。


「あの……何、それ?」


「ん? マネキンのエドゥアールさんとクロードさんだ」


「誰それ!?」


 一ノ宮くんが両脇に抱えているのは、頭からつま先まで布で覆われた全身のマネキンだった。

 謎の名前は歴代の先輩方が命名していったらしく、それは脈々と語り継がれているらしい。

 由来は画家のマネとモネだとか。マネさんはまだしもモネさんはマネキンに関係ないと思う。


「入り口に二人揃って置こうかと思ってな。わかりやすいだろう?」


「狛犬みたいだね」


 ただ、目立つは目立つだろう。

 先生にも実行委員にも許可はとってあるとのことだから、お二人にはぜひ活躍してもらいたい。


「そうなると何を着せるかが問題だな。なんならスタッフ仲間に衣装提供を……」


「それはやめよう!」


「やっぱり駄目か? 先生にも着せるものは考えろと言われたんだ。

 でもな、他の学年ではコスプレ喫茶なんて出し物があったぞ」


「それはちょっと気になるけど!」


 いくらジャンルは服飾とはいえ、ピンポイントすぎる!

 さすがの一ノ宮くんも本気ではなかったらしく、すぐにその考えは取り下げてくれた。


「展示資料のサンプルを読んだが、どうやらメインは現代の服飾みたいだな」


 そんなことを言いながら、一ノ宮くんは自分の机の中から分厚いコピー用紙を取り出した。

 机に置いてパラパラとめくりながら、要所要所で私に内容を見せてくれる。

 写真が多くて、文章を読まずとも目で見て楽しめるのはありがたい。

 文字でびっしりの展示は申し訳ないけど見る気が削がれちゃうから。


「あ……ちょっと止めて」


「む、どうした?」


 思わず手を伸ばしてしまった場所には、私達が着ている制服の写真があった。

 そしてその前のページには過去の制服写真が貼られていて、そっちもつい見入ってしまった。


「うわー、前はこういうのだったんだ! こっちもクラシカルでいいけどやっぱり今のほうが可愛いかなぁ」


「玄瀬は制服、好きなのか?」


「うん! これが着たくてこの高校に来たくらいだし」


 その他の理由もなくはないけど、一番の理由は制服だ。

 特に制服フェチというつもりではないけど、可愛いのが好きなのは人として当然のことだと思いたい。


「そんなにか? あまり違いはないと思うがな」


「男子の夏服はそうだよね。でもさ、女子は夏も冬も可愛いよ。あ、男子も冬は格好いいし!」


 つまり、文化祭当日に着るであろう男子の夏服だけが残念なんだ。

 他の高校と、ともすれば中学生とも同じような学生服はもったいなくてたまらない。

 絶対冬服のほうが見栄えがいいのに。


「じゃあ、エドゥアールさんに着せてみるか? クロードさんでもいいが」


「え、いいの?」


「もちろんだ。明日持ってくる。制服なら先生たちも文句は言わないだろう」


 クラスメイトに相談は必要だけど、テーマにもあってるしそこまで問題はないと思う。

 そうとなったら昔の制服もみたいところだけど、さすがにマネキンを二人追加は難しいだろうし……。

 写真によるとほんとにスタンダードなセーラー服で、男子も典型的な学ラン。

 だけど今の制服とは細かいところが違っていて、色もちょっと違うらしい。

 写真を見ながら手近な裏紙にちょいちょいと描いてみると、一ノ宮くんも触発されたらしい。

 一つの机に向かい合って座り、それぞれ好き好きに落書きをすることになった。

 あー、楽しいなぁ……。可愛い制服なんだから可愛いキャラクターに着せたい。

 いや、マネキンのお二人を否定しているわけじゃないけど。


「看板に描いてみるか?」


「え? いやいや、オタバレしたらどうすんの」


「装飾班と飾りはするが、やっぱり面積が広いから埋まりそうにないぞ」


「う……でもほら、なかなか勇気がいるよね……」


 そんな言い合いをしながらも手は動き、文学少女風制服少女が描き上がった。

 うん、やっぱりセーラー服には黒髪ロングが似合うよね。

 ギャップ萌えでショートも有りだけど。


「玄瀬、こういうのはどうだ?」


 そう言って差し出してきたのは、イラストと文章が書き込まれた看板の素案だった。

 リーダーを請け負ったからか、それとも全力で挑もうとしているからか。

 一ノ宮くんはきちんと自分の仕事を続けていたらしい。


「普通に落書きしてましたごめんなさい……」


「いや、お前のイラストを見るのは初めてだから楽しいぞ」


 一ノ宮くんは机に頬杖をつくと、くるくると謎の模様を描いていた私の手先をじっと見てきた。

 そっか……そういえばそうだ。

 私は自分が描いたものをどこかで公開しているわけじゃないし、描くのはたいてい自分の部屋でだった。

 思わず自然に描いちゃってたけど、考えてみたら結構危険な行為だったんじゃ……。


「だ、誰もいない? 見てない!?」


「俺しか見てないから大丈夫だ」


「よ、よかったぁ……」


 慌てて見回した教室内には誰もいなくて、気づけば外は暗くなり始めていた。

 日が暮れるのも早くなったなぁ……。塾帰りはいつも夜だから分からなかった。


「玄瀬、それもらっていいか?」


 そう言って、一ノ宮くんは私の手元にとんと指先を置いた。

 それって……この、イラスト?


「ただの落書きだよ? 裏紙だし」


「ただのじゃなくて玄瀬の落書きだからな。もらえるなら欲しい」


 そこまで言われると、なんだかちょっと恥ずかしい。

 どうせ持って帰ってなくすくらいなら、欲しいって言ってくれる人にあげたほうがいいのかもしれない。

 だったらもっとちゃんと描けばよかったかな……。


「えーっと……非公開でお願いします」


「部屋のイラスト置き場にしまっておくから安心してくれ」


 そう言うと、一ノ宮くんは目を少し細めた優しい顔をして私の落書きをしまいこんだ。

 薄暗い中で見ても、やっぱり容姿端麗。手にしたものはあれだけど。

 結局、看板の素案は出来上がったものの勝手に進めるわけにはいかず。

 ベニヤ板を眺めながらあーだこーだと話をしていたら、気づけば完全下校の放送が流れてきた。


「おーい、お前らまだ残ってたのか? さっさと帰れー」


 放送が終わると同時に教室に入ってきたのは担任の先生だった。

 なんでも、この時期は遅くまで残る生徒が増えるから見回りをするらしい。

 廊下の方からどたばたとした足音が聞こえてきて、追い立て役の先生も大変そうだ。


「よし、じゃあ帰るか。もう遅いし駅まで後に乗って……」


「だが断る!」


 一ノ宮くんの提案にかぶせるように即断で拒否させていただいた。

 あの絶叫コースターは生涯ご遠慮願いたいからだ。


「おい、一ノ宮。ニケツは隠れてやれって言ってんだろうが。教師の前で提案するな」


「先生の目がないところで乗ります」


「そういう問題じゃないからな? 先生ももう帰るから、玄瀬は車で送ってやるよ」


「え、いいんですか?」


「駅までな」


 駅まででも十分ありがたい。遅い時間に一人でてくてく駅まで歩くのって、結構寂しいから。

 先生の気が変わらないうちにとすぐに荷物をまとめていると、一ノ宮くんはなんだかつまらなそうな顔で先生に言い寄った。


「ずるくないですか?」


「一ノ宮くんの家、逆方向だよ? それに自転車を積む訳にはいかないって」


 正直、自転車での帰路より早く帰れることはないだろう。

 なのにどうしてか一ノ宮くんはむすーっとしたままだ。やっぱり喜怒哀楽がわかりやすい。


「……ほーう?」


 そんな一ノ宮くんに対し、先生はなんだか感心してるような、面白がっているような声を出す。

 そして一ノ宮くんの背中をバシバシと叩いたかと思ったら、肩に手をおいてニヤリと笑った。


「わーったわーった、今度一回見逃してやるから。今日は素直に帰れ、な?」


「約束ですよ?」


 見逃すってあれかな、生徒指導室での対談かな。

 それがいいか悪いかは判断できないけど、先生と一ノ宮くんの謎の交渉は成立したらしい。

 先生は一度職員室に戻るから駐車場で待ちあわせることになり、遅れないよう下駄箱へと向かう。

 私がもぞもぞと履き替えていると、一ノ宮くんは一目散に駐輪場へ走っていってしまった。

 いや、別にいいんだけど……なんだかちょっと寂しいな。

 帰りの挨拶くらいするべきなんじゃないかなぁなんてもやもやを感じていると、今度は駐輪場から真っ赤なママチャリが突っ込んできた。


「えぇっ!?」


「なんだ玄瀬、どうかしたか?」


 どうかしたかって……それはこっちのセリフだ!

 一ノ宮くんはあのまま帰ると思ったのに、どうやら駐車場までついてきてくれるらしい。

 めったに行かない場所だから、一人よりも二人のほうが安心だしありがたいんだけど。

 校舎の裏にある駐車場にはまだ何台も停めてあって、先生って大変なんだなって思ってしまった。

 すぐに来てくれた先生の指示により後部座席へ座ると、一ノ宮くんは再びむすーっとしながら窓ガラスをノックしてきた。


「どうしたの? 何か忘れてる?」


「いや……また明日な」


 薄く開いた窓ごしの会話は、特に重要そうなものでもない。

 けど、ちゃんとそう言ってもらえるのはなんだか嬉しいものだから。


「うん、また明日ね。制服楽しみにしてるよ」


「任せとけ。どっちに着せるか考えておいてくれ。先生、安全運転でお願いしますよ」


「お前に言われたくねーよ!」


 そんな会話の末、車はゆっくりと動き出した。

 駅まで数分、だけど電車と徒歩を含めたら一ノ宮くんより遅くなるんだろうな。

 歩道にちらほら見かける生徒を眺めながら、なんとなく口を開いた。


「あの……よかったんでしょうか?」


「おー、これくらい玄瀬には当然の報酬だ」


 しみじみとした先生のその発言は、きっとあれだ……一ノ宮くんの保護者の件だ。

 私は特に何もしていないけど、どうやら先生にとっては意味があるらしい。

 とはいえ、それでこうしたラッキーもあるんだからこれはこれでよしとしようか。


「本当に、ほんとーに期待してるからなっ!」

 

 先生……どれだけ一ノ宮くんに手を焼いていたんだ。

 普段なら長い道のりでも、車ではあっという間。

 しっかりとお礼を言って満員電車に揺られることにした。

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