19.進みの悪い文化祭

 塾に埋め尽くされた夏休みは終わり、あっという間に九月に突入していた。

 今月あることといえばせいぜいが文化祭。

 本来ならば、文化祭なんて一大イベントじゃないかって言いたいことろだけど、この学校の三年生にはイベントでも何でもなかった。


「三年生は展示のみという決まりはどうにかするべきだと思う」


 ホームルームの時間に始まった展示の話し合いで、開口一番言ったのは一ノ宮くんだった。

 一応進学校であるこの高校で、受験真っ只中である私たちが大々的な企画をすることは難しいだろう。

 それも展示内容だって一学期から進めていたから、今からやることは実際に展示するためのパネルをこしらえるくらいのものだ。

 それも、毎年受け継がれるアルミフレームの簡素なものがすでに支給されている。

 展示内容は服飾の歴史。普通科であるこの学校でなぜに服飾? と思ったものの、クラスメイトの個人的趣味らしい。

 とはいえ、制服の可愛さが第一理由だった私にとって親近感を覚えるものだ。


「じゃあ、資料の校正と打ち出しをする班と、展示パネルを作る班。それと、看板も必要ですが……」


 黒板の前で話すのは学級委員の仁田くん。確か、委員長でもあったはずだ。

 見るからに優等生で優しい性格をしている仁田にったくんは、委員を何度か経験しているらしくスムーズに進行している。

 その後ろで板書に徹しているのは、同じく学級委員の絢ちゃんだ。

 実行委員は運営のほうに徹するらしく、クラスには関わらないらしい。


「あっ、うちパネルやりたい! 飾るのは自由だったよね?」


「あとで取り外せるものなら大丈夫だよ。じゃあパネルの班長は斉木さんでいいかな?」


 元気に手を上げた斉木さんは、明るくておしゃれさんだからピッタリのはずだ。

 斉木さんと仲のいい人たちも同じ作業をするようで、あっさりメンバーが決まったらしい。

 そしてどうしても時間が取れない人は、率先して資料の班へと集まっていく。

 分担すれば個人の都合に合わせて作業できるし、出すだけ出したらそれで終了だ。

 確かにいい役割だなと思って手をあげようとしたものの、クラスでも一際必死に勉強している人たちがひしめいていたからやめておいた。

 私も受験生ではあるものの、今のところあそこまでの熱意は持てていない。

 だったら譲るべきかなって思ったのと……視界の端に映る一ノ宮くんが、なんだかつまらなそうに口をとがらせていたからだ。

 イベント大好きな一ノ宮くんにとって、この文化祭は不本意なんだろう。

 あんまり覚えてはいないけど、毎年びっくりするくらい盛り上がってたクラスがあったんだよなぁ。

 多分そこが、一ノ宮くんの居たクラスだったんだろう。


「じゃあ、その他の人で看板の担当をお願いします。実行委員会から指定の板が届くので」


 仁田くんの言葉で担当決めは無事に終わり、なし崩しに看板班になった私は様子を窺うことにしよう。

 そう思ったものの……一ノ宮くん、素直にそれで納得するのかな? なんて思ってしまった。


 数日後。教室に運び込まれた板は、高さ1.5m、横が50cmくらいのなかなか大きなものだった。

 上部に固定用の金具を通す穴だけがあいたベニヤ板は、塗装も何もしていない木そのものだ。

 例年の下級生は目立つようにとペンキを使って装飾していたものの、三年生は展示物の名前だけ印刷した紙を貼るだけの簡素なものだったと思う。

 とはいえ、展示内容が服飾の歴史というならば、多少の見栄えは必要なんじゃないかな?

 斉木さんのパネル班は細々とした装飾品を作って飾り付けをしていたし。

 ゆるーく集まったその他の人改め看板班の面々も思っていたらしく、去年ほどとはいかないまでもなにかやろうということになった。

 なった、けども……。


「看板班のリーダーは誰かな? 進行具合の確認をしたいんだけど……」


 文化祭まであと一週間。

 ホームルームで学級委員の仁田くんが困ったような笑みを浮かべていた理由は、まっさらなベニヤ板を見たからだろう。

 そう。まっさら。

 なぜかというとこの時期は、どこの塾も受験対策が本格化してくるからだ。

 私が通っているところも、夏休みより確実にハードなスケジュールを組まれている。

 それは他の人も同じらしく、放課後に学校に残る人もあまり見かけなくなっていた。

 でも、学校行事を無視していいわけでもないし、一週間前となれば動かないわけにはいかない。

 分かってはいるものの、じゃあ自分がリーダーになると言ってのける勇者はいるはずないだろう。

 ……普通なら。


「俺がやってもいいか?」


 そう言ってまっすぐ手を上げた人は、窓際の一番前の席。

 珍しいことに今まで沈黙を保っていた一ノ宮くんだった。


「あぁ、助かるよ!」


 願ってもない立候補に仁田くんも安心してるようだ。

 嫌々、渋々やらせるのはお互い気まずくなるだけだもんね。

 その後、班ごとに分かれて作業をすることになると、一ノ宮くんはバンとベニヤ板に手をおいた。


「よし、最高の看板を当日までに仕上げるぞ! 案がある奴がいたら遠慮なく言ってくれ!」


 大きな板の周りに集まったものの、みんなどうしていいか分からないんだろう。

 お互いの顔色を窺っていると、窓枠に座っていた堺くんが一ノ宮くんに声をかけた。


「あったらもっと早く言うっての。一ノ宮こそ今年はどうした? 真っ先にやらないなんて珍しいじゃん」


 堺くんの話によると、今までの文化祭ではテーマが決まった途端に即座に動くのが一ノ宮くんの流儀だったらしい。

 だけど、今年は今までまったく目立った動きをしていない。

 さすがの一ノ宮くんも受験戦争にやられているのかな……。


「看板ならばそう急いでやることもない。だから学校中の出し物を見て回り、それぞれの看板のクオリティを調べておいた」


 手にした大きなスマホには何枚もの写真が収められているようで、それを覗き込む堺くんはなんだか呆れ顔だ。


「お前なぁ……三年は手を抜いていいって学校側のお墨付きがあるってのに」


「手を抜く必要がどこにある? 俺たちは三年生だ。下級生に負けるようなものは作れないだろう」


 自信満々な、当たり前だと言わんばかりの表情。

 それは体育祭のときにも浮かべていた……人を巻き込む表情だった。

 楽しむ余地があるなら全力で楽しもうと企む、羨ましさすら感じるその考え。

 受験生である私たちには馴染まないであろう考えは、苦笑とともに広がっていく。


「ったく……おーい仁田、ペンキって借りられるか?」


「大丈夫だよ。実行委員が持ってきれくれる」


「そうだ、パネル班から装飾分けてもらう? 統一感ほしいよね」


「看板ってどれくらい変形してもいいの?」


 そんな会話が広がっていき、手持ち無沙汰に困っていた看板班の面々は、次々と考えを口に出していった。

 その一つ一つに反応する一ノ宮くんは、つまらなさは一切感じられない、やっぱり楽しそうな表情を浮かべていた。


「テーマが服飾だろう? いっそマネキンでも置いてみるか。着せ替え人形にできるぞ」


「おーい仁田、マネキンって借りられるか?」


「さ、さすがに難しいんじゃないかな?」


 突然の活気に仁田くんも戸惑っているらしい。

 それもそうだろう。さっきまでは完成すら危ういんじゃないかってくらいだったし。

 期間は短いし、まだ方向性すら決まってない。だから危ういのは変わっていないんだけど……。

 ただ動き始めたからなのか、こういうのも楽しさなのかもしれないなって思ったりした。


「よし、家庭科の先生に聞いてくる! 堺は看板の下書きを頼んだぞ」


「おーけー。資料班にどんなのがいいか聞いてくるわ。誰か装飾班にも話聞いてきてくれるー?」


 そんな感じであっという間に役割分担が決まり、私はベニヤ板の加工を担当することになった。

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