18.興奮は冷めやらない

 長時間のライブが終わった時には、思わず椅子に座り込んでしまった。

 なんだろう……この感じ。

 イベントとは違くて、体育祭にちょっと近いけどそれとも違くて。

 圧倒的な興奮でテンションが上がりまくったあとの静けさというか……。

 でも余韻はしっかり残っていて、呆然とステージを見ているしかなかった。

 最初からアクセルフルスロットルって感じの選曲に、びっくりするほど統制の取れた観客の動き。

 ステージに集中するべきなのはわかってるのに、目まぐるしく動くペンライトの波に目が奪われてしまった。

 時折聞こえるコールも驚くほど正確で、リズムや曲調で定番のものがあると気付いたものの、さすがに一緒にやるのは……。

 なんて思ってたのもつかの間、横に座る一ノ宮くんがノリノリに大声を上げていたから躊躇うのは一瞬だった。

 ペンライトを振り続け、周りに合わせてコールをして、ステージからの誘いで時たま小さくジャンプする。

 途中に休憩を挟んだものの、初参戦でこれはきつい……!

 ペンライトを振りっぱなしだったせいか、右腕はすでに筋肉痛だ。

 ただそんな肉体的な疲労よりも、精神的な衝撃の方が結構なものだった。

 すごい。ただただすごい。そしてものすごく楽しい。

 耳と頭に残る余韻にぼーっとしていると、隣ではさくさくと片付けを始める姿が見えた。


「あ……ごめんっ、急がなきゃだよね?」


「いや、規制退場で俺たちの席はまだまだだからな。ゆっくりしてても平気だ」


 規制退場……? 会場に響くアナウンスによると、混雑緩和のために席を指定しながら順番に退席するらしい。

 見回してみると空いてる席は遠く、確かにもうしばらくかかりそうだ。


「どうだった?」


 いつもの四次元カバンに荷物を詰め終わった一ノ宮くんは、私に向かってそう聞いた。

 そんなこと聞かれても……答えなんか、一つしかないじゃないか。


「すっごく楽しかった!」


「だよな。俺も楽しかった!」


 そう言ってニッと笑う顔は、もはや見慣れてしまってるはずだった。

 だけど場所が違うからか、はたまた興奮冷めやらぬ心境だからか……煌めく照明の中、その笑顔にぐっときてしまった。

 くそぅ……さすが容姿端麗。中身は小学生って分かってても格好いいものは格好いいな!


「来年はちゃんと予習してから来ような」


「……うん?」


 来年? そう聞き返そうとすると、流れ続けていたアナウンスは私たちの席を指定していた。

 荷物を持って通路に出て、細い階段をゆっくり流れに任せて登る。

 すぐについた通路は満員電車よりもすごい人の波だった。


「無理して進むことはない。はぐれないようにしよう」


 そう言う一ノ宮くんは私の隣にいてくれて、すいすい通り抜ける人とは違ってゆっくりと歩き続ける。

 きっと、一ノ宮くん一人だったらもっと早く行けるんだろうな……。

 そう思ったものの、ぴったり隣を歩いてくれるのが……ちょっと安心するって思ったのは秘密だ。


 長い長い通路を抜け、ようやく見えた空は真っ暗だった。

 当たり前か。電源を入れたスマホの時計は九時過ぎと表示しているんだから。

 駅までの通路はたくさんの街灯がついていて、遠くに見える駅ビルも煌々と照明を付けていた。

 さっきよりも断然歩きやすくなった道をさっきと同じ速度で歩き、ロッカーで荷物を回収する。

 う……そうだった、教科書入ってるんだった。ずっしりくる鞄を肩にかけ、再び混雑がひどい駅の改札へと向かった。


「アフターと言いたいところだが、今日は時間が時間だな」


「高校生は補導されちゃうもんね」


 お互いの帰り道をそれぞれ検索すると、どうやらこの駅で別れるらしい。

 人波に流されるままろくな挨拶もできずに別れ、混雑するホームを端まで歩いて居場所を確保する。

 こっちもずいぶん混んでるなと思ってたけど、反対側は比較にならない混雑っぷりだった。

 なんというか、ホームの端まで人がみっしり。場所によっては通り道すら確保できない様子だ。

 対面のホームだから見えるかなと思ってたけど、さすがにこれは到底不可能だ。

 すぐに来た電車に乗り込み、発車直後のゆっくりした速度の時にもう一度チャレンジしたものの、無理なものは無理だった。

 混雑しつつもぎりぎり座席に座れて、重たいカバンを膝に置く。

 ……うん、楽しかったなぁ。

 この興奮を自分の中だけに留めておくのは苦しいものだ。

 できることなら、本当にアフターでカラオケでも行きたかったくらい。

 ただまぁ……高校生、外出は二十二時まで。なんならこのまままっすぐ帰ってもぎりぎりアウトだ。

 仕方がないからSNSでライブのタグを探っていると、メッセージアプリの通知が届いた。

 画面の上部に表示されたのは一ノ宮くんの名前で、速攻SNSを閉じてメッセージを開く。


『そっちは平気か? スマホが使える状態なら感想を言いたい』


 その文字に、思わずスマホをぎゅっと握ってしまった。

 一ノ宮くんも私と同じことを考えていたのか。そう思うと、なんだかすごく嬉しくなる。


『私も言いたい! そっちすっごく混んでたけど平気?』


『比較的混雑の緩い車両に乗り込めたから大丈夫だ。まずは一曲目からだが……』


 感想は曲によって一緒だったり違っていたり、お互いの好みがなんとなく窺えたり。

 そんな会話をしていると、長いはずの帰り道なんてあっという間だった。


『今日はお前と一緒に行けて楽しかった。また行こうな!』


 最後にもらったメッセージに対し、なんて言えば気持ちが伝わるかなって考えたものの……できたのは結局、賛成のスタンプを送ることくらいだった。

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