22.三年生の文化祭は勉強タイム

 文化祭当日。

 とうとう本番ということもあり、他の学年の教室は賑わい過ぎなくらいだ。 

 とはいえ、本来ならば展示のみのお手軽企画の三年生は静かなものだ。私たちのクラスを除いて。

 いつもより早い時間に登校したのに、教室にはクラスメイトの大半が揃っていた。

 普段は勉強に追われていた人も、今日くらいはちゃんと参加したいとのことらしい。

 そんな中でご機嫌に動き回る一ノ宮くんは、今日はちゃんときれいな制服を着ていた。

 なんでも、夏服のズボンにペンキを付けてしまったらしい。

 みんなであんなに注意したっていうのに!


「玄瀬、おはよう!」


「おはよう、何してるの?」


 展示物の最終チェックをしている人たちの奥で、一ノ宮くんはマネキンのエドさんとクロードさんを前に腕を組んでいた。

 昨日の時点できちんと制服を着てもらい、頭には久美お手製の毛糸のかつらが被せられている。

 適当だよーなんていいながらもエドさん(男)はツーブロックに刈り上げられているし、クロードさん(女)はきれいな編み込みがされていた。


「いや、ポーズが気になってな」


 一ノ宮くんはぶつぶつと呟きながらぐねぐねと手脚を動かす。

 それはなんだか壊れたマリオネットみたいで、ちょっと不気味な格好だ。


「あのさ、関節の可動域の限界にでも挑戦してるの?」


「どうせならスタンドが出そうな格好にしたいな」


「それを目指すには関節が足りないと思うよ?」


 学校のマネキンにそこまで高度な動きはできません。

 動かし続けてようやく諦めたのか、結局自然な姿勢で落ち着いたらしい。

 エドさんは腰に手を当て、クロードさんはスカートをつまみ。そして二人で扉の方へと手を伸ばしている。

 ようこそって感じで悪くないと思う。


「厨ニ感溢れるポーズもいいんだがな」


「罹患者が反応しちゃうからやめとこうね」


 そんなこんなで完成した展示の中で朝のホームルームが行われた。

 進学校の三年生。本来ならば勉強している時間しかないはずだ。

 さすがに学校側も心得ているらしく、今日は教室は展示で使えないから図書室を完全開放してくれるらしい。

 わが校の図書室は一階分すべてを使っているからものすごく広くて、三年生全員が席につくのは余裕のはずだ。

 ここ最近勉強が疎かになっているからこれはありがたい。

 来月から塾も本格的にスパルタモードになるって言われてるし……。

 さっそくロッカーから勉強道具を取り出し、久美と絢ちゃんと一緒に移動することになった。

 出掛けに見たエドさんとクロードさんには頑張ってほしい。


 人で賑わう図書室の端っこ。そこそこ静かな場所に陣取って勉強を始める。

 いくら進学校とはいえ、全員が全員最難関校を受けるわけじゃない。

 ということは、自ずと取り組み方にも違いがあるもので……。


「あたし専門学校だから結構余裕なんだよねー」


 という久美は、なんでも美容関係の専門学校に行くと決めているらしい。

 ここの学校で通用する学力ならば、受験に問題は皆無らしい。羨ましい……。


「絢は進学だよね? やっぱ国立?」


「うん。ちょっと頑張ってみようと思う」


 教科書を黙々と読みつつちらりと顔を上げる絢ちゃんは、今日もいつもながらに熱心だ。

 学年上位常連の絢ちゃんが頑張るって……それくらいの難関校ってことなんだね。

 そう考えると、やっぱり私の勉強時間は絶対的に足りてないんだろう。

 成績の下半分に属してる私に遊んでる暇なんてない。

 一応の希望校は定まったし、安全圏に到達するまで気を緩めちゃいけないはずだ。

 余裕といいつつ久美もちゃんと勉強してるし、ここはこの雰囲気に飲まれてみよう。

 どっさり積まれた教科書に、緊迫した空気。

 塾とはまた違う場所での緊張感もあるし、私のやる気も長続きするだろう。

 そう思って問題集を開くと、あっという間に時間は過ぎていった。


 何度めかのチャイムが鳴り、熱心に勉強していた人たちの緊張が緩んできた。

 時計を見るとどうやらお昼休みの時間らしい。文化祭である今日はあまり意味がないけど。

 今日は出血大サービスなのか、お弁当も図書室で食べていいらしい。

 ここまでくると気遣いを通り越して軟禁なんじゃないかと思うけど、人に溢れた校内で場所探しをしないでいいのは助かる。

 そう思ってさっさとお弁当済ませたところ、背後に人影が立ちはだかった。


「玄瀬、一緒に回ろう!」


 そう……それはきれいな制服を着て、とてもとても楽しそうな笑顔を浮かべた、私にとっては大いなる障害になるであろう男子生徒。


「一ノ宮くん、しっ!」


 いくら昼休みとはいえまだまだ勉強している人は多い。

 絢ちゃんなんか一心不乱って感じで教科書にかじりついてて怖いくらいだ。

 そんな状況なのににこやかに声をかけてくる一ノ宮くんに、思わず子供みたいな諌め方をしてしまった。

 いや、だって……なんかそんな感じだし。小学生だし。

 一応は私の言うことを理解してくれたのか、腰を折って顔を近づけてきた。

 うん、だから、近いって! どうしてわざわざ耳元で話してくるのかな!?

 だけど一ノ宮くんにとってはそれが標準らしく、固まる私に構わず話を進める。


「午前中に校内を回ってきたんだ。面白そうなところを見つけたから行かないか?」


 う……。一ノ宮くんが見つけた面白そうなところ。

 それは絶対面白いと決まっているようなものだ。

 今日は午前中ずーっと頑張ったしなぁ……。いやいや、絶対的に勉強が足りてないのは事実だし……。


「あ、あたし同中の子が来たみたいだからちょっとでかけてくるねー」


 スマホを手に立ち上がった久美は、そんな報告とともに軽やかに出ていってしまった。

 周りを見てみると、さすがに半日がっつり頑張ったからか、席を外している人も多いらしい。

 私も正直限界だ。頭だけじゃなく手も肩もバッキバキに疲れてる。

 その上、普段一緒に行動する久美は友だちに会いに、絢ちゃんは変わらず勉強ということは……。


「うん、行く!」


 私の答えなんて、分かりきっているようなものだ。

 絢ちゃんに声をかけてからそそくさと図書館を離脱すると、校内はなかなかない喧騒に溢れていた。

 単純に人口密度が高いというのもあるし、生徒以外の人が多いのも影響してるんだろう。

 とはいえ、もっと密度が高く、老若男女入り乱れる場所に行っている身としては対して驚く状況でもなかった。

 見事なほどに人を回避する一ノ宮くんと話してみると、なんでも午前中でほとんどの出し物を見てきたらしい。


「やはり二年生が見ものだったな。一年生は初参加で加減が分からないだろうし、三年生は言わずもがなだ」


 おすすめスポットは頭に入っているらしく、一ノ宮くんは迷うことなく目的のクラスへと向かう。

 それは二年生渾身のお化け屋敷だったり、一年生の初々しいフリマだったり。

 体育館でやってる文化部の出し物はちらっとだけ見たけど、なかなか素人感が強めの出し物が多かった。


「シメはここだな」


 そう言って最後に連れてこられたのは、二年生のコスプレ喫茶。

 イラスト満載の装飾を見ると同族の気配を感じそうなものだけど、タッチを見るにおそらくちょっと別の種族だろう。

 可愛くデフォルメされたメイドさんは、シンプルながら上手だと思う。


「他は中も見ておいたんだが、ここは入らないでおいたんだ」


「そうなの?」


 一ノ宮くんにしては珍しいものだ。

 かなり楽しみにしていたからばっちりチェック済みだと思ってたのに。


「お前と一緒に来たかったからな。先に知ってたら楽しさ半減だろう?」


 一ノ宮くんはニッと笑ってそう言うと、案内をしている生徒に声をかけていた。

 なんというか……ちょっと、照れるじゃないか。

 一ノ宮くんは物事をはっきりストレートに言うのは分かってるけど、ああいう台詞はずるいと思う。

 ちょっとだけ熱くなった顔を手でパタパタと扇いでいると、どういうわけか案内役の子が一ノ宮くんに深々と頭を下げていた。


「え、ちょっと、どしたの?」


 慌てて声を掛けると、どうやら相手はいたく興奮しているらしい。

 もしかして一ノ宮くんって他の学年の間でも有名人なのかな?

 いや、知ってておかしくないか。体育祭の乱があったことだし。


「さっき来たときにずいぶんと列が伸びていてな、混雑対応を教えたんだ」


「そうなんですよっ! 一ノ宮先輩の言うとおりにしたらあっという間にきれいに整列して!

 廊下を塞ぎかけてたんですよっ? すっげーっす!!」


 感謝の言葉と共に頭を下げまくる後輩に、一ノ宮くんはノーリアクション。

 きっと彼には後輩がこんなに感謝する理由が分からないんだろうな……。

 普通の人は大勢の人を並ばせる機会なんてないんだから、それができる一ノ宮くんに敬意を示す後輩の気持ちは分かる。


「ささ、どうぞ入ってください!」


「まだ並んでいるだろう? 待つぞ」


「いえいえ、恩人を並ばせるわけにはいきません! 彼女さんも一緒にどうぞ!」


「いや、彼女じゃ……」


 後輩くん、男女が一緒にいる=カップルって発想はよくないと思うんだ。

 そして一ノ宮くんも否定しようね。


「申し出はありがたいが、順番は守りたい。玄瀬もそれでいいか?」


「うん、大丈夫だよ」


「えぇ……そうですかぁ」


 その答えに残念そうな顔をしてしまったけど、それを見た一ノ宮くんは後輩くんの肩を軽くたたいた。


「気持ちは受け取っておく。ありがとな」


 ニッと笑って言った言葉に後輩くんの表情がぱっと明るくなり、まるで子犬のように最後尾へと案内してくれた。

 うん……その気持ちも分かるんだけどさ。頬を赤らめてるのを見るとちょっと妄想がはかどっちゃうよ?

 どうやら一ノ宮くんはなかなかの天然たらしさんらしい。

 容姿だけでも優良なのに、これで人当たりもいいとなったらファンが増えて当然だ。

 一ノ宮くんはそんな後輩くんの変化は気にせず、指定された場所にきちんと並んだ。

 壁際にぴったりと並んでいるから壁の装飾がよく見える。

 せっかく凝ってるみたいなんだし、ちゃんと見れる時間があるのはいいよね。

 おやつ時とあって混雑はしていたけど、そんなに待たずに中に入ることができた。

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