23.記念写真はマネキンと共に

「おかえりなさいませぇー!」


 入ってすぐに響いた声はものすごく元気で、まるでファストフード店のようだ。

 その勢いにちょっと引きながら椅子に座り、教室内をぐるりと見回すことにした。

 注文を受ける生徒は多く、それぞれが好き好きの衣装を着ているようだ。

 廊下と同じくたくさんの装飾がされていて、テーブルもクロスが敷かれて可愛らしい……んだけども。


「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」


 ファミレスのごとくメモ用紙を片手にやってきたのは、メイド服を着た女子生徒だった。

 テーブルに置かれていたメニューからいくつか注文すると、メイド服女子は小走りに奥へと入っていった。


「ふむ……これが高校生の限界か」


 一ノ宮くんはまじまじと教室を眺め、ちょっと残念そうな表情を浮かべた。

 そう……残念なんだ。

 統一感のない衣装に、パーティグッズみたいなチープ感。

 分かってる、分かってるの! 高校生だもん、お金ないもん!

 だけど設定くらいはさぁ、もっと凝ってもいいんじゃないかなぁ!?


「メイドさんにはおかえりなさいませお嬢様って言われたい……」


「コスプレ喫茶だからな。メイド喫茶ではないだろう」


「あとお洋服が悲しい」


「本気のレイヤーを知っていればそうなるだろう。お前のメイド姿とは比べるまでもないな」


「あれとは比べないでっ!」


 でも、るいさんに借りたメイド服は可愛かったなぁ……。

 あれをそこにいる可愛い後輩女子が着たら最高だろうなぁ……。

 そんなことを考えていると注文したものがミニスカポリスによって運ばれ、慌ただしく去っていった。

 列はまだできているし、あんまり長居するのは悪いと思ってそこそこで退散することにした。


「そろそろ終了時間だな……最後に教室に寄ってみるか?」


「うん、行きたい。結局ちゃんと見てないんだよね」


 せっかくみんなで作った最後の展示物だ。片付けついでに見るよりも時間内に見ておきたい。

 帰る人も増えてきた廊下を歩いていると、なぜかすれ違う人の視線を感じることに気づいた。

 ただ、それは私に向いているものではなく……。


「どうかしたか?」


 皆さんの視線の先に目を向けると、まったく何も気付いていないらしい一ノ宮くんが首を傾げていた。

 そうだよね、格好いいもんね……。

 中学生らしき女の子たちがきゃいきゃいしてるもん。

 でもね、少女たち。見た目と中身が同じかといわれたら、そんなことは絶対にないんだよ?


「ううん。あ、まだ人がいるみたいだね」


 展示といったらあまり人が集まらないイメージだけど、どうやらうちのクラスはそうじゃないらしい。

 中学生やほかの高校の人がちらほらといるらしい。

 ……って、展示物じゃなくてエドさんとクロードさんに集まってる?


「どうやら写真スポットになってるらしいぞ。想定外だったが、嬉しい誤算だな」


 なんでも、高校生は単純に物珍しさから、そして中学生は高校を選ぶ際の参考にしているらしい。

 制服って重要だもんね。分かる、分かるよ!

 でも偏差値はしっかり見てね。じゃないと私みたいになるよ!

 お客さんの邪魔をしないように中に入ると、さすがにもう人はいなかった。

 順番に従ってパネルを眺めていると、文化祭特有の賑やかな声も遠くに聞こえる。

 図書室とはまた違った雰囲気はなんだか悪くない。


「一ノ宮くんはもう見たの?」


「あぁ、午前中にな」


 そっか。なら私に付き合わせちゃうのは悪いかな……。

 もうすぐ終わりとはいえ、無理に一緒にいさせるのは申し訳ない。


「私もう少し見たいからさ、一ノ宮くんはどうする? どっか行く?」


「いや、俺も見てる」


「見たんじゃないの?」


「良作は何度見てもいいものだろう?」


 それはアニメや漫画のことなんじゃないかな……。

 そう思ったけど、一ノ宮くんがそう言うならいっか。

 さっきまで人混みのなかで過ごしていたから、こうして静かなのはちょっとホッとする。

 賑やかなのも嫌いじゃないけど、そうじゃないのも好きだから。

 二人で並んでパネルを見て、時たま少し会話をする。

 そんな風にゆっくりとしていたら、チャイムと共に放送が流れた。


「む、もう時間か」


 お客さんへの帰宅のお知らせと、生徒への集合の合図だ。

 一度教室に集まって軽い片付けをして、その後は体育館で閉会式。

 それから帰りのホームルームをやってたらあとはもう帰るだけ。

 やるのは今日だけで明日は片付けという、高校の文化祭にしてはコンパクトなスケジュールになっている。

 やっぱり進学校。校内行事はほどほどだ。


「玄瀬、エドゥアールさんとクロードさんで写真撮ろう!」


 クラスメイトが帰ってくる前にと急かされ、廊下で仲良く並んでいた二人の間に入り込む。

 くそぅ……クロードさん、よく見るとナイスバディだな。

 枠に収まるように二体を引き寄せ、一ノ宮くんの自撮りスマホに視線を向ける。

 近すぎる距離はやっぱり緊張するんだけど、文化祭のテンションのせいか、前に比べたら気にならなくなっていた。


「撮るぞ。さん、に、いち……」


 一ノ宮くんのカウントにあわせて慣れない笑顔を浮かべる。

 あ、口元がひくってしそう。我慢、我慢……!


「……え?」


 撮影音が鳴る一瞬前。

 元から近い位置にあった一ノ宮くんの顔が、少し傾いでふにっとあたる。

 それは私のこめかみあたりで、髪の毛越しに頬の柔らかさをほんのりと感じた瞬間、ビタリと身体が固まってしまった。


「よし。あとで送るからな」


 ニッと笑ってそう言われたときには、一ノ宮くんはもう適切な距離まで離れていた。

 え……今の……えぇ?

 触れていたであろう場所を触っても、上がりきった自分の体温しか感じない。

 けど……ここ、触ったよね? ほっぺ、あたったよね?

 あれかな、ほら、自撮りって範囲狭いし……私と一ノ宮くんの身長差は結構あるし……そういうことだ!

 ははは、意味深なことするから驚いちゃったよ!

 小学男子な一ノ宮くんがそんな……そういうのするわけないよね!


「おーい、バカップル。もう入っていいかぁ?」


「バカップルじゃないからぁっ!」


 放送に従って集まっていたのか、堺くんから声をかけられ慌てて一ノ宮くんから離れる。

 クラスメイトのみんなも同感ですみたいな空気やめて!

 そして一ノ宮くん、男子とおしゃべりする前に否定して!!


「玄瀬ちゃーん、デート楽しかった?」


「デートじゃないっ!」


 ニヤニヤ笑いの斉木さんに全力で否定をしている間に、全員揃ったのか体育館へと移動することになった。

 閉会式で発表されたお客さんによる人気投票は、二年生のお化け屋敷が優勝したらしい。


「やはり三年生は展示のみという決まりはどうにかするべきだと思う」


「諦めろっての」


 一ノ宮くんと堺くんのそんな会話を聞きつつ、密度の濃い文化祭は終わった。

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