イベントで出会った同級生との関係(連載版)

雪之

本編

01.イベントデビューは新たな出会い

「ただいまより、コミック☆みーと・春、を開催いたします!」


 遠くから聞こえたアナウンスに拍手が響き、長い列がじわじわと進み始めた。

 五月の大型連休を目前に控えたこの時期に、私が居るのは自宅から電車で数駅の場所だ。

 駅から少し歩いた場所にある古ぼけたビルの周りは、たくさんの人が列をなしていた。

 なんでこんな場所に居るのかっていうと……それは、同人誌を買いに来たからだ。


 はっきり言おう。私、玄瀬くろせ朋乃とものはオタクである。それもぼっちだ。

 中学生のころはイラストに手を出していたけど、身の程を思い知ってからは描いていない。

 そして高校の同級生は悲しいことに二次元への興味がなく、引きずり込む気もなかったから仲間は出来なかった。

 おかげでスタンダードな女子高生の皮を被るのは上達している。

 別に、みんなでわいわいするだけが楽しみ方じゃない。

 一人でしっぽり楽しむのも悪くないし、スマホを持てば仲間は溢れかえるほどに存在するんだから。

 そして今日こんな場所に居る理由はというと、それもスマホの仲間からもたらされた情報が理由だった。


『シロクロの好きなサークルさん、イベントで突発本出すらしいよ。委託も通販もしないんだって』


 そんなメッセージを見れば検索をかけざるを得ない。

 ちなみにシロクロというのは私のネット上での名前だ。

 本名を元に作った安易なものだけど、結構気に入っている。

 サークルさんのSNSの呟きを辿ると確かにそんな発言があり、そのイベントはまさかまさかの近所で開催されるものだった。

 いつもなら委託販売のアニメショップでゲットするから、イベントに行ったことはなかった。

 けど、今回はいくつもの偶然が重なって起こった奇跡なんだから。

 早めに情報が分かり、イベント会場は近所で、かつ自分の力で手に入れることしかできない。

 そうとなったら欲しくなるのがオタクの性。

 ひたすらイベント参加のマナーを調べ、ドッキドキに緊張して参加を決めた。


 このコミック☆みーと、略してコミッとは、地域密着型の同人誌即売会として年に二回、春と秋に開催されているらしい。

 入場券代わりのカタログは駅前のアニメショップで事前に購入しておいた。

 当日販売よりちょっとだけ安くなるからだ。高校生オタクにとって削れる出費はわずかでも削りたい。

 昨日の夜に入念に熟読して、サークルさんの場所をマーカーで引き、準備は万全……のはず。

 服装だって、長袖Tシャツとぴったりした踝丈のズボンに履きなれたスニーカー。

 慣れないうちはお洒落より安全、イベントをなめてかかっちゃいけないって読んだからだ。

 相変わらずじわりじわりと進む列に従い、隙間を開けないように前へと進む。

 今は春だから過ごしやすいけど、これが真夏や真冬だと地獄に変わるらしい。

 初参加にして地獄を味わわずに済んだのはよかったのかもしれない。


 並び始めて三十分くらいたったころ。

 階段の壁にへばりつくように並んで上り、ようやくイベント会場になっている階にたどり着くことができた。

 ホールの入り口には当日用のカタログ購入列と入場列。私はもちろん準備万端だからと入場列に並ぶ。

 それにしても、入り口の外なのにすでに中の熱気が伝わってくる。

 まだ春だよね? 暖房ついてないよね? なのに汗ばむくらい暑いってどういうこと?

 汗で濡れてしまう前に、下ろしておいた短めの髪を手早く一つに結んでおくことにした。

 はやる気持ちを抑えて進み続け、長机で作られた受付を過ぎたらそこには……。


「う、うわぁ……」


 えげつない長さの列ができていた。

 ネットの口コミによれば、このイベントは初心者でも無理なく参加できるって書いてあったのに……。

 思わず立ち止まって驚いていると、首からカードを下げたスタッフさんらしき人たちが何人も声を上げていた。


「こちらは最後尾ではありませーん!」


「一歩前へ! 隙間開けないでくださーい!」


「列整理足りないよ! 誰か連れてきて!」


 明らかにイレギュラーな事態だって分かるくらい混乱を極めていた。

 アレに巻き込まれたらきっと危ない。そう本能で悟った私はそそくさと離れていくことにした。

 えっと、私が行くサークルさんの場所は……あぁ、よかった。アレとは反対方向だ。

 ほっとしてカタログのサークル配置図を見ながら進み、遥か遠くから目的のサークルさんの場所を確認する。

 長机に並ぶ本はSNSに載っていたお品書きと一緒で、場所は間違えていないようだ。

 正面に座っている人があの……憧れの……あ、まずい。緊張で吐きそう。

 だけどぐずぐずしてたら売り切れちゃうかもしれないし……。

 せっかく来たのにそんなの絶対嫌だから、勇気を振り絞って声をかけることにした。


「はぁー……買えたぁぁ……」


 無事に手に入れた本を胸に、ひとまず人の少ない場所に避難する。

 もう、本当に緊張した!! 声はひっくり返るわお金を渡す指は震えるわ何喋ったか覚えてないわでもう大混乱!

 だけど本はしっかり私の手の中にあるんだから、ちゃんと買えたってことだ。

 達成感に満ち足りながらクリアケースに入れ、大事に大事に鞄へとしまい込む。あぁ、ほんと来てよかった……!

 タイミングがよかったのかほとんど並ぶことなく買えたから、時間は余裕で余っている。

 今日のイベントに参加してるサークルさんの中に、お店で見かけたら買うようにしているところもあるんだけどどうしようかな……。

 カタログを確認すると、今も衰えを知らない大行列の最中にあるらしい。うーん……あれに挑む勇気は出ない。


「頼むっ! 頼むよぉっ!!」


 遠くから群衆を眺めていると、ふいに近くから大きな声が響いてきた。

 声にひかれてそっちを向くと、一人のスタッフさんが長机の中に居る人に手を合わせているところだった。

 長机の中の人はびっくりするほど目立つ、真っ赤なカーディガンを羽織っている。


「今日手が足りねーのっ! 一大事なのっ! ヘルプっ!!」


「嫌だと言っているだろうっ! 今日の俺は初のサークル参加者だ! スタッフ参加じゃあない!」


「そこをどーにかっ! 頼むよ一ノ宮いちのみやぁっ!」


 言い合う男子たちは多分、私と同い年くらい……って、あれ? 今の名前って……。

 元から人の少ない場所だったから二人の顔がよく見えて、長机の中に居る人は……なんと、私の知っている顔だった。


「ここでその名を呼ぶな! 今の俺はみや★みやだ! 間の星を忘れるなっ!」


「分かってる! お前のリスペクトの証ってのはよーく分かってるから! 助けてくれよみやぼしみやぁぁぁ!!」


 拝み倒すスタッフさんは、長机の中の人と大行列とを見比べすごく焦っているみたいだ。

 長机の中の人はその様子に深いため息をつき、少し長い黒髪をがしがしとかき混ぜる。


「ああもううるさいっ! どうして島中であんな列ができるんだ。どこのサークルだ?」


「中堅サークルの鳥籠日和さんーっ! いつも通りの配置なんだよぉぉぉ!!」


「何日か前にバズったサークルさんか……確かにそれじゃ対応できんな」


「じゃあ……!?」


「せめて留守番を手配しろ。開始三十分で不在は転売厨扱いされかねん」


「そもそも手が足りないから無理だぁぁぁ!!」


「ふざけるなぁっ!!」


 ヒートアップした二人に、周りの人もどうしたのかって気にし始めてる。

 ようやくそのことに気付いたのか、長机の中の人がちらりと周りに視線を回した。


「……あ!」


「え……?」


 その視線はばっちり私に向かい……長机の中の人改め一ノ宮くんが机の下から這い出してきた。

 一ノ宮くんはずんずんとこっちに歩いてきて、がっしりと私の肩を掴んだ。


「玄瀬だな? 玄瀬だよな! ちょっと留守番しててくれ!」


「えぇっ!?」


「頼む! 二十分……いや、十五分で片付ける!」


「ちょっと待って何それなんなの!?」


「礼はする! 欲しい本も責任をもって手に入れる! 頼む!」


 って、そんなことを言いながらも思いっきり私を引きずってるし!

 一ノ宮くんがいた場所に押し込まれたと思ったら、少しの間も開けずにマシンガントークが始まった。


「値札は置いてあるが価格表をまとめてある種類はないから大丈夫だろう名刺はセルフで持って行ってもらって構わない。

 つり銭はこの中だ余裕をもって準備してあるからなくなることはないだろう。

 おそらくこの時間に知り合いは来ないが誰かに本人かと聞かれたら留守番だと答えてくれ。いいか? 頼むぞ!」


「ちょっ? はやっ!」


「おい吾妻あづま、スタッフ証よこせ。どうせ作ってあるんだろう?」


「お前が来ないなんて思ってなかったから作ってあるぞ!」


「い、一ノ宮くんっ!?」


 いいと答えていないのに一ノ宮くんはその場を離れようとする。

 待って! 留守番ってどうするの!? 私イベント初参加なのに!


「ああ、そうだ。欲しい本はどこのサークルさんだ? どこでも言ってくれ絶対に手に入れる」


「え、あの……トゥインクルスターさんの新刊っ!」


「任せろ!」


 思わず答えてしまうと、一ノ宮くんとスタッフさんは足早に大行列のほうへ行ってしまった。

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