02.同級生の意外な一面

 えーっと……どうしよう? とりあえず一応、座ろうか。立ってると目立つし。

 ひとまずパイプ椅子に腰かけて、混乱極まりない状況を整理する。

 さっきのは高校の同級生の一ノ宮くん。思いっきり私の名前を言っていたからこれは確定。

 そして今私が座っているのは、サークル参加の人が居る場所。

 思いっきり向けられていた周囲の視線は、二人が居なくなったおかげで散ってくれた。

 それで……目の前にあるのは、同人誌だ。

 お品書きを見ると、今流行の少年漫画とスマホゲームのイラスト集らしい。

 印刷所で作られたらしい立派な装丁で、かなり言いづらいけど……本とイラストのクオリティがちょっとずれてる。

 いや、うん、そんなこと思っちゃいけない! きっとこれは一ノ宮くんが頑張って作った本なんだから!

 でもなんだか、昔の自分を思い出すなぁ……。そうそう、下書きが一番出来がいいって多いよね。

 なんて思ったけど勝手に中身を見るのも悪いし、ちょっと振り返って二人が向かった大行列を眺めてみる。

 無秩序に蠢いていた群衆はだんだんと形を持ち、規則正しい動きを始めた。

 時たま響く声はスタッフさんなのかもしれない。

 動いて止まって分裂して手を挙げて……え、手を挙げる?

 そんなよく分からない動きを繰り返していると、通路すらふさいでいた大行列はいつの間にかきちんと整列していた。

 約束の十五分まではまだあり、一応顔を通路に向けてから考えることにした。


 一ノ宮いちのみや京伍けいご

 今年から同じクラスになった男子生徒だ。

 頭脳明晰、容姿端麗、スポーツ万能。

 女子の理想を固めて出来たかのような男子なんだけど……残念なことに結構な変わり者だ。

 放課後にいきなり学年の男子を巻き込んで鬼ごっこを始めたり、頭がいいせいか思いもよらぬいたずらをして先生に怒られたり。

 そして、男子とばかり話して女子とはめったに話さない。

 あまりにも女子に絡まないから男子が好きなんじゃないかなんていう噂が流れたけど、さすがにそれは否定された。

 私はこっそり愉快な妄想をさせていただいたけど。薔薇もいける口なんです。

 そんな不思議な万能男子、一ノ宮くんとまさかこんな場所で会うなんて……。


「待たせたな」


 ふいにかけられた声に意識を戻すと、正面には真っ赤なカーディガンが見えた。

 白いTシャツに黒いパンツ、足にはきれいなスニーカー。そして首にはスタッフさんと同じカードが下がっている。


「おかえり?」


 とりあえず言ってみると、一ノ宮くんはカードを外して長机の下をくぐってきた。

 そしてそのまま畳んであったパイプ椅子を広げて座ったと思ったら、すぐにスマホを取り出す。


「ただいま。トゥインクルスターの新刊はゲットした。他に欲しい本はあるか?」


「え? いや、大丈夫だけど……」


「じゃあちょっとだけ時間をくれ」


 そういうと、両手でスマホを握ってものすごい速さで文字を入力しはじめた。

 うわ……親指の動きがおかしい。若干気持ち悪いって言っちゃいけないんだろうけど。

 あっという間に用事がすんだのか、一ノ宮くんはスマホをポケットにしまい込むと身体ごと私のほうを向いた。


「助かった。ありがとう」


「いや、結局何もしてないんだけど?」


「留守番は留守番だ。事情もなしにいない場合、最悪販売停止処分にされたりするからな」


 販売停止って……せっかく参加しているのにそんなことになるのは悲しい。

 だからあんなに離れたがらなかったのかな。


「あのさ、一ノ宮くん……」


「待った。ここでその名前は呼ぶな」


 私の言葉を遮って言ったのは、さっきスタッフさんにも言っていた言葉だ。

 とは言われたものの、だったらどうしろっていうんだ。私は一ノ宮くん以外の呼び名を知らない。


「俺は今、みや★みやとしてサークル参加をしている。

 こういった場でリアルネームを呼ぶのは理念に反する。同級生の俺とは区別してくれ」


「はぁ……じゃあ、みやみや?」


「間の星を忘れるなよ」


「口に出したら分からなくない?」


「そこはニュアンスだ」


 一ノ宮くんなりの強いこだわりなんだろう。人のこだわりを否定するのはきっとよくない。


「それで、俺はなんと呼べばいい? ネット上の名前くらいあるだろう?」


 ネット上の名前か……。

 同級生に知られるのは恥ずかしいけど、イベント初心者の私の知識より、サークル参加までしている一ノ宮くんの知識のほうが確実だろう。

 そんな一ノ宮くんが言うんだから従ったほうがいいに違いない。郷に入っては郷に従え、だよね。


「シロクロって、言うんだけど」


「シロクロ……アナグラムか。いい名前だな」


 リアルの知り合いにハンドルネームで呼ばれるのは変な気がするけど、先に教えてもらっていたしいいか。

 その上、名前の由来まであっさり分かってるし。

 くろせともの。頭とお尻を二文字ずつ拾って入れ替えてモノクロ。そのままじゃあれだからシロクロ。


「いち……みやみやは私の名前、覚えてたの?」


「同じクラスの女子の名前くらい覚えている」


 女子とほとんど交流がないくせに、フルネームを覚えているとは思わないだろう。

 私が一ノ宮くんのフルネームを知っていたのは、彼が有名人だからだ。


「もしかして、いち……みやみやもそんな感じで作ったの?」


「ああ、そうだな」


 一ノ宮京伍……宮と京でみやみや、かな。そう考えるとどちらも同じような決めかただ。

 そんな話をしているうちに周囲は落ち着きを取り戻し、ゆったりと見て回る人の姿も増えてきたようだ。


「やぁ、みやみや。サークルデビューおめでとう!」


 長机の向こうから親し気に話しかけてきたのは、私たちより断然年上に見える男の人だった。

 私は突然のことに固まってしまったけど、みやみやはすぐに腰を上げる。


「霧島さん! 来てくれたんですか」


「今回オレは申し込んでなかったからな。調子は?」


「初ですし、記念参加みたいなもんですからね」


 みやみやは仲よさげにその人と話を続けているから、私は空気となるべく気配を消す。

 知らない人、怖い。コミュ障、辛い。

 だけど真横に座っている私に気付かないわけもなく……。


「ども、みやみやと共同参加?」


「え? いえ、その……」


「諸事情により急遽ヘルプに入ってもらったんですよ」


「あー、やっぱ列整理してたよな。相変わらず華麗な手さばき、御見それしたよ。お疲れ」


 そのまま会話を続ける二人のことは、笑顔を張り付けながら見守るとしよう。

 その人は最後に、長机に並んだ同人誌を一冊ずつ購入して去っていった。


「悪いな、話し込んで」


「ううん。いち……みやみやの知り合い? ずいぶん仲良さそうだったけど」


「スタッフ仲間だ。向こうは引退してるけどな」


「ふーん……?」


 スタッフっていうのはイベントのスタッフさんのことでいいのかな。

 引退制度があるのかなんて知らないけど、みやみやがそう言うならそうなんだろう。


「もしかして、シロクロはイベント初めてか?」


「恥ずかしながら……今日がデビューです」


「俺もサークル参加は初なんだ。一緒だな」


 そういうと、みやみやは私のほうを向いてニッと笑った。

 高校では男子にしか向けていない視線が私に向けられていると思うと、なんだかレアな経験をした気分だった。

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