一年の時から同じクラスな同級生の観察

「玄瀬、おはよう!」


 朝のホームルームが始まる直前の教室は、この一言で一気にざわついた。

 元凶であるこいつの名前は一ノ宮。オレの友人だ。

 オレと一ノ宮は、周りが勝手に親友だとか言ってるものの悪友ってほうが正しい。

 入学式からの腐れ縁になるが、こいつの精神年齢は一年の頃からまったく変わってない。

 遊ぶのが好きでつまんないことが嫌いっていう、ただのガキ。

 といっても、こいつは子どもじみたことはするが悪いことはしない。

 校庭でサッカーしてても予鈴が鳴れば終わらせるし。

 人がうじゃうじゃする休み時間に鬼ごっこをすることもない。

 人に迷惑をかけない中で最大限に遊ぶ、空気を読むべき時は読めるタイプだ。

 そんな奴が、クラスメイトが揃ってる中であんなことするか?

 あいつは女子に興味がないってのは言いすぎだが、自分から関わろうとしたことはない。

 なのにいきなり名指しで女子に挨拶なんて、一大事だって分からねーかな?

 周りは聞きたそうにしてるし、言われたほうもめっちゃ焦ってたし。

 まー、頭のいいあいつのことだ。きっと何か考えがあんだろな。

 オレがようやくその話をできたのは、外階段で昼飯を食ってる時だった。 


「なー、一ノ宮。お前、玄瀬さんとなんかあったん?」


「ああ。昨日たまたま会って、少し話した」


 あれで? それくらいで? そんなわけねーだろ?


「ホントに少しか?」


「カラオケではぎりぎりまで歌ってたからな。実際会話は少なかった」


「それは会ったじゃなくて遊んだって言わね?」


 こいつは勉強できるし頭もいいが、たまに馬鹿だ。

 それに、嘘はつかないが個人的なことを大っぴらにもしない。

 だから気になったことはすぐに聞くってのが、こいつとのうまい付き合い方だ。


「んーっと……もしかして、好きなん?」


「ああ、好きだな」


 うぉ、ストレート!

 だけどふっつーにパン食ってるし、動揺も何もしてねーわ。

 こいつは見た目がいいから女子にやたらちやほやされてる。

 そのくせ、高校生ってのに恋愛に一切興味なしって態度だ。

 男子と遊んでばっかのこいつのことだ。

 玄瀬さんのこともいい友だちだ、みたいなこと考えてんだろ。


「そか、よかったな」


 友だちとはいえ、女子に興味を持てたのはいいことだろーし。

 ……なんて思ったが、こいつの遊び方は女子と男子で変わらねーらしい。

 担任に二人揃って呼び出し食らったのを見て、ご愁傷さまってなった。



 夏休みも目前の放課後に、オレたちは校内かくれんぼをしていた。

 ガキの遊びを高校生が本気でやるって、めちゃくちゃ楽しいんだよな。

 一ノ宮が遊びを提案すると、同学年だけでなく後輩たちも集まるほどだ。

 さーてどこに隠れっかなーなんてうろついてると、オレらの教室から話し声が聞こえてきた。

 ドア開きっぱなし。机にノート広げっぱなし。そんでこそこそ話し声聞こえ放題。

 これで隠れてるつもりか、こいつら。

 ロッカーに向かって声をかけたら、玄瀬さんが飛び出してきて手で顔を扇いでる。

 どう見たって何かあったのに、あとから出てきた一ノ宮は平然と顔を見てた。


「玄瀬、顔が赤いぞ。そんなに暑かったか?」


「えっ? うん、そうだね! 暑かったよね!」


 えー、一ノ宮、お前、えー?

 あんな狭苦しいロッカーに二人で入ってたんしょ?

 どう考えてもそれ以外の理由だろって言いたいがそれはヤボだよなー。

 でもさ、これくらいはいいんじゃね?

 出ていった一ノ宮を追いかける前に、玄瀬さんに聞いてみることにした。


「んーっと……ラブ?」


「ラブじゃないっ!」


 だよねーって笑っておいたが、あれって案外脈アリじゃね?

 すぐ一ノ宮に追いついたが、こいつもなんかそわそわしてんな。


「もう鬼来たん?」


「いや、鬼は居ないが」


「じゃあなんだよ?」


 周りに誰も居ないのを確認すると、見通しのいい廊下で立ち止まった。


「……いい匂いがした」


 はぁー?

 そわそわしてたのってさっきのが理由なのか? こいつが? 一ノ宮が?


「おま……他の女子にへばりつかれた時、何も言ってなかっただろぉ?」


「そんなことあったか?」


「あったよ!!」


 入学したての頃は狙われて、それ以降は親しみでだ。

 こいつは女子から距離感を詰められがちのくせして、誰にも僻まれてこなかった。

 理由は嬉しそうにも自慢そうにもしないし、すぐに離れて男子と遊びに行ってるからだ。


「今まで気にしたことなかったな……」


「えー……お前馬鹿ぁ?」


 いつもは分かりやすい顔してんのに、そーゆー顔する?

 玄瀬さんほどじゃないが赤いし。きっと触ってただろう手なんか見てるし。

 ってか、オレの前で照れたりすんなよ、気持ち悪い!


「……ん? いや、え、てか、ラブなの!?」


 女子と話してそわそわして照れるとか、他の奴だったらすぐにからかってる。

 が、一ノ宮だぞ?

 女子に一切興味なし。男子と遊ぶのが一番楽しいって奴にそんな発想はない。


「好きだと言っただろう?」


「はぁぁぁー?」


 待て。五月のあれか? それってもう結構前だよな?

 こいつ、あのころから好きだったのか!?


「玄瀬に言うなよ?」


「言わねーよ!!」


 ちょっと待て待て、玄瀬さんだろ?

 オレはあんまし話したことないが、結構おとなしい子だよな?

 秀才の小豆沢さんとちょいギャルの蓮見といつもいる。

 いい子悪い子普通の子ってトリオ。

 あ、でも最近斉木とも仲いいみたいだよなー。

 これといって目立つ子じゃないが、女子に可愛がられる小動物系ってやつか。


「どこがいいん? 顔? 性格?」


「言わない」


「なんでだよー、教えろよー」


「玄瀬のよさをこれ以上知られたら困る」


「……へは」


 すっげー変な声が出た。

 やっべー、こいつめちゃくちゃ好きじゃん。

 知られたところでお前に勝てる男子なんてそうそういねーのに。

 

「告んねーの?」


「今はいい」


「なんで?」


「楽しいからな」


 めっちゃいい笑顔で言われたら、けしかける気すら失せてきた。

 考えてみりゃ、二人乗りで呼び出し食らったり体育祭でペア組んだり、すでに進展してるしな。

 玄瀬さんだって結局付き合ってやってんだから、まんざらでもねーんだろーな。

 しっかし、なんにしたってガキすぎる。こいつも、多分玄瀬さんも。

 卒業までに成就すんのかね。ま、仲がいいならどうにかなるんだろーけど。


「鬼が来るぞ、逃げろ!」


「おーよ!」


 まー、こんな楽しい奴なんだし、一応応援しておいてやるか。一応。



 それからというもの、一ノ宮は何かに付けて玄瀬さんと行動してた。

 文化祭でいちゃいちゃしたり。バスケ観ながらいちゃいちゃしたり。

 試合後のあれとかなんだよ、あからさまにアピールしやがって!

 全学年参加の決勝戦でやらかすなんて、あいつ狙ってたんか?

 見てる奴らは完全にカップルだと思っただろーな。


 かと思えば、指定校推薦で受験が終わってるはずのくせに、なかなか予定が合わなくなった。

 声をかけても、明日は玄瀬と勉強するからとか、家に来るからとか。

 お前らさぁ……ほぼ毎日学校で一緒にいて、休日もなん?

 受験シーズン真っ只中、今こそオレに一夜漬けするべきだったのに!

 てか、家って! 家族公認かよ! それで付き合ってねーとかおかしーだろっ!

 そんでもって受験が終わってからだって、明日は玄瀬の合格発表だからとかさ!

 お前ら結局どうなったんだよ!?



 卒業式が終わったあと、オレたちクラスメイトは教室の前でしゃがみこんでた。

 他のクラスは最後のホームルームが始まってるが、そんなんしてる場合じゃねー!

 担任の先生も今回ばかりは納得してくれて、オレらと一緒に廊下に居た。


「シーっ! 絶対騒ぐなよっ!」


 中にいるのは一ノ宮と玄瀬さん。

 さすがに声は聞こえないが、並んで外を見る背中はいい雰囲気だ。

 前後のドアをうっすーく開けた隙間には、ビッシリ顔が並んでる。

 いけいけやれやれとクラスメイト一同が手に汗握っていると、ついに一ノ宮が玄瀬さんを引っ張った。


「――――っ!!」


 抱き合う二人を見て、全員必死に口を押さえる。

 まさかこんな青春ドラマみたいな場面に遭遇するとは。それも一ノ宮の!

 そしてついにクライマックス!

 あいつ、女子と付き合ったことなんてないって言ってたくせに、ベテラン俳優みたいにやりやがった!


「――――――っっっ!!!」


 もう無理だ! いざ突入っ!!

 クラッカー部隊が一斉攻撃をしかけると、二人はぱっと離れた。

 ごめん、玄瀬さん! 残りはあとでやってくれ!


「お前ら、ようやくくっついたのかよ!」


 男子全員でどつきに行くと、玄瀬さんも女子に囲まれてた。

 さすがの一ノ宮も照れてるだろーななんて期待してたんだが……。


「お前、もうちょっと動揺しろよな!?」


「嬉しさを噛み締めてるんだ。動揺してる暇なんかない」


「はぁー?」


 やっぱこいつよく分からん。

 っても、完璧に隠すことは無理なんだろう。

 見慣れてる奴にしか分かんねーくらい微妙に顔が赤い。

 これを逃したら次はない。騒ぐ奴らを押しのけて一ノ宮を小突いた。


「まっさかお前があんなことするなんてなー」


「覗きなんて悪趣味じゃないか?」


「オレら一年お前らを見守ってきたんだ。これくらいいいじゃんかよ」


「……仕方ないか」


 おー、やっぱり照れてる。気まずそうに顔なんかかきやがって。

 そんな一ノ宮が玄瀬さんに気づいて手を振ると、バスケの時と違って振り返してきた。


「ま、よかったね」


「ああ……ありがとう」


 これにて一応の応援も終わりかー、なんて思ってたんだが。

 卒業したくらいで、オレたちの関係が終わるはずねーんだよな。

 新しい生活にすっかり慣れた頃に、見慣れた奴はやってくる。

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