一年の時から同じクラスな同級生の襲来

「……玄瀬と喧嘩した」


 突然押しかけてきた一ノ宮を追い返すことができなかった。

 大学入学を機に一人暮らしを始めたオレは、ようやく終わったレポートを前にぐーたらしてた。

 でもだからってアポ無しはどうなん? オレの予定把握してんの?

 高校の時と変わらず遊んでるからそうかもしれんけど!

 どーすっかと悩んでると、玄関から丸見えのワンルームを見た一ノ宮が軽く手を上げた。

 

「斉木も来てたのか」


「えーっと? うーんと、あはは……」


 オレと同じくぐーたらしてた斉木を見て驚きもしねー。

 そんだけ一大事ってことなのか。ここまできたら聞かなきゃ損ってことで部屋に上げた。

 男の一人暮らしに客用のものなんてあるわけがない。

 地べたに三人で座って話を聞いてやることにした。


「んで? お前と玄瀬さんって喧嘩なんてすんの?」


「えっ、玄瀬ちゃんと喧嘩? うっそ、ありえないっしょ!?」


 ほんとそれ、ありえねー!

 あのバカップルが喧嘩なんて絶対起こらないだろ。

 一体どんな天変地異が起こったのかと思ったら、一ノ宮は渋い顔で言った。


「玄瀬に可愛いと言ったら怒られたんだ。言うなと言われて無理と答えたら、先に帰られてな……」


「は? 惚気?」


「違う」


 えー……何これ。オレには理解できん。

 一ノ宮は大真面目だが、玄瀬さんのことはよく分からんし。

 どうやって聞き出すかと思ってたら斉木が床を叩いた。

 下の人に怒られるからやめて?


「それだけで分かるわけないじゃん! 詳しく説明!」


 さすが、こういう時は女子が適任だ。

 らしくなくぼそぼそ話す一ノ宮に対し、鬼捜査官のごとく事情聴取を済ませてくれた。


「……つまり、人前でかわいーかわいー言ったってこと? それを玄瀬ちゃんが嫌がったんだよね?」


「ああ」


「そんなの怒って当たり前じゃん!」


「どうしてだ?」


「人前でってのが駄目なの! もー、どうして分かんないかなー!」


 一ノ宮の言い分は分かる。彼女を褒めることの何が悪い。

 だが男二人対女一人だというのに、斉木の勢いがオレたちの比じゃない。女子こえー。

 ぽかーんとしたオレたちに呆れたのか、わざとらしくため息をつかれた。

 んな反応されたって分かんねーもんは分かんね―よ!


「一ノ宮、顔だけはいいもんねー」


「なんの話だ」


「だからー、人前でそんなの言われたら恥ずかしいに決まってんじゃん。

 あと、玄瀬ちゃんなりに劣等感あるんじゃないかな」


「それこそなんの話だ」


 よかった。一ノ宮が分かんね―ってことは、オレがてんで分かってないのもおかしくないってことだ。

 斉木先生はそんなオレたちを前に床をバシッと叩いた。マジでやめてくれ。


「玄瀬ちゃんの気持ちを考えなさいってこと!」


「劣等感と言ってもな。玄瀬は可愛いだろう?」


「可愛いよー。でもそれとこれとは違うんだよ」


 はいまたため息。

 オレたちがそんなに駄目なのか、斉木の勘がよすぎんのか。

 一ノ宮もふてくされた顔してる。


「言われるのは嬉しいだろうけどさ、いたたまれないっていうか?

 その相手が見た目だけはいい彼氏ならなおさら。周りの目を気にしちゃうじゃん」


「俺は自分の見た目がそこまでいいとは思わないんだが……」


「それと一緒。自分のことを可愛いって思える女子なんてなかなか居ないよ。

 まー、人前でほいほい言うんじゃなくて、大事な時に言えるようになったほうがいいんじゃないの?」


「ふむ……参考にしよう」


 やべー、全然分かんね―。

 言うなって言いつつ言ったほうがいいって、結局どっちなんだ?

 あとで答えを聞くか。俺より一ノ宮が考えるほうが早いし。

 斉木先生の授業が終わったチャイムか、床に置いてあるスマホがブーブー唸った。

 テーブルに置いてくれ。それかバイブ切って。


「ちょうどいいとこに。蓮見っちから連絡来たよ。玄瀬ちゃんと居るみたいだからあとで合流する?」


「ああ、頼む」


「りょーかい。あ、アドバイス料としてお菓子買ってきて!」


「やっすい料金だなぁ」


 斉木は蓮見さんとの連絡に夢中なのか、それきり返事をしなくなった。

 はいはい、行ってきますよっと。

 一ノ宮と外に出ると下の階は物音一つしない。留守だ、助かった!

 コンビニまで歩いて五分。

 いつもならくだらない話をするが、今日は気になって仕方ないことを聞いてみる。


「一ノ宮さ、お前、どうして斉木が居るのかって聞かんの?」


 オレ的にはだいぶ勇気を出したんだが、きょとーんとした顔をされた。


「付き合ってるなら一緒にいるのは当たり前じゃないか?」


「おい待て、オレ言ってないよな!?」


「長い付き合いだからな」


 余裕な顔で笑われると腹が立つ。

 ってことはもっと前から気づいてたってことか!?


「いつからだよ!?」


「卒業旅行だろう?」


「バレてるっ!!」


 こいつ、今まで恋愛なんて無関係みたいな顔してたくせに!

 家に戻ってからも斉木と女子トークなんてしやがって。

 家主なのにぼっちでいると、待ち合わせ時間が近づいてようやく車を取りに出ていった。


「んーっと、斉木さ」


 クローゼットから上着取り出してるが、いつのまに占領されてたんだ。

 それは今はいいとして。


「一ノ宮に言ったのって、オレへの要望だったり……?」


「たまにはそういう言葉ももらってみたいよねー」


「努力します……」


 そう簡単に言えたら苦労はしないが。

 さらっと言える一ノ宮がやっぱおかしいんだよなぁ。

 スマートに乗り付けやがった車に乗って、仲直りの旅が始まった。

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