物足りなさと仲直り
そろそろ夕方な時間帯。
私たちは高校の近くの公園に来ていた。
遊具のある場所は家族連れで賑わっているけど、ベンチが並んでるだけのここは人が少ない。
あれから久美プロデューサーの先導のもと、ショッピングモール縦断作戦が決行された。
普段は恐れ多くて選べない服を提案され、パウダールームで髪とメイクもばっちりだ。
「うぅ……変じゃない?」
「変じゃないって! 鑑見たでしょ?」
大きな鑑で見た服装は、確かに可愛い系女子だった。
自分じゃ絶対選ばない可愛いブラウスに、ざっくりニットのカーディガン。
大人っぽいけどミニなスカートには、せめてもの情けとして薄いタイツを履かせてもらった。
くるぶしは隠すなって言われたから、足元はきらきらなビーズの付いたバレエシューズだ。
髪だってこてで巻かれて、上半分はきれいなお団子になっているはず。
首元で揺れる髪はくるんとしていて、ちょっと白雪さんみたいだなって思ったり。
お化粧だって久美が丁寧にやってくれて、肌はラメラメでまつげはふさふさだ。
別人みたいに可愛い格好は、なんだか女子大生のコスプレをしている気分だ。
となると、るいさんの言葉を思い出す。
「……楽しむのが大事?」
「そうそう、分かってるじゃん」
「でもちょっと寒い……」
「おしゃれは我慢! せっかくダイエット成功してるんだから隠しちゃもったいないよ!」
た、確かに……。
るいさん直伝のダイエットは、後ろ向き思考でやったというのに想像以上の効果が出ている。
それに久美Pの力が加われば怖いものはない……はず。
だけど慣れない格好は落ち着かないもので、ベンチに座って何度も服や髪を触ってしまう。
「そろそろ来るだろうから、あたしたちは向こうに行ってるね!」
「終わったら戻ってくるから。頑張って」
久美と絢ちゃんが遠くのベンチへ行ってしまうと、ちょうど待ち人の姿が現れた。
きょろきょろと周りを見回しているから、私には気づいていないんだろう。
そっと立ち上がって自分の体を見下ろしてから、勇気を出して声をかけた。
「……い、一ノ宮くん」
ちょっと声が裏返っちゃった。
だけどちゃんと聞こえたようで、私を見つけて近づいてくれた。
お互い手を伸ばしても届かない距離で止まると、一ノ宮くんは私をじーっと見つめている。
驚いてるのかな? いつもより長々とまじまじと観察されているみたい。
私の格好が理由だって分かってるけど、なんだかこそばゆいというか……。
こうなったら先手必勝だ。一ノ宮くんの視線を遮るように、思いっきり頭を下げた。
「ごめんなさいっ!」
顔を上げるのが怖い。
だから、前で両手を握り合わせたまま続けてしまうことにした。
「あの……言わないでって、言っちゃって。私、自信が持てなくて、あんなこと言っちゃって……」
ちゃんと言おうって思っていたのに、うまく口から出てきてくれない。
焦ってもっと変になって、頭がじんじん痛んできた。
これじゃ駄目だ。ちゃんと言い直そうと思っていると、一ノ宮くんの反応がないことに気づく。
目の前にいるのに返事をしてくれないって……。
恐る恐る顔を上げると、一ノ宮くんの目とぱっちり合ってしまった。
「あの……怒ってる、よね?」
目をそらさないように頑張りながら聞くと、はっとしたように瞬きをした。
「どうしてだ?」
「……可愛くないこと、言っちゃったから」
一ノ宮くん、なんだかいつもと違う……。
怖くはないけど、いつもの優しい雰囲気がない。
やっぱり駄目なのかな……。
言われるかもしれないことを想像して涙が出そうだけど、ちゃんと聞かなきゃ。
手をぎゅーっと握って待ってると、一ノ宮くんは少し長い黒髪をちょんとつまんだ。
「いや……ちょっと見とれてた」
少し恥ずかしそうに言われると、耳の先まで一気に熱くなってしまった。
そんな風に言ってもらえるなんて……。
私も抑えていた恥ずかしさが戻ってきちゃって、二人でちらちらと視線をそらしてしまう。
「あの、これ、久美がね? プロデュースしてくれて、変かもなんだけどっ!」
「よく似合ってるぞ」
はっきり言われるともっともっと恥ずかしくなる。
だけどいつもと違う言葉だって気づいて、ほんの少しだけ頭が冷えた。
いつもは、可愛いぞって、言ってくれてた。
言わないでって、自分で言ったのに……。
そんな私に気づいているのかいないのか、一ノ宮くんは私にしっかり顔を向けた。
「俺も、玄瀬の気持ちを考えずに押し付けて、ごめんな」
「……ううん。私も、ごめん」
お互いに謝ると、ようやく一歩近づけた。
ベンチの前で向かい合って立ったまま、いつもよりぎこちない空気が流れる。
「話を蒸し返してしまうが……玄瀬は、可愛いと言われたくないのか?」
気まずそうな表情に罪悪感が湧き上がる。
一ノ宮くんは今までずっと言ってきてくれた。
それをいきなり拒否するなんて、一ノ宮くんがどう思うか考えることすらできなかった。
ちゃんと説明しないと。
本当は恥ずかしいし、みっともないし、情けないけど……。
ここですれ違ったままより、絶対にいいと思うから。
「言われたくない……わけじゃなくて」
そう前置きしてから、私は今日まで悩んでいたことを言ってしまうことにした。
「ずっと……不安だったんだ」
別の大学になって、私の知らないたくさんの人と接していることが。
私よりも可愛くて、きれいで、頭が良くて、明るくて。
そういう人は絶対にいるはずだから。
そっちに目が行っちゃうかもって思うと悲しいけど、仕方がないのかなって気持ちもあって。
一ノ宮くんは私の話を遮らずに聞いてくれて、少しずつ抱えていたものが減っていく。
「なのに、一ノ宮くんはいつも私のこと、可愛いって言ってくれて。
嘘で言ってるわけじゃないって分かってるけど、周りはそうじゃないだろうなって」
浮かんでしまったまま居座る言葉を、ゆっくり口にした。
「一ノ宮くんと……釣り合わないって、思われてるかもって考えると、辛くて。
そういう風に考えちゃうのが嫌で……どうしていいか分かんなくなってた」
少し声が震えちゃったけど、ちゃんと言えた。
私をずっと見ていてくれた一ノ宮くんは、固くなっていた表情をふっと緩めてくれた。
怒っているようにも、呆れているようにも見えない。
いつもの優しい顔が見れて、ようやく私も肩の力が抜けた。
「玄瀬は、俺のことでそんなに悩んでくれているんだな」
握りしめたままの手を取られ、上からふんわり覆われる。
恥ずかしさで体温が上がっている私と反対に、その手はとても冷たかった。
「気づけなくて、悪かった」
「私が勝手に思ってただけだから。一ノ宮くんが謝ることじゃないよ」
これで全部言えたかな。
何かが解決したわけじゃないけど、隠しているよりずっとよかった気がする。
私からも手、握っていいかな。
自分で握ったままの手を緩めようとしたら、その前に両手でぎゅっと包まれた。
「これが不安の解消になるかは分からないが……俺は玄瀬のことしか目に入っていない。
告白してくれる女子に対しても、申し訳ない気持ちしか持てないんだ」
「えぇ……? どう、して?」
今、なんかとんでもないことを言われたような……。
だけど疑問のほうが勝って、どうにかこうにか聞き返した。
「理由は一つしかないだろう?」
いつもだったら、からかうように笑っていたのかもしれない。
でも今日はそんな雰囲気はまるでなくて、しっかり言い聞かせるみたいに言ってくれた。
「こんなに好きな彼女が居るんだ。他に目を向ける余裕なんてない」
いつもたくさんの言葉をくれる一ノ宮くんだけど、こんなに真剣で恥ずかしそうなのは初めてだ。
真っ直ぐに堂々と、はっきりと伝えてくれる。
勘違いや思い違いをする余地もないくらい、正直な言葉で。
私は、こんなに思ってもらえてるんだ。
そう気づけたら、ずっともやもやしていたものが一気に消えてしまった。
その隙間を埋めるように湧いてきた気持ちを、どうすればいいんだろう。
胸がきゅーっとして、頭がふわふわして、身体が震えちゃいそうで。
顔を合わせているのがすごく恥ずかしいのに、ずっと見ていたい。
正反対の気持ちなのに全然変だって思えない。
私の気持ちを伝えたい。同じ気持ちを返したい。
それにはきっと、手をつなぐだけじゃ足りない。
そう思ってゆっくり手を開いたら、手の力を抜いてくれた。
冷たい空気にさらされた手を伸ばし、一歩踏み出す。
つっかえつっかえの言葉よりも分かりやすいだろう。
勇気を出して一ノ宮くんの背中に手を回し、ぎゅうっと抱きついた。
触れ合った場所から心臓の音が聞こえる。
速くて強くて、自分の音と混じって大忙しだ。
「……嬉しい」
負けないように呟くと、一ノ宮くんが力強く抱きしめてくれた。
いつもの一ノ宮くんの匂いと、ほんの少しだけ車の匂いがする。
そんなことが分かるようになったのって、いつからだったっけ?
北風は冷たいのに、重なった部分は熱くて熱くて仕方がなかった。
「私さ……一ノ宮くんには追いつけないかもしれないけど、頑張るから」
不安がってるだけじゃ駄目。受け身のままで居るのも駄目。
誰にも取られたくないなら、ずっと好きでいてもらえるようにしなきゃ。
自分で自分を応援しながら、離れないように力を込める。
なのに一ノ宮くんはちょっと笑って私の肩に顔を寄せた。
「玄瀬の中の俺は、どれだけ完璧超人なんだ?」
「分かんない。少なくとも私とはステージが違うかなって」
「勝手に離れた場所に置かないでくれ」
おでこをぎゅっと押し当てられると、なんだかしがみつかれているみたい。
身体が少し痛いけど、力を抜いてだなんて言うわけがなかった。
「どうしたら仲直りできるかずっと考えてた。一晩経っても思い浮かばないから周りに相談もした。
叱られたり呆れられたりしてようやく分かったくらいなんだ。
なのに、俺と玄瀬はそんなに違うか?」
そっか……。
なんでもそつなくできちゃうと思ってたけど、一ノ宮くんだって恋愛は初めてなんだ。
お互い全然経験がなくて、恋人っぽいことをできてるかも分からない。
だけど悩んだり相談したりするから、こうして一緒にいられるんだ。
「……ううん、同じ」
私だけじゃなくて、一ノ宮くんも考えてくれる。
一人じゃないって分かったら、なんだか鼻の奥がつんとしてきた。
「なんか泣きそう……」
「ハンカチはあるぞ?」
「お化粧取れちゃうから駄目」
久美がすっごく頑張ってくれたんだから台無しにしたくない。
上を向いて瞬きをしていたら、一ノ宮くんが笑っているのが見えた。
「おーいバカップル、そこのファミレス集合!」
「うひゃいっ!?」
遠くからの大声にびっくりして見ると、久美と絢ちゃんが居る場所に斉木さんと堺くんが居た。
堺くんは一ノ宮くんと一緒だったのかな?
斉木さんは久美が呼び出しちゃったのかもしれない。
大きく手を振ってくれるのは嬉しいけど、いくら人が少ないからって大声でバカップルはちょっと……。
いや、そもそもお外でこんなことしてるほうが問題だ!
慌てて離れようとしたら、まるで見せつけるみたいに抱き寄せられてしまった。
「あとで合流する」
答えるための大きな声が私の身体にも響いてくる。
くっついてる時は小声で話すことが多いから、なんだか変な感覚だ。
一ノ宮くんから伝わる全部にドキドキしていると、久美がとんでもないことを叫んだ。
「あ、そーだ! ちゅーしたらリップ取れちゃうからね!」
「しないからぁっ!?」
くっついてた身体を思いっきり離してしまったのは仕方ないはず!
ぶわぶわっと顔が熱くなるのを感じている間に、みんなはファミレスへと向かってしまった。
いたたまれない……。
ちらっと様子をうかがうと、一ノ宮くんが手を差し出してくれた。
「玄瀬、行こう」
「うー……うん」
握った手はあったかい。
やっといつもと同じになったなって思いながら、誰も居ない公園をゆっくり歩いた。
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