素直な気持ちと大人の触れあい

 駐車場につく頃には、そろそろ夕焼け空になりそうだった。

 ファミレスは近いけど車を置いていくこともないだろう。

 いつものようにちっちゃかわいい車の助手席に向かおうとしたら、なぜか後部座席のドアを開けられた。


「行かないの?」


「もう少し話したい」


 そんな風に言われたら急かすこともできない。

 ちょっとおねだりをするみたいな一ノ宮くんが珍しくて、引かれるままに座った。

 助手席が指定席みたいなものだから、後ろに乗るなんて初めてじゃないかな?

 座面は広いけど足元は結構狭いんだなぁなんて思っていると、繋いだ手をぐっと引かれた。


「ど、どうしたの?」


 少しオレンジっぽくなってきた日差しの中、一ノ宮くんは妙に真面目な顔をしていた。

 自分の悩みが解消されてすっきりしてたけど、もしかしてまだ解決してないことがあった?

 大急ぎで考えていると、一ノ宮くんが少し不満そうに眉を下げた。


「今回のことで思ったんだが……俺が玄瀬のことを好きなのは、伝わってるか?」


「……えぇ?」


 いきなり何を……。

 問題再発ってわけじゃないのはいいけど、この質問もなかなか難問だ。

 もちろん! なんて言えるのはバカップルを自覚している人だけだろう。

 私は何度言われようが違うって言うし、人の気持ちを完全に理解することなんて無理に違いない。


「……多分」


「じゃあ、ちゃんと聞いてくれ」


 一ノ宮くんは私の無難で尻込みした答えに怒ることなく、じっと顔を合わせた。

 長いまつげが影を作ってきれいだな、なんて思っていられたのは一瞬のことだった。


「好きなことに一生懸命なところ、っていうのは前に言ったよな?」


「えっと……うん」


「友だちを大事に思っているところもいいと思う」


「そう、かな?」


 これは一体なんだろう。

 物音一つしない車の中で一ノ宮くんの主張は続く。


「感情が豊かなところも、表情がよく変わるところも、見ていて飽きない」


「う、うぅ……?」


「俺の行動に呆れたりせずに、一緒に楽しんでくれることも嬉しい」


「あ、あの、一ノ宮くんっ?」


 表情一つ変えることなく語られる内容に、さっきとは違う恥ずかしさがこみ上げた。

 だって、褒めすぎじゃないっ!?

 そんなつらつらと称えられるようなものじゃないのに!

 止めようと思って手を引くと、反対の手でほっぺを触られた。


「俺に対して恥ずかしがるところも、玄瀬には悪いがずっと見ていたい」


「ストップ! ちょっと落ち着こう!?」


「俺はずっと落ち着いてるぞ?」


 確かに一ノ宮くんはいつもどおりだ。だけど私の頭は大混乱の大騒動だ!

 これって、その……一ノ宮くんが、私のことをどう思ってるかって話だよね?

 にしては言い過ぎっていうか、オープンすぎっていうか……。

 過剰な褒め言葉に冷や汗をかいちゃいそうだ。

 だけど悪いことをされてるわけじゃないから、無理に止めるのも違うような……。

 そんな一瞬の葛藤の間に、さらなる爆弾が落とされた。


「そんな玄瀬がいじらしくて、見る度に大好きだと思うんだ」


 親指ですっと撫でられると、頭に一気に血が登った。

 恋愛マンガのヒーローみたいなことを平然と言うなんて!

 ありえない! 羞恥心が迷子! リアル二次元めっ!!

 意味不明な言葉が飛び交って口を開けないでいると、熱々になっているほっぺを両手で挟まれた。


「俺が好きでいることは、玄瀬の自信にはならないか?」


 もうやめてっ、私のライフはもうゼロよっ!

 自信満々の笑顔が眩しすぎて目が潰れそう!

 こんなことを言われたら頷く以外にできることはない。

 だけど顔を動かすこともできなくて、目だけで見上げて答えた。


「……なる、かも」


「足りないならまだまだあるぞ」


「もう分かったから!」


「いや、俺の求める水準までは分かってないはずだ」


「要求水準が高すぎるよっ!」


 これ以上聞かされたら体温が上がりすぎて死んじゃう。

 それに私ばっかり恥ずかしくって、一ノ宮くんばっかり余裕なんてずるい!

 落ち着くことのない興奮に任せてギッと睨んでしまう。


「だったら聞くけどさ!

 私だって一ノ宮くんのこと、すっごく、すっごく好きなんだけど、ちゃんと伝わってる!?」


「伝わっているが、たまには聞かせてくれると嬉しいな」


 ほら、やっぱり余裕だ! 私のほっぺを撫でて遊ぶくらいに!

 遊ばれるのは嫌だけど引き剥がすのも嫌で、動けないように上から両手で押さえることにした。


「一ノ宮くんのさっ、みんなと遊んでる時の子どもっぽいところとか!

 イベントの時のちょっと大人っぽいところとか!」


 出会ってすぐに思ったことは、付き合ってる今だって変わってない。

 私だけが知っているわけじゃないと思うけど、両方知って好きになったのは私が最初だと思う。

 これはちゃんと胸を張って言えるって気づいたと同時に、そうじゃないところにも気づいてしまった。


「二人きりの時の、どっちか分かんないところ、とか」


 今の一ノ宮くんは、子どもなのか大人なのか。

 分からないけど、どんな一ノ宮くんでもいいんだけど……。


「いろんな一ノ宮くんといると、いつもドキドキする、というか……」


 考えているうちに興奮が落ち着いてきて、怒った勢いで言ったことを今更になって後悔する。

 一ノ宮くんは平然としていたけど、もしかしてこれって言うほうが恥ずかしいんじゃ……?

 気づいたところで後の祭り。

 中途半端でもう言わないなんて言えないし、手を押さえている身では逃げることもできない。

 それに……。


「続きは?」


 私を見つめている一ノ宮くんが、いつもよりも嬉しそうに見えたから。

 言うことで喜んでくれるなら頑張って伝えたい。

 一人で溜め込んで喧嘩するなんてもう嫌だから、目をそらさないようにして口を動かした。


「優しくしてくれるところ、とか。一緒に居て楽しいところ、とか。

 私の背中を押してくれるところ、とか……」


 うぅ……恥ずかしい。

 平気な顔で言っていた一ノ宮くんはオリハルコン製の心臓なんだ。

 そんな八つ当たりをしながらも、ちゃんと最後まで言い切った。


「そういうところが……好き、です」


 きっとそろそろ倒れると思う。

 下手したら心臓発作や呼吸困難が先かもしれない。

 触らなくても鼓動が響いちゃうんじゃないかと思っていると、ぐらぐらな頭を支えていた手が離れた。


「ありがとう」


 隣り合って座ったまま、ぎゅっと抱き寄せられた。

 正面からじゃないとうまくくっつけないらしい。

 ちょっと無理な姿勢になりながら、私も一ノ宮くんの背中に腕を回した。


「嫌だったら断ってくれていいんだが……」


 顔だけ離しておでこを合わせると、ちょっと気まずそうに言われる。


「他に言葉が見つからないから、二人の時は言ってもいいか?」


 わざわざ聞くということは、喧嘩の発端になってしまったあの言葉だろう。

 私だって本当に嫌なわけじゃない。

 むしろ、言ってもらえないのが寂しく感じちゃってたんだから。

 本当は言ってほしいくせに。

 駄目って言いながらお願いするのは違うかなって逃げて。

 結局、相変わらず可愛くないことを言ってしまった。


「……二人の時だけなら、いいです」


「よかった」


 一ノ宮くんは安心したように、ほとんど距離のない場所で笑った。

 本当に、一ノ宮くんは優しすぎる。

 自分の行動に反省しなきゃと思いながらも、今はその優しさに甘えてしまうことにした。


「今日の格好が可愛い」


 まつげが触れそうな距離なのに、一ノ宮くんは一切戸惑うことなく言ってくれる。

 まるで言えるのが嬉しいって言ってるみたいだ。


「慣れない服に戸惑っているところも可愛いし、そうやって頑張るところが一番可愛い」


 優しい顔と声で言われると、他のことは身体に入ってこない。

 きっとこの先誰になんて言われても、今を思い出しちゃうだろう。

 嬉しそうなのが、嬉しい。

 こんなに喜んでくれるんだったら、もっともっと言ってもらいたい。


「好きな子だから、見た目も中身も全部可愛いと思うんだ」


 そう言って、鼻と鼻を触れ合わせた。

 おでこと鼻がくっついてたら、もうほとんど触れているようなものだ。

 息をすることすら恥ずかしくて、気付かれないように呼吸を止めた。


「恥ずかしがるところも可愛くていいな」


「一ノ宮くんはもう少し恥ずかしがっていいと思う……」


 頑張りたいけど限界はある。

 触れ合った場所の体温で、私の恥ずかしさは伝わってるだろう。

 そうだ、絢ちゃんに言われたんだ。

 可愛いって言われたら、ちゃんと答えればいいんだって。


「あの……ありがと。一ノ宮くんがそう思ってくれるなら、嬉しい」


 一生懸命口にすると、一ノ宮くんは久々に楽しそうにニッと笑ってくれた。

 思ったことを伝えるのって、大変だけど見返りが大きいんだな……。

 いろんな気持ちの中でしみじみと思いながら、褒めてくれた一点を思い出した。


「えーっと……これは久美の神業だから、再現できないと思うんだ」


「そうなのか? こういう格好もいいが、いつもの玄瀬も可愛いからな」


 うぅ……嬉しい。

 こんな風に言ってもらえるなら、久美の個人レッスン受けてみようかな。

 今日だけでいろいろ買い揃えたことだし……。


「玄瀬、メイク道具持ってるか?」


「え? うん、基本的なものは……」


「なら、後で塗り直してもらってもいいか?」


 どうして、なんて聞き返すことはできなかった。

 熱っぽい目で見つめられれば、この先のことなんて分かっちゃうからだ。

 小さく頷くと嬉しそうに目を細め、さっきよりも強く私の腰を抱き寄せた。


「今日の玄瀬はいい匂いがする」


「香り付きのリップ使ってるからかな? フレッシュピーチって書いてあったような……」


「美味しそうだな」

 

「味はしないって書いて、んむぅ」


 ほとんど離れていなかった唇が押し付けられ、言葉が止まってしまう。

 そんな急いでしなくていいのに……。

 ちょっと強引なキスにきゅっとときめいてしまった。


「美味しい」


「そんなはずないよっ!」


 ふにふに押し当てられるたびに、一ノ宮くんにも同じ匂いが移ってるようだ。

 匂いも甘いし空気も甘い。

 だけど、一ノ宮くんの表情が一番甘いんじゃないのかな。

 それくらい、幸せそうにキスをしてくれる。


「……大人のほうもいいか?」


 色気たっぷりに聞かれたらもう、言われるがままだ。

 身体を少し傾けられると、頭の後ろに窓があたった。

 考えてみればここは公園の駐車場だ。

 そこら中にある窓からは間近に生える街路樹が見えた。


「ま、待って、ここ外!」


「大丈夫だ。ここは一番端だから誰も来ない」


 確かに、ここに来るまでずいぶん歩いたっけ。

 いつもだったら一番近くに停めるっていうのに。

 人っ子一人見当たらない外を背景に、私に覆いかぶさる一ノ宮くんを見上げた。


「……こういうこと、するため?」


 もしもそうだとしたら、ものすごく意外だけど嬉しいというか……。

 ぽわぽわする頭はお花畑で、まともな思考ができていない気がする。


「いや、結果的にはそうなったが……」


 対する一ノ宮くんはそうじゃなかったらしい。

 気まずそうに視線をそらし、すぐに私に目線を向ける。


「……もしも玄瀬に振られでもしたら、自分がどうなるか分からなかったから」


「えぇ……?」


 さらに意外な答えに驚いてしまった。

 私が一ノ宮くんを? そんなまさか。

 というか、一ノ宮くんもそういうこと考えるんだ……。

 こういうところも私と違わないんだなって思ったら、なんだか嬉しくなってきた。


「私から振ることなんてないよ?」


「俺もないから、ずっと一緒だな」


 二人で笑って、ぎゅうっと抱きしめあった。

 頭に当たる冷たさを感じながら、もっと温かくなりたいって思ってしまう。

 どうすればいいかなんて簡単で、私が頷けばすぐにでもくれるだろう。

 だけどやっぱり外も気になるもので、激しい葛藤の末に妥協案を出した。


「カーテン、してくれたら……いいかなって」


「顔が見えなくなるだろう?」


 むぅ、確かに。

 街路樹の合間から入る夕日がなくなったら、車の中は真っ暗だ。

 できることなら、一ノ宮くんの顔はずっと見ていたい。

 そんな誘惑に揺れていると、一ノ宮くんが私の顔の横に腕をついた。


「俺の身体で隠すから」


 うぅ……窓ドン!

 背もたれと腕に囲まれて逃げ場がない。逃げる気もないけど。

 おあずけをされてるみたいにじーっと見つめられると、駄目だなんて言えっこない。

 視界のどこにも窓がなくなったんだからと、小さくいいよって言ってあげた。


「見えなくなるまでこうしていたい」


 私って、一ノ宮くんのおねだりに弱いのかな。

 全然慣れない大人のキスをされながら、太陽がゆっくり沈めばいいのになんて思ってしまった。



 結局ファミレスに着くころにはとっぷり日が暮れていて、みんなの生暖かい歓迎を受けた。

 だってメイクは直したっていうのに、一ノ宮くんのうるつや唇を指摘されるなんてっ!

 みんなの冷やかしは応援だって分かってるけど、あまりにもいたたまれなさ過ぎて辛かった。

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イベントで出会った同級生との関係(連載版) 雪之 @yukinobu

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