イベント参加と同人誌
「ただいまより、コミック☆みーと・秋、を開催いたします!」
秋も深まる10月。私は久しぶりのイベントに参加していた。
といっても、今日は売り子のお手伝い。
そして今回のサークル主は、初参加だという紗織ちゃんだった。
「朋ちゃん、付き合わせちゃってごめんね」
「ううん。こっちこそ、初参加に誘ってもらって嬉しい」
今日は頒布物の搬入から設営まで、一からお手伝いをさせてもらった。
自分の時には気づけなかったこともあるし、次回の参考になるかもしれない。
……なんて思ってはいるけど、実際次があるのか微妙なところだ。
お絵かきはずっと続けているけど、形にできるかといえばノーだ。
大学とバイトで単純に時間がないというのもあるけど、同人誌を作るのってお金かかるんだよなぁ……。
寂しいお財布事情を思い出し、今日のために作った宝の地図に修正を加える。
「ペーパー描いてもらったし、終わったらご飯奢るわ」
「別にいいって。普通にアフターしようよ」
ギャルゲーマーである紗織ちゃんは、自分で絵を描くことはしない。
だけど本を出すのに文字だけだときついということで、オタ友である私に声がかかったというわけだ。
そんな紗織ちゃんの頒布物は、女性プレイヤーによるギャルゲ考察本。
無知識な私はペーパーを描くにあたって、プレイ動画鑑賞と熱の入った解説を受けることになった。
手を出したことがないジャンルだったけど、紗織ちゃんの語り口はとても興味深かった。
新たな扉が開きかけているけど、今のところ手はだしていない。まだ。
「アフターって、彼氏いいの?」
「多分、時間合わないんじゃないかな」
始まったばかりの会場にはそこかしこに大行列ができている。
その周りで鮮やかな誘導をしているのはスタッフさんたち。
一際機敏に動いているのは、コミッとの赤い彗星と呼ばれているらしい一ノ宮くんだった。
実はあの日……学祭に遊びに行った日から、しばらく会えていない。
単純にお互い忙しかったっていうのが理由だけど、今の私には正直ありがたかった。
あの日気づいてしまったことは、今も私の頭の中をぐるぐるめぐっている。
「おはようございます、玄瀬さん」
ぼーっと人だかりを眺めていると、鈴が鳴るような愛らしい声がした。
思わずそちらに顔を向けると、そこには二次元から出てきたかのような女の子が居た。
ぱっちりとした大きな目。真っ白な肌。そして艶のある髪はくるんとカールされている。
シックな赤いスカートと微かに花柄の入った白いブラウスは、細かな部分まで繊細だ。
真っ白なタイツに編み上げブーツというロリータファッションは、久しぶりの白雪さんだった。
「白雪さん!」
「そんなに大きな声を出さないでくださいませ。巡回中にお見かけしたからお声がけしただけですのに」
ふんっと顎を上げる仕草が可愛すぎてうっかり萌え滾ってしまう。
白雪さんは首からスタッフ証を下げていて、離れたところには一緒に回っているらしい人もいた。
「ご、ごめんなさい」
「分かればよろしいです」
つんっとそっぽを向かれると、机を乗り越えて追いかけたくなってしまう。
そんなことをしたらさらに怒られてしまいそうだから、お行儀よく膝に手をおいた。
それにしても、去年会った時とは雰囲気が少し変わったように見える。
確か高校生だったよね。
可愛いだけじゃなく、凛としたきれいさも兼ね備えているように見えた。
「……列が落ち着いたら一旦休憩になります。一ノ宮さんも少しはお時間を取れるのではないですか」
そういい捨てて、白雪さんはすたすたと遠ざかってしまった。
一ノ宮くんの休憩って……白雪さん、どうしてわざわざ私に教えてくれたんだろう。
可愛さの余韻と言葉の疑問にあてられていると、紗織ちゃんが肩をつついてきた。
「何あのツンデレロリ」
「私の心の妹!」
「朋ちゃん、お姉さま属性じゃなかった?」
「どっちもいけるの!」
るいさんがお姉さまなのは絶対だけど、白雪さんの妹属性も譲れない。
あんまりしつこくして嫌われるのも嫌だから、遠くから見守るだけにしているけど。
「すんごい美少女ね。全ルートコンプしないと攻略できない未開放キャラみたい」
紗織ちゃんの評価はいつも独特だ。
そういえば……白雪さんって、前に一ノ宮くんに片思いしていたんだよね。
初対面で伴侶とかなんとかなかなかの爆弾発言をされて、結局別の気持ちだったみたいだけど。
……もしも、白雪さんが本当に一ノ宮くんに恋をして、告白したとしたら。
私だったら絶対に断らないなって思って、なんだか少し凹んでしまった。
「もっと違う服にすればよかったかなぁ……」
可愛すぎる白雪さんと比べられるわけがないけど、自分を見下ろしてため息が出る。
イベントに来る時は機動力重視。
飾り気のないシンプルな格好は、見惚れる要素が欠片もない。
ちなみに、紗織ちゃんはいつもどおりのキャリアウーマン風ビジネスファッションだ。
唯一の違いは伊達眼鏡だけど、極細フレームだからあんまり変化はない。
「で? せっかく久々に彼氏の勇姿が見れるっていうのに、なんで浮かない顔してるの」
まだまだ人がばらけていない時間帯だから、スペースの周りはのんびりとしている。
だからこその雑談なんだろうけど、今は話題にするのがしんどかった。
「別に、一ノ宮くんに会いに来たわけじゃないし」
「同じ場所にいて会わないってのは、むしろ避けてるって言うわよね」
痛いところをつくのはやめていただきたい。
膝の上で手を握り、遠くに見える赤色を目で追った。
いつまでも答えの見えない悩みは、このまま私の中に居座るのか。
かといって、一ノ宮くんに言ってどうこうなる問題でもない。
「ねぇ、朋ちゃん。人に説明するには、まず自分が理解してなきゃいけないわよね」
紗織ちゃんは汚れていない眼鏡を拭いて、パイプ椅子に深く寄りかかった。
「ってことは、人に説明できれば理解につながるって思わない?」
「紗織ちゃん……」
わざとらしく眼鏡を押し上げるのは、照れ隠しなのか。
ブルーグレーのアイシャドウをした目元は、冷たい色合いでも優しかった。
「ふーん……それで最近様子がおかしかったのね」
学祭での出来事を洗いざらい話すと、紗織ちゃんは腕を組んで天井を見上げた。
私がやると眠たいの? って聞かれるけど、紗織ちゃんだと熟考しているんだと分かる。
邪魔をしないように黙っていると、周りの話し声やスタッフさんたちの呼びかけが聞こえてきた。
一ノ宮くん、忙しいんだろうな。
休憩時間になったらきちんと休んでほしい。
「うん、納得したわ」
考えが終わったらしい紗織ちゃんは、悠然と頬杖をついた。
ほっぺがぶにっとなることもなく、とってもスマートな頬杖はいつも羨ましい。
同い年なのに大人びた紗織ちゃんは、ため息をつきながら眉を寄せている。
「私……そんなに変だった?」
「元気ないし、そのくせお姉様直伝のダイエットは再開するし。態度と行動がちぐはぐすぎよ」
「だってさ……どうして私なんかと付き合ってるのかって、気づかれちゃったらどうしようって。
そう思われないように、せめて見た目くらいちゃんとしなきゃって思って……」
「それでダイエットに励むっていうのも、なんだか朋ちゃんらしいわね」
私の劣等感と被害妄想に溢れた行動も、紗織ちゃんにはお見通しらしい。
だけど否定することもなくて、それだけで今の私にはありがたかった。
「朋ちゃんの彼氏、確かにモテそうよね。異世界転生しても余裕で世界を救いそうだもの」
「例えが難しいね?」
「だって、顔よし、頭よし、性格よし。
ついでに他人に嫌味も感じさせないとくれば、人生イージーモードでしょ」
忌ま忌ましい奴めって、遠くの一ノ宮くんをじろりと睨んだ。
紗織ちゃんの評価も分からなくはないけど、私たちの知らない苦労もあると思う。
何度も告白されて断るとか、イケイケな女子に狙われるとか。
できる人だからって頼られることも多いだろうし。
頼りっぱなしの私が言っていいことじゃないとは思うんだけど。
「そんな人がさ……どうして私と付き合ってくれてるんだろう」
「そりゃ、好きだからじゃないの?」
「どうして好きでいてくれるかが分からないの」
「本人に聞けばいいじゃない」
あっさり言ってくれるけど、それができれば苦労はしない。
こっちから言うのだってすごく勇気がいるのに、ましてや聞くだなんて。
積まれた本の隙間に顔をうずめて、紗織ちゃんにしか聞こえない声で呟いた。
「だって……自信ない」
「傍から見れば溺愛に見えるけどね。なんなら彼氏の片思いって言われても信じるわ」
「嘘だぁ」
「ほんとだって。バイト先の人はみんな思ってるんじゃない?
足繁く通ってくれるし、来たら絶対二人で帰るんだから」
「それは……そうだけど」
私だって、一ノ宮くんのバイト先だったらカフェでもスーパーでも八百屋さんでもどこでも通うのに。
あいにくそういった場所でのバイトはしていないから、この先も叶うことはないだろう。
「いつか、さ……」
列は今も盛況らしい。赤い姿は忙しなく動き続けていて、整うまでに時間がかかるだろう。
こうして疎遠になっていくのか。
そんなことを考えながら開いた口は、私の不安をそのまま零していた。
「一ノ宮くんが……私以外の人を好きになったり、私のことを嫌いになったり。
そういうのだって、あるかもしれないんだから」
紗織ちゃんと目を合わせるのも怖い。
膝をぎゅっと合わせていると、深いため息が響いた。
「ないわ」
「ないって、何が?」
後ろ向きすぎる私の考え、かな。
そう言われてもその通り過ぎるから、反論する気はさらさらない。
だけど紗織ちゃんは追加でため息をつき、私の頭をつんと突いた。
「彼氏が余所に目を向けたり、朋ちゃんのこと嫌いになるってことがよ。
まるでゼロ。ゼロパーセント。ゼロにゼロを掛けてもゼロ。万に一つも億に一つもあり得ない」
「そこまで言う?」
「言うわよ。いつでもどこでも玄瀬玄瀬って。
あれでいきなり振ったりしたら、あたしがあのお綺麗な顔面殴ってやるわ」
「それは可哀想だよ……」
気持ちはありがたいけどやめてあげてほしい。
過激派思考の紗織ちゃんを見上げると、眼鏡の奥の目が細くなった。
「むしろ、そういう風に考えるほうが可哀想なんじゃない?
彼氏は朋ちゃんにべったりだけど、朋ちゃんからはそういう感じはないものね。受け身っていうか」
受け身……。
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
なんというか……恋人同士のやりとりに関しては、私は一ノ宮くんにさせてばかりだ。
この間だって、結局私からは抱きつけなかったわけだし……。
「……私だって、好きなのにな」
「思ってるだけじゃ伝わらないでしょ」
もっともすぎる答えに頭を抱えてしまう。
ここで超能力でも芽生えたりしないかなぁなんて、非現実的な願望まで浮かんでしまった。
テレパシーで気持ちが伝わってくれたら、こんなに悩むことはないのかもしれない。
「どうすれば伝わるんだろ……」
「今夜一緒に過ごしてみれば?」
「そういうのはなしでっ!」
「一番簡単だと思うけど?」
「紗織ちゃんだってそういう経験ないくせに」
「二次元相手なら百戦錬磨よ」
ふふんっと自信ありげに言われると、確かにそうだとしか言えない。
じゃなきゃこんなに立派な同人誌は作れないだろう。
そろそろ待機列からのガチ勢以外も入場するころだ。
せっかく作った本なんだから、誰かの手に渡ってくれるといいな。
「本、読んでみる?」
「えぇ……?」
「男心を掴むには参考になるんじゃない?」
言われてみれば確かにそうかも……。
男性向けのゲームってことは男性が好きなゲームなんだから。
いくら小学男子といえど、一ノ宮くんだって男性だ。
響くものはあるかもと思って、差し出された本を読ませてもらうことにした。
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