12.借り物は有能でした

 体育祭当日。梅雨時期だけど天気は晴天。紫外線はレッドゾーン。

 日頃から太陽を浴びない生活をしている私には辛い天気だ。

 体操服だけだと日焼けがひどそうだから、ジャージをかぶっておこう。

 各自で自分の椅子を校庭に運び、クラス別に指定された区域内でそれぞれ好き勝手にそれを並べる。

 校庭に日陰があるわけもなく。とりあえず久美と綾ちゃんと三人で後ろのほうに座ることにした。

 競技に使用するスペースを区切るためのロープの前には、当たり前のような顔で一ノ宮くんが座っていた。

 他のクラスは特になんの準備もしていなかったらしく、色とりどりのポンポンは校庭内で一際目を引き目印としては最適だ。

 だからって競技に対するやる気があるかと聞かれると、残念ながらノーだった。

 形ばかりの開会式と準備運動をして、放送部のアナウンスに従って席へと戻る。

 手持ち無沙汰で賑やかしにしゃんしゃん鳴らしながらアナウンスを聞いていると、すぐに徒競走が始まるらしい。


「よし、勝つぞ!」


 真っ赤な鉢巻をぎゅっと巻いた一ノ宮くんは、のろのろとグラウンドに向かうクラスメイトに強くそう言った。

 その言葉に、クラスメイトのたるんでいた表情がちょっと変わる。

 なぜなら、一ノ宮くんがやる気と自信が満々な表情を浮かべていたからだ。

 そこで呆れられないのは一ノ宮くんのカリスマ性の賜物だろう。

 そんな姿を前にしたら、ちょっとその雰囲気に飲まれてしまうじゃないか。

 やる気を出した出場者を見れば、観客だってやる気が出る。

 ポンポンを持った人たちがロープ際に集まり、しゃんしゃんしゃんと振り回しはじめた。

 ヲタ芸かな? とか思うのは私だけだろう。人と人の隙間を縫って、邪魔をしない場所でコースを見ることにした。

 コースは100メートル。始まってしまえば一瞬だろう。

 放送部の実況中継もほとんど意味をなさない距離だ。

 一年生から順番に走り、すぐに進んで次は三年生の番だ。

 そしてその一番最初。赤い鉢巻を巻いてキリッとした、自信満々な表情の男子生徒。

 一斉に賑わいだしたクラスメイトの歓声の中、ピストルの音とともに駆け出した一ノ宮くんは、大方の予想を裏切らない走りをした。

 ぶっちぎりの一等賞。ゴールテープを切った一ノ宮くんはくるりと振り返ってこちらを向き、心底楽しそうにニッと笑った。

 あんな顔を見たら、ちょっとは恋する女子でも出るもんなんじゃないかな。

 そう思ったものの、同学年のクラスは大した反応を示していないし、遠くの下級生には見えなかったらしい。

 続くクラスメイトも高順位を勝ち取り、校庭内で唯一賑わう私たちのクラスのスペースに戻ってきた。


「さすがだな、一ノ宮!」


「次の障害物走は堺もだろう? 行くぞ」


「おう、オレも勝っちゃうぜ!」


 賑わいを保ったまま列に並びに行くクラスメイトを見て、ほっと息を吐いた。

 なんだろう……この感じ。

 この学校は学校行事にそこまで積極的ではなくて、とりあえずやっておこうみたいな雰囲気だったのに。

 思えば、去年までもどこかのクラスは妙に盛り上がっていたっけか。

 きっとそこには一ノ宮くんが居たんだろう。


「朋乃、どしたの?」


 私の髪をお団子に結んでいた久美に声をかけられ、返事に迷っているうちに競技が始まった。

 今回からはクラスメイトだけでなく、赤組自体を応援することにしたらしい。

 最初から歓声を上げるクラスメイトを見て、なんだかそわそわしてきた。

 私は別に、騒ぐのが嫌いなわけじゃない。むしろ神作に巡り会えたときなんかは一人でお祭り騒ぎだ。

 だからこんな風に、みんなが楽しそうにしている時に、じっとしているのは……つまらないじゃないか。


「久美、ありがと!」


 久美が作ってくれたお団子は、ちょっと動いたところで崩れはしないだろう。

 頭の両脇にできたまん丸をちょんと触り、昨日作った赤色のポンポンを手にした。

 次のレースは三年生。当たり前のように第一走者になっている一ノ宮くんに向かって、ポンポンを振り上げた。


「がんばれーっ!」


 私の声なんてかき消えるくらい、クラスメイトは大いにはしゃいでいる。放送部の実況もなかなかの熱だ。

 だから、いいじゃないか、たまには。

 またしても一等賞の一ノ宮くんとか、惜しくも二等賞になった堺くんとか、善戦を繰り広げるクラスメイトとか。

 そんな人たちに向かって、思いっきり声を上げても。

 私たちに影響されたのか、他のクラスもちらほらと賑やかになってくる。

 うん、楽しい。みんなで全力で盛り上がるのって、ほんとに楽しいんだ。

 競技が終わって戻ってきた一ノ宮くんを見ると、やっぱりすごく楽しそうだった。


 そんな楽しい一時を過ごしていたのに、無情にも次の競技のアナウンスが流れた。

 私が勝ち取った競技の一つ、借り物競争だ。

 他のクラスを見ると、やっぱり運動に自信がありそうな人は見当たらない。

 そりゃそうだよね。そういう人はもっとスポーティな競技に参加するはずだ。

 盛り上がるのは楽しいけど、自分が参加するとなると話は別だ。

 一気に落ちたテンションのままグラウンドに向かい、指示されるままに列へと並ぶ。

 順番は気まずいことに最後尾。イベントと違って札を持つことも、後ろに人が来ることもない。

 前の様子をうかがってみると、競技としては少し走ってメモを拾い、目的物を持ってゴールを目指すだけ。

 ただ問題なのは、その目的物の内容だ。

 確か去年は担任の先生という簡単なものから、好きな人とかいう公開処刑のようなものまで書かれていた。

 いや、別に失敗するとは限らないんだから処刑ではないか。もしかしたらハッピーエンドかもしれないじゃないか。

 そんな現実逃避をしていたら私の番になってしまい、不安そうな表情を浮かべる人たちとスタート地点に並ぶ。

 私のクラスの様子はどうだろうか。ちらりと目を向けてみると、一番前に羨ましそうな顔をした一ノ宮くんが居た。

 そうだった。一ノ宮くんはこの競技を逃しているんだったか。

 なら、仕方ない……頑張るか!


「よーい……スタート!」


 声とピストルの音で走り出し、すぐにたどり着いたメモの群れへと手を伸ばす。

 どうか無難なもの! 普通なもの! いや、せめて実現可能なものをお願いします!

 祈るように目をつぶり、手に触れた紙を思い切って拾い上げた。

 周りは結構な人数がメモを開いたあとのようで、ほっとしていたり頭を抱えていたりと様々だ。

 私はどっちの仲間入りか……恐る恐る紙を開くと、大きくこう書かれていた。


「異性の、友だち……?」


 借り物の内容としては奇抜なものではないだろう。ただ、そこまで交友関係が広くない私にとってなかなかの難題だった。

 戸惑いながらうろうろし、久美や絢ちゃんに相談しようかと自分のクラスの方へと行くと、大量のポンポンが出迎えてくれた。

 普段は話したことがないクラスメイトも、何を引いたのかとか、手伝おうかとか言ってくれる。

 そのことにちょっと感動を覚えていると、一番前に居た一ノ宮くんがすっと立ち上がった。


「玄瀬、何が必要だ?」


 真っ赤なポンポンを両手に握った一ノ宮くんを見て、無意識に声を出していた。


「一ノ宮くん!」


「ああ、なんだ? いろいろ持ってきてるぞ」


「違う! 一ノ宮くんが必要なのっ!」


 思わず叫んでしまったら、周囲からひゅーひゅーとわざとらしい冷やかしが響いてきた。

 うっかり出てしまった言葉はなかなか刺激的だったらしい。

 だけど一ノ宮くんは冷やかすようなことは一切せず、私の言葉を待ってくれていた。


「その……借り物が、これで……」


 開いたメモを思い切って差し出すと、一ノ宮くんはちょっと目を大きく開き……ニッと笑ってポンポンを放り投げた。

 

「任せろ!」


 そう言うと、一ノ宮くんは軽やかにロープを飛び越え、私の腕を握って走り出した。

 徒競走で分かってはいたけど、自転車だけでなく走るのも速いらしい。

 転びそうになりながら引っ張られていると、先を走る人たちをぐんぐん追い抜いていった。

 そしてあっという間にゴールを迎え、私たちが着いた時は三等賞だった。

 前に居た人たちは銀色の水筒とか、白いタオルとか、いわゆる当たりの借り物を手にしているようだ。


「あの……ありがとう、来てくれて」


 列に並んだところでようやく息が整い、一ノ宮くんに声をかけることができた。

 対する一ノ宮くんは一切息切れなんてしていない。これが基本スペックの違いというものか……。

 なんて思っていると、一ノ宮くんはいつもと違う笑顔を浮かべていた。

 楽しそう……とは違くて、ちょっとはにかんだような、照れてるみたいな笑いかた。

 初めて見るその表情に思わず見とれていると、一ノ宮くんはぽんと私の肩を叩いた。


「お前と走れて楽しかった。借り物は先に戻るぞ」


 握られていた手が離れ、ひやりとした空気を感じる。お互いずいぶん体温が高かったらしい。

 小走りでクラスに戻る一ノ宮くんを見送っている間に、他の人たちも全員ゴールを果たしていた。

 ちなみに、今回の逆の意味の大当たりは毎年恒例の好きな人、だったらしい。

 実行委員のいたずらはちゃんと指導してほしい。

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