13.テーマソングは激しめで
小休憩を挟み、次に始まるのはまたしても私が出る競技、二人三脚だった。
これはクラスでも結構な人数が出る種目で、だいたい四分の一くらいがぞろぞろとグラウンドへ向かう。
人数が減ってしまったスペースは、色とりどりのポンポンと歓声で賑わっている。
その勢いに勇気をもらい、それと……さっきの一ノ宮くんと走った達成感を胸に列へと並んだ。
この競技は男女別で並び、ランダムでペアを組むことになっている。
だけど示し合わせれば目的の人と走ることは可能だし、その逆もまたしかりだ。
私としては誰と走っても構わないから、運に任せることにして適当に並んでおこう。
最後尾はもう嫌だから中腹らへんに腰を下ろした。
「あ、一ノ宮ぁ! あたしと一緒に走らない?」
「え、出てるの? こっちおいでよー!」
前の方からそんな声が聞こえ、目を向けるとそれは他のクラスの女子だった。
いや、その……一応色で分かれてるよね? そう思ったら、なんでも順位に応じてそれぞれの組に点数が入るらしい。
適当というかなんというか。横のつながりを持つためという話らしいけど、きっと人数合わせの意味合いが大きいんだろう。
「俺は出るからには一位を取る。なのに他の組と組んだら意味がないだろう」
大真面目に言う一ノ宮くんに他のクラスの女子は笑っていた。
うん、だけど一ノ宮くんは本気なんだよ。だからきっと赤組で一番足の早い女子をペアに選ぶんだろうな……。
「おーい、玄瀬! 一緒に走ろう!」
って、おーい野球しようぜ! みたいな軽いテンションで大声出さないでもらえませんか!?
一ノ宮くんがこっちを向いたせいで、周りの視線がざっと私に向かってしまった。
クラスメイトだけじゃなく、他のクラスや学年の人もいっぱい居るのに!
どんな反応をされるんだろうとビクビクしていると、クラスメイトがにこやかに道を開け、こそこそ話していた他のクラスもそれに続き、下級生は上に倣えだ。
確かあったよね……海を割るやつ。神話とか必殺技とかで。漫画じゃあるまいし、こんなことが現実に起こるとは……。
割れた先にはいつものようにニッと笑った一ノ宮くんが居るわけで。
生暖かい視線に見送られながら、のそのそと一ノ宮くんの隣へ移動した。
ほんとのほんとに、彼は皆さんの恋愛対象になっていないらしい。
さすがは小学男子。男子も女子もみんな友だち。
二人三脚は出場人数が多いからか、はたまた一レースにかかる時間が長いからか、思ったより列は進まない。
放送部の実況はいい賑やかしになっているようで、時たま冷やかすような発言に歓声がわく。
気まずくなるから男女のペアで遊ぶのはやめようね。ほら、一年生恥ずかしがってるじゃん!
そんな一年生たちを見ていると、息を合わせながらゆっくり走る人や、構わず突っ走りすっ転ぶ人がいるようだ。
さて……私はどっちになることやら。
真剣な表情でレースを見守る一ノ宮くんは放っておき、ひそひそとささやかれる会話に耳を向けることにした。
「一ノ宮の彼女? マジ?」
「違う違う。保護者だ、ママだ」
「あの一ノ宮の保護者って……どんだけ器が大きいの?」
やめて! 私のライフはもうゼロよ!
彼女でも保護者でもママでもないって否定したいのに、それを言う勇気がでないという悲しさ。
その間にも順番が進み、足をつなぐ鉢巻が回ってきた。
それを手にした一ノ宮くんは、結ぶ前にじっと私を見てくる。え、なんですか……。
「玄瀬、すぐに転んだり乱れたりする奴らの特徴が分かるか?」
「え……? タイミングじゃないの?」
「それもあるが、もっと大きな理由がある。それは距離感だ」
距離感……言われてコースに目を向けると、転ぶ人はだいたい触れ合わないように走っているペアに見える。
男女で密着しろって方が無茶な話だと思うんだけど、一ノ宮くんがそんなの気にしてくれるはずもなく。
「離れないようキツめに結ぶぞ。痛かったらすぐに言ってくれ。
それと思いっきりくっついてくれ。遠慮はいらないし、なんならしがみついてくれていい」
「謹んで遠慮させて!」
なのに一ノ宮くんは鉢巻をぎゅうぎゅうに結び、私にぴったり寄り添って座ってきた。
ここまでくると恥ずかしいからって抵抗するよりも流されるしかない。
というか、なんだか一ノ宮くん、ごきげんだな。
朝からテンションは高かったけど、それとはまた違う感じがする。
どうしてかと考えてみると、そういえばと思い浮かぶことがあった。
「借り物競走出たから、コンプリートだね」
「ん? ああ、そうだな。これで三年連続でオールクリアだ」
「そりゃご機嫌にもなるよね」
そう。一ノ宮くんが出場を逃してしまったのはさっきの借り物競争だけだった。
借り物側とはいえ、一応は出場できたんだからカウントしてもいいだろう。
そんな達成感で機嫌がいいんだと納得していると、すぐ真横にいる一ノ宮くんが顔をこちらに向けていた。
ちょっと……近い!
「出れたのは嬉しい。けど、お前に友だちと言われたことのほうが嬉しかったんだ」
そういう一ノ宮くんの顔は、さっきも見かけたいつもとちょっと違う笑顔だった。
元気に笑っているんじゃなくて、どこか優しい感じがする。
そんな顔が珍しくて、だからちょっとドキッとして、慌てて顔をそらした。
「そ、それよりっ……私じゃなくて、もっと脚の早い人とペア組んだほうがよかったんじゃない?
こう言っちゃなんだけど私、運動神経悪いし……」
「なんだ、そんなことか。二人三脚で大事なのは距離感と相性だからな」
ということは……一ノ宮くんは、私と相性がいいと思ってくれているんだろうか。
ちょっと嬉しいかもなんて思っていたら、全部を吹き飛ばす発言をしてくれた。
「リズムはどの歌にする? やっぱりスポーツアニメのオープニング曲が疾走感があっていいと思うんだが」
ですよね! そういう相性ですよね! 一瞬でも勘違いした自分が恥ずかしいっ!
一ノ宮くんはあーでもないこーでもないと曲名を言ってるけど、ここがどこだか分かっているのかな。
「ちょっと一ノ宮くん、誰かに聞かれたらどうするの」
「大丈夫だ。誰も聞いちゃいないし、この距離なら聞こえもしないだろう」
確かに、周りは応援で賑やかだし、ドキッとしそうな距離感の会話ならそうそう聞かれることはないだろう。
そう開き直って、私もいくつかタイトルを言ってみることにした。
「む、どんな曲だったか?」
「えーっと、歌詞は曖昧だから鼻歌でいい? んーんんーって」
「あぁ、それか。そのクールは熱い展開だったよな」
そんな話をしつつ、最終的に某バスケアニメのオープニングをテーマ曲にすることになった。
ようやく順番が回ってきてスタートラインに立つと、一ノ宮くんの腕が自然に私の肩に回っていた。
だから私も腕を背中に回し、お互いぐっと力を込める。
あぁ……一ノ宮くん、結構背が高かったんだな。横顔を見るには少し上を向かなきゃいけない。
頭の中では前奏が流れ、前を向いてから小さくリズムを口にする一ノ宮くんの声に集中した。
「よーい……スタート!」
合図と同時に一気に駆け出し、スタートダッシュで差をつけた。
普通に走れているということは、一ノ宮くんが私の歩幅に合わせてくれているんだろう。
口にせずとも流れる曲に合わせ、掛け声なんてなくても乱れることなく走り続ける。
放送部の賑やかしは耳に入らず、色とりどりのポンポンが視界の端を通り過ぎた。
そんなあっという間の時間をすぎると、気づけばゴールテープを切っていた。
「え、一位? 嘘っ?」
遅れて到着するペアの邪魔にならないように場所を開けると、一ノ宮くんはニッと笑って手を差し出してきた。
迷うことなくハイタッチ。つられて私も笑っていた。
「俺とお前で走って、息が合わないわけがないだろう?」
そんな自信満々な一ノ宮くんにちょっと呆れ、でも興奮は冷めなくて。
全力疾走のドキドキと相まってなんだか胸が苦しい。
全然息が整わないままクラスのスペースに戻ると、クラスメイトが総出で出迎えてくれた。
うわ、なんかちょっと感動するかも……。なのにそんなほっこりした空気を一瞬で消し去る出来事が発生してしまった。
「赤組三年生の二人三脚のペアは、借り物競争でも二人揃ってゴールしていたそうです。
お似合いの二人に盛大な拍手を!」
放送部の実況……じゃなくて賑やかし……でもなくて!
悪ふざけにより校庭中から拍手が鳴り響いてきた。
ちょっと! 待って! どういうことだっ!?
放送部の機材スペースを見ると、まさかまさかの堺くんが身体全体で大きく丸を描いていた。
「お似合いとかじゃないからぁっ!!」
いつになく大声を出したものの、拍手と歓声でかき消されてしまう。
誰か! あの放送部どうにかして!
誰か頼りになる人は居ないかと辺りを見回すと、そこには担任の先生が笑顔でサムズアップしていた。
「玄瀬ちゃーん! これで全校公認の関係になったね!」
カラフルなポンポンを手にした斉木さんにまでそう言われ、私はうなだれるしかなかった。
ねぇ、一ノ宮くん……どうしてそう平然として男子と遊んでいられるんですか。
そう聞きたくなったけど、今はちょっと距離をおいておきたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます