14.戦はいつも大乱闘
お昼休みを挟み、まずは綱引き。
食後にやるにはなかなかきついものがありそうだったけど、参加者はこぞってやる気満々だった。
学年別、組別で何度か戦った結果、やっぱり上位は三年生が独占していた。
生憎、私のクラスは負けちゃったけど応援も熱が入ったし、本人たちも晴れ晴れとしていたからよかったのかもしれない。
そして続くは騎馬戦。これは完全に男子だけの戦いだ。
学年関係なし、赤白黄色青の四チームでの戦いは、三年生が主導で行う種目だ。
例年、一年生はおろおろ、二年生は空回り、三年生が必死に動く、みたいな感じだった気がする。
ただ、今年はちょっと違うかもしれない。
だって綱引きが終わってからというもの、大将である一ノ宮くんが赤組の騎馬戦メンバーと入念な打ち合わせをしているからだ。
いや、あなたさっきまで滅茶苦茶綱を引っ張ってませんでしたか……。一ノ宮くんのスタミナは無尽蔵なのかもしれない。
騎馬戦の一戦目は正直なところ、記憶に残る部分はなかった。
相手は戦うよりも騎馬を維持することに必死で、てくてくと進んだ一ノ宮くんの騎馬が大将の鉢巻を取って終わったからだ。
だから本番は二戦目、つまり決勝。
さっきと違って両者どどんと構え、ザ・決戦! みたいな雰囲気を醸し出していた。体育祭なのに。
先生がスタートの合図をする前、相手である白組の大将が一歩前へ出ると、突然大きな声を張り上げた。
「一ノ宮ぁっ!!」
お腹の底から出したような声は校庭に響き渡り、全生徒の視線がそちらへと向かった。
白組大将は明らかに武道をやっています、みたいなごつい体格をしていて、見るからに強そう。
そんな人を乗せたら騎馬は崩れるんじゃないかと思ったけど、支える人たちも武道系だった。重騎兵って感じだ。
「白組の大将は郷田か。なんだ?」
相手と違ってそこまで大きくはないけどよく通る声で、一ノ宮くんは平然と返事をした。
それが癇に障りでもしたのか、郷田くんとやらは一層声を張り上げる。
「オレは! 貴様を! 絶っ対に潰す!! よもや忘れたわけじゃあるまいなっ!?」
「む……何かしたか?」
「二年生の体育の柔道でこてんぱんに負かされたこと、オレは一時も忘れなかったからなっ!」
「ああ、そういえば。しかしあれから郷田の評判は聞いているぞ? ずいぶん名を馳せているらしいじゃないか」
「あれから必死に特訓をして県の試合で優勝を果たした!」
だったらいいじゃん! だけど郷田くんとやらはどうしても一ノ宮くんを負かせたいらしい。
どうして原因である柔道じゃないのかといえば、クラスが替わって体育の授業が別になってしまったからだとか。
あーだこーだと物言いをしているとさすがに先生のストップがかかり、奮起する白組……というか、私怨に燃える郷田くんとの戦いは始まった。
「一年は陣地を守ってくれ、今は無理な戦いは挑まなくていい!
二年は決めたチームを崩さないよう攻めてくれ! 三年は二年の支援と遊撃に行くぞ!」
手早く指示を飛ばした一ノ宮くんは素早くグラウンドを駆け回り、周囲の状況を確認しながら手薄な場所に攻めに行く。
僅かに見える隙間を掻い潜り、華麗に駆け抜け鉢巻を奪い取る。その様子はさながら、混雑するイベント会場を歩いているかのようだ。
うん、この表現はひどい。でもこれはイベントで培ったスキルだろうなぁなんて思っている間に、戦況が変わっていたらしい。
わあわあと入り乱れていた場所は決着が付き、残るはお互いいくつかの騎馬と大将だけだ。
一瞬の内に両者が走り、一斉に攻められる一ノ宮くんは間一髪でそれを凌ぐ。
追い打ちをかける白組に対し、堺くんが乗った騎馬がチームを組んでそれを阻んだ。
「ナイスだ堺!」
そう言った一ノ宮くんは、力任せに攻めてきた大将の横を駆け抜け……立ち止まったときには白い鉢巻を握っていた。
勝負ありのピストルが響き、色とりどりのポンポンが宙を舞う。
大きな歓声が沸き起こり、一ノ宮くんを乗せた騎馬はグラウンド中を駆け回った。それはそう、凱旋パレードみたいな。
そんな一ノ宮くんは放送部の前を通りかかった時、おもむろにマイクを手にとった。
ヒーローインタビューかな? なんて軽く考えていた私や先生は、一ノ宮くんのことを理解しきれていなかったのだろう。
「今回は赤組が勝ったが、我こそはという生徒が居たら出てきてくれ。最終決戦をしよう!」
そんなまさかの言葉に、うなだれていた白組が立ち上がり、観客にまわっていたはずの他の組もロープの中へと入っていった。
いやいやいや、ちょっと……!
「よし、行くぞ!」
一ノ宮くんは勝手に持ち出したピストルで合図をし、自分も中心へと駆け出した。
盛り上がる観客。囃し立てる放送部。そして、全力で止めにかかる先生たち……。
そんな阿鼻叫喚の騎馬戦が集結したのは、グラウンド中に屍が散ってからだった。
「お前ら全員体育座りしろぉっ!!」
全学年の男の先生を前に、グラウンドで大説教大会が開催されたのは仕方がないことだった。
正座って言わないのはきっと大人の事情だったんだろう。
そんなこんなのトラブルのあと、ドラムロールのBGMと共に始まったのは結果発表だった。
「優勝は……黄色組です!」
なんと、正直目立つことのなかった組が優勝したらしい。
なんでも平均的に上位を取っていたらしく、赤組は惜しくも二位となった。
あまり貢献できなかった私でも悔しいから、あんなに頑張ってた一ノ宮くんはもっと悔しいだろうな……。
そう思って一ノ宮くんの方を見ると、不思議なことに落ち込んでいるようには見えない。
クラスメイトも気になったらしく、堺くんが一ノ宮くんの肩に腕を回していた。
「おいおい一ノ宮、お前悔しくないのかっ!?」
「悔しくないといえば嘘になる。だが、みんなで全力で頑張ったから楽しかった!」
ニッと笑ってそんなことを言われたら、私たちだって悔しいままでは居られなかった。
今年の体育祭は去年までとは全然違かった。
それは一生懸命やったからだし、それに結果がついてこなくても、今日一日が無駄になるわけではない。
それになにより……楽しかったから。だから悔しいよりも楽しいを優先したほうがいいに違いない。
「そういうことで先生、打ち上げをしたいです」
「一ノ宮、お前さっきまで説教されてたの忘れたのか?」
「それとこれとは別でしょう」
担任の先生は呆れたようなため息を付き、時計とポケットを気にしてから頷いた。
「放課後に教室でならいいぞ。先生が行くまで始めないように」
先生の言葉にわっと盛り上がり、みんな我先にと椅子を持って教室へと走っていった。
ねぇみんなー、ポンポン持って帰ってー。
色とりどりのポンポンを拾い集めていると、一際大きな塊を抱えた人が近づいてきた。
「あれ、一ノ宮くん。先に戻らなかったの?」
「撤収までがイベントだからな。片付けはするべきだ」
そう言いながらポンポンを集めている一ノ宮くんの姿形は、もはやクリーチャーだった。
そんな見た目だったからか……姿が見えない一ノ宮くんに、ちょっと勇気を出して言ってみることにした。
「私さ……体育祭とか、あんまり頑張ってこなかったんだよね。
だけど、今年はすっごく楽しかった。残念だったけど、興奮したよ」
すると、さわさわと風に揺れるポンポンの奥から、ほとんど見えない一ノ宮くんの声が返ってきた。
「俺も、今年は去年よりももっと楽しかった。お前も同じように思ってるなら嬉しいぞ」
見えない顔がどんな表情を浮かべているのか、分かる気がする。
今年は一番頑張ったし、一番盛り上がった。優勝という形にはならなくても、そういう意味では報われたかもしれない。
だから、そんな体育祭にしてくれた立役者の一ノ宮くんに感謝してる。
その後教室で行われた打ち上げでは、先生がポケットマネーで差し入れをしてくれた。
近所の格安ハンバーガーだったけど、なんだか無性に美味しかった。
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