15.かくれんぼは共闘できません
気付けばもう七月。そしてまたしてもテストが迫っている。
放課後の教室にはちらほらとクラスメイトの姿があるけど、まだそこまで勉強ムードではないらしい。
「あれ、玄瀬ちゃん。もう勉強するの?」
帰り支度をしていた斉木さんに首を傾げられ、恥ずべき一枚の紙を取り出した。
斉木さんとは一ノ宮くん騒動の時から結構話すようになり、今は久美や綾ちゃんに次いで仲がいいと思ってる。
「小テストで、赤点ぎりぎりになりまして……」
バツがいっぱいのプリントを見て、斉木さんは気まずそうに苦笑している。
うん、分かってる。これ簡単だったらしいね!
苦手科目とはいえこれはひどい。これじゃみんなが勉強し始めるタイミングで始めたところで、私は絶対追いつけない。
だから早め早めにやろうとは思ってるんだけど、どうにも家にいると集中できない。だって、誘惑がいっぱいだから!
だからそれをどうにかするために、遊び道具の少ない教室で勉強をすることにした。
どんどん人が居なくなり、夏のせいかまだ明るい教室にいるのは私一人。
これなら集中できるはず。ここには漫画もアニメもスケッチブックもないんだから!
とりあえず小テストの復習から始めることにして、遠くから響く話し声をBGMに勉強を開始した。
とりあえず一時間。下校時間までまだもう少しあるから、他の教科もやっておこうかな……。
そんな風に思っていたら突然、勢いよく教室の扉が開いた。
「うひゃいっ!?」
「む、玄瀬か。驚かせるな」
「驚いたのはこっちだよ!」
躊躇いのない行動の犯人は一ノ宮くんで、さっと入ってきてワイシャツの首元をぱたぱたしている。
この学校の夏服は、女子はやっぱり可愛いけど男子はなんの特徴もなくなる。
学ランに入っている青いラインも、ズボンとワイシャツだけになると入れる場所がなかったらしい。
そんな一ノ宮くんはしきりと辺りをキョロキョロして、何か納得がいったのか私の隣の席に座った。
「どうかしたの?」
「校内かくれんぼ中でな。万が一を考えて警戒していた」
高校生がかくれんぼ……。ただ、どうせまた一ノ宮くんが発端なんだろうなって思うと驚きはない。
きっとまた結構な人数が参加しているんだろう。
「私はずっとここに居たけど、誰も来てないよ」
「そうか。面白そうな隠れ場所を探していたら手近なところが取られていたんだ。ちょっと休憩しよう」
そう言って一息つくのを見て、私も休憩することにした。
夏の気温の中でかくれんぼだなんて、なかなか元気なことだ。
教室はクーラーが付いているものの、悲しいことにあまり効いていない。
まだ首元をぱたぱたしている一ノ宮くんに下敷きを渡すと、ぺこぺこいわせながらあおぎはじめた。
思えば、四月の時点では一ノ宮くんとこんな風に過ごすことになるだなんて思っていなかったな……。
今やクラスでは一ノ宮くんの保護者という認識が浸透し、担任の先生は積極的にそれを推奨している。
特に何かしているわけじゃないのに、この称号が消えないのはなんでだろうか……。
そう考えたものの、きっと周りは面白がっているだけなんだろう。多分。
疲れた頭でぼーっと考えていると、廊下の方から大きな足音と声が聞こえてきた。
「来たかっ!」
バッと廊下に目をやる様子から、どうやら鬼が来たらしい。
廊下に居るということは教室から出れば即座に見つかるだろう。
教室内の机も教壇も隠れられる要素はなく、ベランダだって丸見えだ。
鬼ごっこなら勝機があっただろうけど、残念なことに今の一ノ宮くんは袋のネズミだ。
「こっちに来てくれ!」
「え?」
どんまい、なんて思っていたら、勢いよく立ち上がった一ノ宮くんに腕を引かれ、教室後方のロッカーの前まで連れてこられた。
え? どうして? 私関係なくない?
そう思ったのに、一ノ宮くんはさっさとロッカーを開けてその中へと入り込んだ。
つまり、手を引かれている私も同じ道をたどるわけで……。
「ちょ、ちょっと! どうして私まで!」
「あのまま居たら鬼に事情聴取されるぞ。誤魔化せたか?」
「それは自信ないけど! 人のロッカーに上履きのまま入るのは良くないよ!」
「安心しろ。ここは俺のロッカーだ」
そういう問題じゃない!
いくらからっぽとはいえ、ロッカーは人が入るように作られているはずがない。
普段遣いには問題ないサイズでも、二人も入ればぎゅうぎゅうだ。
つまり、私と一ノ宮くんはもはや密着状態なわけで……。
極力触れないように距離をとってはみるものの、こんな狭い場所ではそれもままならなかった。
ともすれば、あててるのよ! みたいな展開なんだろうけど、幸か不幸か私の身体に凹凸は少ない。
「い、一ノ宮くん……!」
「しっ! 来るぞ」
一ノ宮くんはロッカーの隙間からじっと外を見つめているようで、その声のあとすぐに教室の扉が開いた。
確かあれは……隣のクラスの男子だっけ。相変わらず男子の交友関係が広いことだ。
真剣に気配を殺す一ノ宮くんの邪魔をするのは躊躇われるし、むしろこの状態で見つかるほうが問題だ。
だから私も必死に音を立てないように固まってはみるものの、暴れる心臓だけはどうにもできなかった。
だって、ロッカーは密室だし、クーラーが届かないし、だから暑いわけで。
眼の前にある一ノ宮くんの鎖骨が綺麗だなとか、ちょっと汗ばんでいるみたいだとか、そういうのも見えちゃうわけで。
って、私も汗かいてきた。どうしよう、匂いとか大丈夫かな……。
気付かれないように香ってみると、なんだかいい匂いがしてきた。
嗅ぎ慣れない匂いはきっと一ノ宮くんのものだろう。爽やかですっきりしてて……香水って感じじゃないから制汗剤かな。
「……よし、行ったか」
くらくらしそうな頭で現実逃避をしていると、様子をうかがっていた一ノ宮くんの身体から力が抜けた。
だけど私の緊張は解けることなく、ただひたすらに視線をそらす。
なのに一ノ宮くんはわざわざ私の顔を覗き込んできて、ちょっと笑ってこう言った。
「ロッカーに隠れるなんて、漫画みたいだな」
「そういうのいいからっ! さ、先に出て!」
「いや、まだだ。いつ敵が戻ってくるか分からないからな。
どうせ隠れるならダンボールでも準備しておくべきだったか」
「それは漫画じゃなくてゲームのほうだよねぇ!」
そんなことを話している間も腕は握られたままだし、距離は近いし、超密着だし……!
外に出ようとしても一ノ宮くんに阻まれて身動きができない。
どうしたものかと思っていると、そっとロッカーの扉が開かれた。
「おーい、それで隠れてるつもりか?」
呆れた様子で話しかけてきたのは、気まずそうに頭をかいた堺くんだった。
「鬼は行っただろう?」
「行ったけどよ。ほとんど捕まってるから鬼が総出でローラー作戦するらしいぜ」
「ふむ……次は消火栓の中にでも隠れてみるか」
「先生に怒られるよ!」
大真面目にとんでもないことを言う一ノ宮くんから慌てて離れ、開いた扉を幸いに外へと飛び出した。
あぁ……涼しい。効いてないなんていってごめんなさい。クーラーはちゃんと機能していました。
「玄瀬、顔が赤いぞ。そんなに暑かったか?」
「えっ? うん、そうだね! 暑かったよね!」
本当は暑さだけじゃない。というか、暑さよりももっと別の理由に違いない。
だけど気付いていないならそのほうがいいだろう。
誤魔化すように下敷きでぺこぺこあおいでいると、ようやく一ノ宮くんもロッカーから出てきた。
「さて、いっそ全面戦争でも仕掛けてみるか」
かくれんぼしてるって言ってなかったっけ?
そんな疑問はあえて聞かずにいると、少し汗ばんだ黒い髪をかきあげた一ノ宮くんは、軽やかに教室を出ていった。
そして残るは私と堺くんの二人。ちゃんと話したことがなかったからちょっと気まずい。
「んーっと……ラブ?」
「ラブじゃないっ!」
だよねーなんて笑って出ていく堺くんは、さすが一ノ宮くんの一番の悪友だ。
あの小学生の思考なんてわかりきっているんだろう。
だから、気にしているのは私だけだ。
男子とあんなに接近したことなんかないから、このドキドキはそれが原因なんだろう。
そんなことがあったあとに勉強なんかできるはずもなく、教科書を持って一人で帰ることにした。
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