16.こすちゅーむぷれい!

 ようやくやってきた夏休み。受験生に満喫する余裕はない。

 だけどずーっと勉強しっぱなしというのも無理な話で……。

 塾で設定されたノルマをどうにか達成した今日、久々にイベントに来ていた。

 好きなサークルさんがいくつか参加しているというのと、前にも来たことがある場所だからちょっと勇気を出してみた。

 とはいえ、前回よりも小規模なイベントだから気が楽だったりする。

 事前にカタログを買って熟読し、宝の地図も作成済み。服装だって機動力重視のシンプルなものだ。

 開場してからしばらく経っているからか、入場列はまばらにしかない。

 そしてわくわくしながらゲートを潜るとそこは……異世界でした。


「わぁ……すごいぃっ!」


 思わずため息が出てしまった理由は、今回はコスプレオッケーなイベントだったからだ。

 制服オンリーとはこれいかに。視界の中には様々な制服を着ている人が当たり前のように歩いていた。

 セクシーなのから可愛いのから、様々な服装に目移りしてしまう。

 それを堪えながら目的のサークルさんの本をゲットし、きちんと鞄にしまってからは会場内を歩いてみることにした。

 今日のイベントにも、一ノ宮くんはスタッフとして参加しているらしい。

 私が比較的空いているこの時間に来れたのも、事前のアドバイスのおかげだ。

 すれ違う素敵レイヤーさんに目を奪われつつ進むと、壁際には未だに列が伸びている場所があった。

 そしてその周りにいるのはスーツに腕章のスタッフさんたち。って、あれはまさか……。


「シロクロ!」


 体格に沿って綺麗なラインを描く黒いスーツ。細いメタルフレームのメガネ。

 そして、普段は下ろしているはずの黒髪をオールバックにした姿。

 列をさばきながら声をかけてきたのは、普段の学ランとはまるで違う、スーツ姿の一ノ宮くんだった。


「いち……みやみや、その格好どうしたの?」


 他の人に声をかけて抜け出してきたみやみやに、思わず聞いてしまった。

 高校生がスーツとか違和感がすごい。そしてその違和感以上になぜかよく似合ってる。

 さすが容姿端麗。きっと何を着ても似合うんだろう。


「制服イベントだからな。私服じゃ雰囲気が出ないということで貸してくれたんだ」


「目、悪かったっけ?」


「伊達メガネだ。かけろと言われてな」


 くいっと押し上げる仕草はもうどうしようもなく似合ってる。なんだこれは。メガネとスーツの相性は抜群だ。


「あのー、ちょっと教えてほしいんですけど……」 


 そんな会話の合間にカタログ片手に声をかけてきたのは、私と同じ一般参加者らしい人だった。

 どうやら目的のサークルさんの場所が分からないそうだ。

 みやみやはすぐにその人の方へ向き、一緒にカタログを見ながらにこやかに話を始める。

 その様子はとても手慣れているようで、その人は頭を下げて足早に歩いていった。

 うんうん、分かったらご機嫌で行きたくなるよね。みやみやの丁寧で手早い仕事に、なんだか感心してしまう。

 同い年のクラスメイトのはずなのに、イベント会場で会うと大人っぽく見えるから不思議だ。普段は小学生のくせに。

 詰め所に戻るというみやみやと話しながら歩いていると、メイド服を来て腕章を巻いたスタッフさんを何人も見つけた。

 なるほど。男性はスーツで女性はメイドか。定番とはいえ分かりやすい。

 そして定番は王道で最高だ!


「そういえば、みやみやはイベントでどんなことしてるの? 列の整理してるイメージなんだけど」


「そうだな……シロクロはイベントスタッフについてどれくらい知っているか?」


 そう聞かれて考えてみると、実際殆ど知らないことに気がついた。

 そんな私の考えを予想していたのか、一ノ宮くんはすいすいと歩きながら話を続ける。


「アバウトにだが、入場担当と館内担当に分かれるだろうな。

 多くの参加者が目にするのは館内担当で、サークル担当と混雑対応になる」


「入るまでが入場で、入ってからは館内ってこと?」


「イベントの主催者や規模によって名称や意味合いも異なるが、それくらいのイメージで問題ないだろう。

 今日はあまり区分けはしないイベントだが、その中だと俺のメインは混雑対応だな。

 どんな形に列を動かすか考えるのはパズルみたいで楽しいし、大変だがやりがいがある」


 みやみやは道すがら見つけた落とし物を拾ったり、通路を塞いでしまっている集まりに声をかけたりと忙しない。

 教えてくれた担当とは関係なしに、気になるところは注意するタイプなんだろう。

 細やかな気遣いは学校では見ることはなく、やっぱりなんだか大人びて見えてしまった。


「……なんか、すごいね」


「そうか? 俺より上手い人はたくさんいるぞ」


「そういうのじゃなくて……」


 じゃあ、どういう意味だろう?

 そう考えている間に、入口付近に作られていた詰め所にたどり着いていた。

 会議机を並べた詰め所には、メイド服だけでなくアニメに出てくる学校の制服を着ている人も居た。

 うわぁ、すごい再現度。あれって既製品じゃないよね。

 自作であそこまでできるってすごい。ウィッグもさらさらできれい……!

 うっかり見惚れていると、みやみやがふと思い立ったように中に入り、素敵レイヤーなスタッフさんと話を始めた。

 やっぱり忙しいのかな。一応声だけかけて帰ろうかと思っていると、みやみやとスタッフさんが揃ってこっちを見てきた。

 え……何か? 思わず一歩後ずさってしまったところで、みやみやはこっちに手の平を向けて端的に言う。


「俺のリア友です」


「こんにちは! みやみやの彼女?」


「違いますっ!」


 どうしてみなさんそういう発想になるものか。あと、みやみやもちゃんと否定しようね!

 完成度の高い制服を着たスタッフさんは、るいさんと言うらしい。

 きっとここでは本名を言わない場所なのだと判断して、私もシロクロとして自己紹介をした。


「ねぇシロクロちゃん。コスプレ、興味なぁい?」


 キラキラした表情で唐突に言われ、答えに困ってみやみやの顔を見る。

 だけどみやみやは答えを教えてくれる様子はなく、メガネをくいっと押し上げてじっと私を見ていた。


「撤収まで手は空いているし、いいと思うぞ」


「ちょ、ちが……!」


「みんな何着か持ってきてるから余ってるのよー。更衣室も空いてる時間だし、嫌じゃなかったらやってみない?」


 るいさんはそう言って喜々としてハンガーラックを指さした。そこにはいくつもの、何種類もの衣装らしき服がかかっていた。

 そりゃ、オタクとしては興味がないわけではないけど……。


「迷ってるならやってみよ? 大人の階段登っちゃお?」


「るいさん。そんな言い方するとシロクロが怖がりますよ」


 うん、ちょっと怖い! そもそもなんの準備もしていない私がコスプレなんか可能なんだろうか。

 お化粧なんてほんの少ししかしてないし、髪だって自分ではあんまりいじれないから結んだだけだ。

 だけどやりたくないわけじゃないから返事もし辛いわけで……。


「あの……大丈夫、でしょうか?」


「だーいじょうぶよぉ! みやみや、留守番よろしくねぇ!」


 私の答えをイエスと受け取ったらしいるいさんは、私の手を握って更衣室の方へと脚を向けた。

 えっと、ほんとに、いいの?

 そう思って後ろを振り返ると、みやみやが楽しそうな顔で私に手を振っていた。


 女性更衣室の貼り紙がしてある部屋の中には、私服に着替える人たちがちらほらと居た。

 混雑のピークが過ぎた時間、これから始める人は少ないらしい。

 部屋の端っこで、はしゃいでいるるいさんに言われるがまま、大きな姿見の前で何着もの衣装を身体に当てられる。

 中には際どい衣装もあって、さすがにそれは辞退させていただいた。


「あの……部外者なのに、よかったんでしょうか?」


「んー? みやみやの彼女なら部外者じゃないよ?」


 だから、彼女じゃないです。そう言っても聞き入れてもらえず、ようやく決まった衣装を手渡された。

 うん……これなら、平気、かな?

 あまり複雑な構造はしていなく、ささっと着替えて背中のファスナーを上げてもらう。

 そしてすぐさま髪の毛をいじられ、ちょこっとだけお化粧もしてもらった。


「うーん、バッチリ! 完成っ!」


 ご機嫌なるいさんに姿見の前まで連れて行かれ、恐る恐るその姿に目を向けた。

 膝が隠れる長さの黒いワンピースのメイド服。真っ白なエプロンとヘッドドレスはフリルでふりふりだ。

 白いハイソックスに黒いエナメルシューズを履き、あまりのぴかぴかさに浮足立ってしまう。

 耳の下でちょこんと結われた三つ編みはどこぞのアイドルのようで、普段はしないお化粧がなんだか恥ずかしい気分だ。

 これで出ていくの……? やっぱりちょっと恥ずかしい。

 だけどるいさんはうきうきで私の背中を押し、躊躇う間もなく詰め所まで連れて行かれてしまった。


「たっだいまー! 見てみてみやみや、会心の出来! シロクロちゃん、可愛いでしょー!」


 みやみやは休憩中だったのか、パイプ椅子に座って戦利品を読んでいたらしい。

 すぐに顔を上げたと思ったら、明らかにまじまじと、じろじろと、じぃっと私の姿を見ている。


「あ、あんまり見ないでくれるかな……」


「どうしてだ?」


 立ち上がったみやみやに絶えず見つめられてれば、恥ずかしいと思うじゃないか。

 だから慌ててるいさんの方を振り返ると、いつの間にかロボットアニメのオペレーターの服を着たスタッフさんと何やら熱のこもった会話をしていた。


「どうして現役JKにロング履かせるのっ!? ミニスカニーソに絶対領域! これこそメイドの真髄でしょうが!」


「現役JKにあえてロングを履かせる風情を理解してよねっ! 肌を見せない奥ゆかしさ! これもメイドの真髄っ!」


 熱がこもったどころじゃなくて喧々諤々のバトルだった。

 ど、どうしよう……? というか現役JKって連呼するの止めてくれませんか。

 再びみやみやのほうを向くと、まったく気にした様子がなかった。


「いつものことだ。すぐに和解するから気にしなくていいぞ」


 なんでも、この二人は互いの性癖で殴り合うタイプのオタクらしい。

 言いたいだけ言ったら仲直りするらしく、昨日の敵は今日の友、みたいな古き良き関係性だそうだ。

 オタクのタイプは人それぞれ。私は過激派ではないけど、SNSでたまに見かけるタイプだと思えば納得できた。


「それよりシロクロ、せっかくだから一緒に写真撮らないか? 普通は登録制なんだが、身内同士では自由にしていいことになっている」


「え……これ、残すの?」


「残さないのか?」


 さも当たり前のように言うけど……今更だけど、この格好ってどうなんだろう。

 私はみやみやみたいに容姿端麗なわけもなく、中の下くらいの容姿だと自負してる。

 そんなのが、こんなに可愛いメイド服。るいさんがいろいろやってくれはしたけど、元の素材が残念クオリティだから……。


「みやみや、あの、さ……変じゃ、ない?」


「可愛いぞ。よく似合ってる」


 間髪入れずにきっぱり言われると、ちょっと勘違いしそうになった。

 違うよね! メイド服が、可愛いんだもんね! もう、うっかりだよ!

 一気に熱くなった顔を手の平で押さえ、いそいそとスマホを取り出すみやみやの横に並ぶ。

 周りを写すことがないよう壁を背にして、自撮りスタイルで斜め上からカメラを向けられた。

 って、自撮りってことは近づかないと駄目じゃん! 女子なら気にしないけど、男子となんて初めてだ。

 みやみやはやっぱり気にしてないようで、画面を見ながらぴったり寄り添ってきた。


「もうちょっと近づいてくれ」


「む、無理っ!」


「せっかくなのに見切れたら嫌じゃないか」


 近い近い近いっ!

 お互いの服装が重ならないよう身体はぎりぎり離れてるけど、顔はほとんどくっつきそうだ。

 どうして躊躇いなく抱き寄せてくるかな!?

 休み前のロッカーの中みたいな距離に、冷めていなかった顔が更に熱くなるのを感じてしまった。


「撮るぞ。さん、に、いち……」


 カウントされたら逃げるわけにもいかず。

 どんな顔をしていいかわからないまま、せめて目は閉じないように気をつけながらカメラを向いた。

 あー……また一ノ宮くんのいい匂いがする。もう、ほんと、勘弁して! 

 ぴったりくっついたままスマホを確認するみやみやは、うっすら汗をかいていた。

 いくら冷房がついているとはいえ、こんな真夏にきっちりスーツなんて暑いよね。

 だけどやっぱり……似合ってるよなぁ。素直に格好いいなって思っちゃう。


「あぁっ! みやみやってば勝手に写真撮らないでよぉ! ちゃんとカメラ出してあげるからぁ!」


 撮影音が鳴ると、背後から熱烈なバトルを繰り広げていたはずのるいさんの声が聞こえ、振り返る勢いでぱっと離れた。

 あぁ、ドキドキした……この小学生め!

 その後、るいさんがガチの一眼レフを向けてきた時はどうなるかと思ったけど、言われるままにポーズを取っていたら感覚が麻痺してきた。

 途中から鬼畜眼鏡と新米メイドとかいうシチュエーションをさせられたけど、どう考えてもみやみやが鬼畜に見えるはずもなかった。


 イベントの閉会前に離脱した私は、慣れないいろいろの疲れのせいかうっかり昼寝をしてしまっていた。

 目が覚めたのはお母さんが夕飯だって声をかけてきた時で、もぞもぞとスマホで時間を確認するとずいぶん寝ていたらしい。

 メッセージアプリを確認すると一ノ宮くんからの通知があって、そこには一枚の写真が添付されていた。


『今日の写真はるいさんが今度データで渡してくれるそうだ。こっちは先に送っておくぞ。』


 そんなメッセージと一緒に送られていたのは、二人で自撮りをした写真だった。

 ただのクラスメイトとは思えないくらいの距離に、普段では考えられない格好の二人。

 やっぱり私の顔は真っ赤で、対する一ノ宮くんは伊達メガネの向こうで優しく笑った顔をしていた。

 うん……これはレアだ。いつもの楽しそうな笑顔もいいけど、こういう顔もいいと思う。

 アプリを開けばすぐに見れるとは分かっているけど、なんとなく、スマホ本体に保存をしてしまった理由は分からなかった。

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