26.人の恋路は邪魔できない

 毎度おなじみ睡眠学習を回避した放課後。

 今日は塾もないし、久美と絢ちゃんは用事があるからって帰っちゃったし。

 受験ムードに後押ししてもらうべく図書室で勉強しようか。

 人の少なくなった教室でそんなことを考えながら帰り支度をしていると、突然男子から声をかけられた。


「玄瀬さん、ちょっといいかな?」


 いつもなら一ノ宮くんか! ってなるところだけど、今日は違ったらしい。

 なんでも彼は、学年対抗バスケットボール大会の予選に行ったからだ。

 勉強しようよ受験生……。突き指したら大変だよ?

 声の方へ顔を向けると、そこに居たのは学級委員の仁田くんだった。


「うん、どしたの?」


 正直な話、私と仁田くんに共通点はないはずだ。

 今年初めて同じクラスになったし、選択授業がかぶったこともない。

 せいぜいが帰宅部同士ってくらいだけど、この学校は帰宅部の割合がかなり高いから仲間意識は皆無だ。

 クラスメイトはみんな帰ってしまったらしく、仁田くんは誰も居ないからと私の隣の席に座った。


「玄瀬さんはさ……小豆沢さんと仲いいよね?」


「絢ちゃん?」


 いきなりどういうことだろう?

 そういえば、仁田くんと絢ちゃんは学級委員で一緒だったっけ。

 そして私と絢ちゃんは仲がいいかと聞かれると……そこはイエスと言っておきたいところだ。

 私たち三人は、なんだかんだで三年間同じクラスだったりする。

 これまで何事もなくずっと一緒に居るんだから、仲はいいと思う。


「久美と絢ちゃんと一緒にいることが多いよ」


「そうだよね……」


 そう言ったっきり、仁田くんは口を閉じてしまった。

 この時期は放課後になるとすぐに夕焼け空だ。

 真っ赤に染まる教室の中、気まずい沈黙が流れる。

 仁田くんはどこか落ち着きなく、そして何かを言いたそうな感じだ。

 だって、私をちらちら見ながら口をもごもごさせてるから。

 私と絢ちゃんの関係を聞いたということは……もしかすると?


「絢ちゃんのことが聞きたいのかな?」


 単刀直入に聞いてみると、仁田くんは誰でも分かるくらいに狼狽えていて、正解だってことも分かってしまった。

 はっきり言ってしまったからか、仁田くんも腹をくくったらしい。

 身体ごと私の方を向くと、きちんと顔を上げてくれた。


「僕……小豆沢さんが、好きなんだ」


 もしやと思っていたことは正解だったらしい。

 だって、誰もいない教室で、男子が友だちのことを聞いてくるっていったらそれしかないだろう。

 そっか……仁田くんが絢ちゃんを、かぁ……。


「元から学級委員で一緒だったんだけど、文化祭でよく話すようになって……気付いたら、ね」


 恥ずかしそうな、照れてるような。そんな顔で語られるとこっちまで恥ずかしくなってしまう。

 夕焼けのせいでわからないだろうけど、きっと私も仁田くんも顔が赤くなっていることだろう。


「でもさ、どうしてわざわざ私に教えてくれたの? 仁田くん、絢ちゃんと普通に話してるよね」


 これが初対面だったりすれば誰かを間にはさみたいところだけど、二人はとっくに交流がある。

 だったら私の存在なんて邪魔なんじゃないかと思ったけど、どうやらそれとは違う目的があるらしい。


「小豆沢さんに、好きな人とか付き合ってる人とか、いるのか知りたいんだ」


 なるほど……。だとしたらそれを本人に聞くのは憚られるだろう。

 とはいえ、そこでどうして久美じゃなくて私だったんだろう?

 たまたま目についただけなんだろうけど、どっちでもいいと思うんだけどな。


「それに、玄瀬さんは一ノ宮とよく話してるから、僕でも話しかけやすい気がして」


 ですってよ一ノ宮くん! ここに変な誤解が生まれちゃったじゃない!

 オタぼっちのコミュ障女子ですよ私は! 話しかけやすさから対極にいるべきなのに!


「えーっと、一ノ宮くん相手だと会話が続いてるように見えるかもしれないけどさ?

 私こう見えて……いや、まんまなんだけど、結構人見知りの喋り下手なんだよね」


「そうなの? でも、僕もだからちょっとほっとしたよ」


 そう言って、仁田くんは目元を緩めた。

 確か仁田くんは、絢ちゃんと同じく成績優秀者だ。

 そして学級委員をしているんだから人格者でもある。

 そんな人が、受験真っ只中の高校三年生で恋愛に悩んでるだなんて。

 大事な時期なのに我慢できない。それが恋愛というものなんだろうか。

 そんな人になら、絢ちゃんに迷惑がかからない程度に、僅かばかりは協力してみたいものだ。


「んー……私は、だけどさ。絢ちゃんとそういう話はしたことないし、聞いたこともないかな」


 学校ではずーっと勉強してるし、帰ってからも塾や自主勉強をしているって話だから、外に恋人はいないんだと思う。

 だけど好きな人っていうのは……言わなきゃ分からないものだしさ。

 無理に聞くことはしないけど、多分そういう人は居ないんだろうなぁ……。


「そっか……いきなりごめん。参考になったよ」


「ううん、これくらいしか言えなくてごめんね。

 役には立てないと思うんだけど、よかったら話くらいは聞くよ?」


 恋愛ごとに疎い私が首を突っ込んでもいい結果は生まれないだろう。

 だけどこういうのって、話すだけでも楽になるかもしれないし。

 口にだすのが大事なんだって、どっかで聞いた記憶があるから。


「ありがとう。玄瀬さんに聞いてもらえるなら百人力だ」


「全然そんな効力ないんだけど」


 そんなことを話しながら連絡先を交換していると、教室の扉が突然、音を立てて開いた。


「ん? 玄瀬と仁田か。こんな時間にどうしたんだ?」


「それはこっちの台詞だよ、一ノ宮くん……」


 どうしてあなたは体操服を着ているんですか……?

 あぁ、そうか。学年対抗バスケットボール大会か。

 学校指定の体操服だというのに、汗を拭う様子すら格好よく見えるのは反則だと思う。

 あとここで普通に着替えようとしないで! せめて隠れて!


「ああ、玄瀬。もう遅いから駅まで……」


「だから断る!」


 着替えているであろう一ノ宮くんに背中を向け、両手でさらに目を覆う。

 そんな状態でも一ノ宮くんのお誘いに頷く訳にはいかない。非公式絶叫コースターはもう乗りたくない!


「あはは。仲いいね、二人とも」


「ああ、仲良しだぞ」


 一ノ宮くんの即答はちょっと嬉しいものがあるけども、着替え途中でこっちに近寄らないでほしい。

 私は何も見えません。いい匂いがするのは気のせいじゃありません。


「玄瀬、もう着替えたから平気だ」


 その言葉に手を外して振り返ると、冬服の制服をきちんと着てくれていた。

 うん……いいなぁ、冬服。容姿端麗な一ノ宮くんが着ると一際映えると思う。


「しかし仁田が女子と話すだなんて珍しいな。何かあったのか?」


「一ノ宮だって玄瀬さん以外には話しかけないだろ? 珍しさならおあいこだよ。

 じゃあ、僕はそろそろ帰るね。玄瀬さん、ありがとう」


「え? うん、またね」


 そう言うと、仁田くんは振り返ることなく帰ってしまった。

 うーん……一ノ宮くんはこれで誤魔化されてくれるかな?

 ちらりと様子をうかがってみると、やっぱりちょっと訝しげな表情をしていた。

 だけどなぁ……さすがにさっきの会話内容を教える訳にはいかないし、ここは私も誤魔化しておくとしよう。


「一ノ宮くん、昨日のアニメ観た?」


「ああ、もちろん。お前も観るって言ってたからな、リアタイしておいた」


 共通の話題を振れば、会話はそっちに寄るものだ。

 そもそもこれは話しておきたかったものでもあるし。

 ちゃんと言えない申し訳無さをかき消すように、先生に追い出されるまで二人で話し続けていた。

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