25.みんなの好きなもの
一通り会場を回ったあと。
ひとまず一ノ宮くんを探そうと思ってスタッフさんの詰め所に行くと、そこには見知った人が座っていた
「るいさん、こんにちは」
「あら、シロクロちゃん!」
その人は制服イベントのときにお世話になったるいさんだった。
今日の服装はコスプレ不可のイベントの中で、大人っぽさの中にオタクっぽさを入れ込んだなんとも絶妙なものだ。
ちらほら見えるレースのフリルは悪目立ちすることなく可愛らしさを醸し出している。
休憩時間らしいからイベントの写真とライブチケットのお礼をすると、るいさんは唇の端を上げてニンマリと笑った。
「みやみやとのデート、楽しかったぁ?」
「デートじゃないですから!」
事実無根な名称の発信源はここなのだろう。
必死に否定したものの、るいさんの中でそれは決定事項らしい。
どうしたものか……あとで一ノ宮くんにもちゃんと否定してもらおう。
「今日はコスプレなしなんですよね。るいさんのコスプレ、また見たかったです」
完成度の高いコスプレを見るのは最高に興奮するから、見れるものなら見たかったなぁ……。
そう思って言ってみると、るいさんはなぜか足元からバイオリンケースを取り出した。
「あらぁ、嬉しい! けど、今日の本命はこの子だからね」
うきうきとした様子でケースが開かれると、そこには一体の人形が横たわっていた。
「あの……これは?」
「球体関節人形よぉ。ドールって呼ぶほうが通りがいいかも?」
なるほど、ちょっと聞いたことがあるかもしれない。
それは子供が使うものとは全然違くて、サイズもかなり大きい。
着ている服もまるでフランス人形のように豪華なものだ。
そして何より、顔がものすごく精巧に作られているように見える。
細部に施されたお化粧は緻密で、見開いた目蓋の奥にある透き通るような瞳は吸い込まれてしまいそうだ。
「すごい……ですね」
「んふふー、可愛いでしょー? 今日は服もおそろなのよ」
その言葉にるいさんとドールの服装を見比べてみると、確かに細部の装飾が一緒だった。
レイヤーさんということは服作りに長けているのかもしれない。
自分の思うものを立体として表現できるのは、羨ましいし尊敬するものだ。
「ただ、怖がる人もいるからね。普段はケースにしまっているの」
そう言って、るいさんはバイオリンケースを静かに閉じ、再び足元へと戻した。
うん……怖いって気持ちも分からないでもない。だけど、可愛がる気持ちもわかる。
好きって気持ちはひとそれぞれだよね。できることなら、お互い否定をしないでいたいものだ。
「みやみやなら向こうの対応してるわよぉ。もう落ち着いてるみたいだから、すぐに戻ってくると思うわ」
「じゃあ、ちょっと観察がてら行ってみますね」
「彼氏の雄姿は見てみたいものね。いってらっしゃーい」
そういうのじゃないんだけどなぁ……。
るいさんの中の私と一ノ宮くんは付き合ってるって判定は、そう簡単には覆らない気がする。
たまにしか会わないから問題があるわけじゃないけど……いいのかなぁ、これ。
一ノ宮くんがやりづらくなるんじゃないかと思ったけど、それなら本人が否定すればいいことか。
るいさんが教えてくれた方向に向かうと、どうやらまだ作業は終わっていなかったらしい。
真っ赤なカーディガンは遠くからでもよく目立っていて、素早く軽やかに動き回る様子は見ていてなんだか気持ちがいいものだ。
終わってないなら邪魔しちゃ悪いよね。あんまり離れないようにしつつ、どこか見に行こうか。
そう思ってあたりを見回してみると、すぐ近くに二人のスタッフさんの姿があった。
それはさっきと同じ、吾妻さんと白雪さんだ。見たところ、どうやら一般参加者に質問されているらしい。
相手は少し年上くらいに見える女性で、不安そうな様子からイベントに不慣れな人なんだろう。
カタログを手に困った表情を浮かべる女性に対し、吾妻さんは一歩引いたところに立っていた。
これは……新人教育的なもの? 女性と同じく不慣れな様子でカタログを開く白雪さんを、静かにじっと見ていた。
「その、あの、ここは……あの……」
ひどく慌てた様子の白雪さんの視線は、何度も手元と女性の顔を行ったり来たりしている。
それを見かねたのか、吾妻さんが足を一歩前に出した時。白雪さんはそわそわしていた指先をぐっと握って顔を上げた。
「こっ、こちらのサークルさんは、左手奥のスペースになっています。
で、ですが、今はお手洗いの列が近くに伸びていますので、右手側から迂回するのがスムーズかと思います……っ!」
そう言い切った白雪さんの顔は真っ赤で、目にはうっすら涙が浮かんでいるようだ。
か、かわいい……!
そんな不謹慎な考えがばれないように口元を押えていると、女性は不安そうな表情を緩め、頭を下げて去っていった。
なるほど……。場所を教えるだけじゃなく、状況を判断しながら教えたかったのか。
それはきっと慣れた人にしかできない、実益の伴った説明だろう。
「おっけー白雪ちゃん、上出来!」
離れていた吾妻さんがすぐに駆け寄ると、白雪さんはぱっと顔を上げた。
その表情は不安でいて、興奮していて、驚いていて、喜んでいるような。
そんな複雑な顔をしていた白雪さんの頭を、吾妻さんはよしよしと撫で回した。
「あ、吾妻さん! やめてくだいませ!」
「ごめんごめん、よくやったね」
「あ、あれくらい、できて同然ですわ!」
真っ赤な顔でお嬢様言葉使うのすんごく可愛い……っ!
ツンデレか! ツンデレなのかっ! 壁にばっしばっし萌え叩きしたい!
そんな欲求をぐっとこらえていると、ふと背後から肩に手を置かれた。
「玄瀬、どうかしたか?」
一瞬驚きそうになったものの、この場でこういうことをしてくるのは一人だけだ。
可愛らしい白雪さんから目を離さないように、一ノ宮くんの腕をがしっと掴んで横に並ばせた。
「ねぇねぇ一ノ宮くん、白雪さんって可愛いね!?」
「む、そうなのか? 俺はよく分からんが」
「私思うんだ、ツンデレとお嬢様って最高の組み合わせだって!」
「趣味嗜好は人それぞれだな。俺はツンデレ属性は薄いぞ」
残念なことに共有できなかったらしい。
だけどようやく隣に人がいるんだ。一人なら奇行だけど、相手がいればよくある光景だろう。
一ノ宮くんの腕を掴みつつ、空いてる方の腕を小さくぶんぶんと振る。
あぁ! この! 萌えたぎる気持ち! でも本人にはバレちゃ駄目だからね! どうみても不審者だから!
「一ノ宮ぁ、もう終わったのか?」
真っ赤なカーディガンが視界に入ったのか、吾妻さんは白雪さんを撫で回しつつこちらに声をかけてきた。
白雪さんは変わらず真っ赤な顔をしていてもう……お姉さん、鼻血が出そうです。
「ああ。そんな人数でもなかったからな」
「さすがはコミッとの赤い彗星」
「え、三倍速いの?」
「二倍を心がけている」
私たちがそんな軽口を叩いている間も、白雪さんは嬉しそうに小さく笑っていた。
一ノ宮くんに言われたわけでもなく、そもそも私の真横に居るという状態でも。
ということは……もしかして、白雪さんの一ノ宮くんに対する気持ちって、好意で留まってるんじゃないのかな?
さっきは伴侶がどうこうとんでも発言してたけど、だったら今この状況で様子が変わらないのは変だと思う。
それに、一ノ宮くんと吾妻さん、二人に向ける表情が一緒だから。
うーん……でもまぁ、いっか。
一ノ宮くんは気付いてなかったし、白雪さんが内心でどう思ってるかなんて確実じゃないし。
「玄瀬、そろそろ腕が痛いんだが」
「え……?」
思春期真っ只中であろう白雪さんのうぶで可愛い心変わりを妄想していると、隣りにいる一ノ宮くんがぽそりと呟いた。
腕……腕? 言われて視線を落としてみると、一ノ宮くんの腕をがしっと掴んだままだった。
「うわぁっ!? ご、ごめん! うわ、跡ついてる!?」
「お前の滾る思いは分かった」
「すみませんでしたぁっ!」
白雪さん萌えが握力に変換してしまったらしい。
赤くなっている腕をさすっていると、頭上から小さな笑い声が響いてきた。
「いや、そんなのすぐ治る。むしろお前の趣味がはっきり分かってよかったぞ」
「一ノ宮さん、なんのお話ですの?」
「な、なんでもない! なんでもないからっ!」
拙い言い訳をしようとしたところで、運良く詰め所のスタッフさんから呼び出しがかかったらしい。
スマホを耳にした一ノ宮くんが戻ろうとするから、私もそのままついていくことにした。
「ちょうどいい、本も渡したかったからな。全部ゲットできたぞ」
「ほんとっ? ありがとう!」
激戦必死のサークルさんの新刊も手に入ったのか。
さすがは一ノ宮くん! そして、えーっと……ふぁんねるさん!
受け渡しを済ませてきちんと鞄にしまいこんでいると、一ノ宮くんが机の向こうから聞いてきた。
「玄瀬、終わったらアフター行くか?」
う……それはとっても、とっても嬉しいお誘いなんだけども。
私にはやらなきゃいけない試練が待っているというか。
「塾の宿題で死にそうなので帰ります……」
「む……そうか。残念だ」
私も残念です……。
こればっかりは自業自得……じゃなくて受験生の宿命。逃げることはできない。
後ろ髪引かれる思いで会場をあとにすると、途端になんだか寂しい気分になってしまった。
今日はスタッフさんといっぱい話したもんな。
ドールではしゃぐるいさんとか、真っ金金な吾妻さんとか、ロリータツンデレお嬢様の白雪さんとか。
今後の白雪さんが気になるものの、毎回イベントで会えるというわけじゃないだろう。
好意……好意か。
私は今まで、華やかな恋愛を経験したことはない。次元の向こうに向かってはしたことあるけど。
だから現実の相手に向けた好意というのは、正直理解できていないと思う。
だけど……いつかちゃんと、そういうのを知ることができたら……楽しいのかな、なんて思いつつ電車に乗り込んだ。
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