24.ツンツン+お嬢様=最高
秋も深まる十月の日曜日。
私は未だかつてないほどぐったりしながらイベントへ向かった。
どうしてこんな状況かというと単純明快、受験勉強という悪魔に襲われているからだ。
受験生、秋、必死。学校の授業はもとより、塾も過酷なノルマを押し付けてくる。
だけど合格ラインギリギリの私はそれから逃げることもできず。
どうにかこうにか終わらせて、久々のこの場所に来ることになった。
四月に初めてきた場所は、今やちょっと馴染みを感じてしまうくらいだ。
といっても片手で数えるくらいしか来てないけど。
今日のイベントはコミック☆みーと・秋。春に私が初めて来たイベントで、一ノ宮くんと出会った場所だ。
開会直後の激混みに挑む体力がなかったから、波が静まる時間を選んだ。
確保が難しいサークルさんは一ノ宮くんがゲットしてくれるとのことだから、私はきままにめぐろうと思っている。
昨日のうちに宝の地図は作っておいたし、最初に行く地域は頭の中に入っている。
それなりの人混みの中を進んでいると、首からスタッフ証を下げている二人組が歩いてきた。
いつもありがとうございます。あなた方のおかげで私はイベントを楽しめてます。
心の中で感謝を述べつつすれ違おうとするとその片方、男性の方がぴたりと足を止めた。
何かあったのかな。邪魔にならないようにその場を離れようとすると、その男性はじっと私の方を見ていた。
「君!」
「え……わ、私ですか?」
何かしちゃった……?
普通に歩いてたつもりだったけど、入っちゃいけない場所だったり? それとも列を遮っちゃった?
それとも今立っている場所が悪いのかと思って慌てて周りを見ていると、男性スタッフさんは私の目の前に寄ってきていた。
「あ、あの……?」
「あーっ、やっぱり! 君、一ノ宮のスペースで留守番してくれた子だよね?」
ビシッと私を指差す男性は、少し小柄な身長に真っ金金の髪をしていた。
それだけだとヤンキーさんかと思って怖いんだろうけど、人懐っこいニコニコ笑顔を浮かべているからそうはならなかった。
って……一ノ宮くんのスペース?
確か、一ノ宮くんがサークル参加していたのはコミッとの春だったから……。
「もしかして……あの時のスタッフさんですか?」
スペースに居る一ノ宮くんに拝み倒していた人。色味は違うけど、こんな体格だったような……?
「そう! オレ、吾妻ってんだ、よろしく!」
そう言うと、吾妻さんは私の手を取りブンブンと握手をしてきた。
あの……そんなに振らなくても……。
私の人見知りスキルが発動する暇もなく、吾妻さんは私の手を取り待たせていたスタッフさんの方へと向かっていった。
うん、私、どうして一緒に行くの?
人混みの中でそんなことを聞く余裕はなく、すいすいと人波をかき分ける吾妻さんにされるがままだった。
「おまたせ!」
「いえ、構いません。そちらは……?」
所体なさげに立っていたのは、それはそれは可愛い女の子だった。
幼気な顔からして年下なんだと思う。
ぱっちりとした大きな目。白磁のような真っ白な肌。桜色の小さな唇。
そして艶のあるこげ茶色の髪はくるんとカールされている。
ふわふわとした愛らしい服装は、控えめだけどロリータファッションだろう。
張りのあるワインレッドのワンピースには、小花柄の布地でアクセントが加えられている。
そしていたるところに秘めやかに施されている白いレースは、どれも繊細だった。
守ってあげたくなるような容姿をしているその姿は、まるでお嬢様。
不安そうに白魚のような指を絡めあわせているところも、か弱さを感じられてグッとくる仕草だ。
二次元から出てきたと言われても疑わないくらいの美少女だけど、首からはきちんとスタッフ証を下げていた。
「えーっと、一ノ宮の彼女!」
「違いますっ!」
なんということだ。ここでも事実無根な名称が伝わっていたらしい。
あっけらかんと言い放った吾妻さんは、一ノ宮くんを呼んでくると言ってさっさと行ってしまった。
いや、別に呼ばなくていいし。むしろ邪魔したくないし。
はぐれたら分からなくなるから待っているようにと壁際に移動したから、ここから逃げることも躊躇われるし……。
となると、この超絶かわいい女の子と一緒に過ごすことになる。
恐る恐る横に並ぶと、ふんわりと華やかな花の香りが漂ってきた。
それに近くで見るとこの服、細かい装飾がいっぱいですんごく可愛い。
……どうしよう、緊張する!
「わたくし、
名前まで可愛いな! それに一人称! まさにお嬢様!
鈴が鳴るようなという表現がまさに当てはまる声は、少し硬いようにも思う。
もしかしたら私と同じく緊張してるのかな? そう思って横を見ると、白雪さんは私をちょっと見上げていた。
並んで分かったけど、この子はちょっと背が低めらしい。そんなところも女の子っぽくて素敵だと思う。
私はなぁ……低いとはいえいわゆる標準付近だからなぁ。高い人も低い人もちょっと憧れてしまう。ないものねだりだけど。
「玄瀬朋乃っていいます」
そう答えると、白雪さんは私の顔をじっと見つめ、それから視線を上下に動かした。
なんだか観察しているように感じるんだけど……?
今日の私の格好は、ちょっとだけ柄の入ったシャツにパーカー、たふたふとした緩いパンツにスニーカーだ。
鞄は薄手の背負うタイプ。いや、可愛い格好はさ、したいけどさ。
未だにイベントに慣れているとは言い切れないから、機動性が一番だと思っている。
白雪さんはきっと、スタッフをしているならイベント慣れしているんだろう。いつか私もそうなりたいものだ。
「貴女は……一ノ宮さんの、彼女なのですか?」
「え? いやいや、違うよ! ただのリア友!」
「そうですよね。貴女は一ノ宮さんに相応しくありませんもの」
……ん?
愛らしい声で言われた言葉に、ふと思考が止まる。
えっと……相応しくない? 私が、一ノ宮くんに?
そもそも彼女なんかじゃないんだからそこはいいんだけど、辛辣な言葉につい白雪さんへと視線を向けてしまう。
「一ノ宮さんのように素晴らしい方の隣には、わたくしが居るべきですわ」
「はぁ……?」
「わたくしは一ノ宮さんの伴侶としてふさわしいよう、常日頃から努力をしていますから」
伴侶って、それはちょっと気が早すぎるんじゃないかな?
白雪さんは自信満々……とは正反対の表情で、つらつらと言葉を続けていた。
なんでも、一ノ宮くんはとても優秀で、素敵で、紳士的で、大人で。
個人で最高のパフォーマンスをしつつ、周りに目を向け労ってくれる。
あんなにも完璧な男性はこの世に居ないであろうということだった。
いや……優秀なのは認めるけど、大人じゃないよ? むしろ子供だよ?
そう言ってあげたい気持ちはあるんだけど、白雪さんのマシンガントークは切れ目がない。
それは反論を許さないと言うよりは、口を挟まれたくないというか……。
会話の間にそわそわと指先を動かしたり、ワンピースについたリボンを意味もなく整えてみたり。
かと思えば私をじっと睨んだり、視線をうろうろと彷徨わせたり。
そんな仕草に違和感を覚えるものの、言い返すことはせずにとりあえず相槌を打っておくにとどめた。
だって……なんか、必死だから。邪魔しちゃうのが申し訳なく感じる。
「玄瀬!」
そんな白雪さんの言葉をうんうんと聞いていると、呼びかけと共に真っ赤なカーディガンが見えてきた。
定番の格好は、どうやらこれが一ノ宮くんのイベントでの正装らしい。よく目立つからありがたいものだ。
そしてここでは本名で呼ぶことにしたらしい。きっと一ノ宮くんなりの考えやルールがあるんだろうな。
「おはよ、一ノ宮くん」
スタッフ証を首から下げた一ノ宮くんは、長い脚ですいすいと人波を抜けて私の前へと来た。
中に入ったばかりの私はまだ肌寒いけど、スタッフさんはそうではないらしい。
少し暑いのか、両腕の袖をまくりあげていた。
「ああ、おはよう。目的の場所は行けたか?」
「ううん。でも今日は適当に見て回るつもりだから」
「そうか。そういうのも楽しいよな」
ニッと笑った一ノ宮くんは、今日もとっても楽しそうだ。
本当にイベントが好きなんだろうなぁ……。ここまで熱中できる一ノ宮くんは、やっぱりちょっと羨ましい。
「い、一ノ宮さん!」
「ん? 白雪、どうかしたか?」
意を決して、と言ってもいいくらいの勢いで、白雪さんが一ノ宮くんへと声をかけた。
それに対する反応はごくごく普通で、その温度差がなんだかなぁと思ってしまう。
「先程の混雑対応、とても素晴らしかったです! まるで魔法のように列が形成されるんですもの!」
「今日は慣れた参加者ばかりだったからな。こっちも楽をさせてもらったぞ」
「そ、それでも! わたくしには到底できないものです!」
「今はまださせていないが、白雪もすぐできるようになる。大丈夫だ」
なんでも、慣れるまでそういう作業はさせないらしい。
それもそうだろう。屈強なハンターを前に誘導するなんて、技能も度胸も必要なものだろうから。
高校一年生からスタッフをやっている一ノ宮くんと、おそらく年下であろう白雪さんとでは経験が違う。
もちろん、私はもっと違うけど。
その後も白雪さんは尊敬の眼差しを一ノ宮くんに向け、好意むき出しで話しかけている。
だけど……うん、さすがは精神年齢小学生。好意はただの好意として、熱い視線には気付いていないらしい。
その様子は見ていてなんだかいたたまれないものだ。
「私、ちょっと回ってくるね。またあとで連絡する」
「ああ、分かった。待ってる」
一ノ宮くんに声を掛けると、白雪さんとの会話の合間に返事をしてくれたから、私は気兼ねなく人波に流されることにした。
さすがはオールジャンルのイベント。新旧問わず様々な作品の同人誌が並んでいる。
目的のものはあるけど、それ以外だって欲しいものは欲しい。
心もとないお財布と相談しつつ、新たな出会いを探すことにした。
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