学祭デートと燕尾服

 秋も深まる10月。

 暑いと涼しいが入り乱れるこの時期は、服装にとっても苦労する。

 調整がしやすい上着を選んだり、スカートの素材に悩んだり。

 それに加えてあんまり子どもっぽいのも嫌だけど、大人っぽさの基準が難しかったり。

 悩みに悩みながら、今日は自分なりに最大限のおめかしをしてとある場所に来ている。


「玄瀬! 待ったか?」


「ううん、全然。ぴったりだよ」


 待ち合わせの時間ちょうどに、一ノ宮くんがやってきた。

 歴史を感じる石造りの門扉に、大きな大きな筆文字の看板。

 それとは反対に、華やかで賑やかな色とりどりの装飾。

 無秩序というか混沌というか、だけど手間暇と勢いを感じられるのは、製作者の意欲ゆえなんだろう。

 ここは一ノ宮くんが通っている大学で、今日は学祭だからと遊びに誘われていた。

 たくさんの人が入り乱れる中、一ノ宮くんは私と並んで案内をしてくれる。

 何度か来たことはあるけど、いつもとは全然雰囲気が違う。

 縦横無尽に伸びる道には屋台が並んでいて、お祭りみたいな美味しい匂いがしてくる。

 もちろんその奥にいる人たちは学生で、みんな忙しそうに動き回っていた。 


「一ノ宮くん、今日は忙しくないの?」


「一回生は特にやることがなくてな。本格的に参加するのは来年からになるみたいだ」


 残念そうに言う一ノ宮くんは、いつもどおりのシンプルな私服姿だ。

 作業をしている人たちはお揃いのティーシャツを着ているからひと目で分かる。

 だけど来年からは張り切って参加するんだろうなぁって考えたら、らしいなって思ってしまう。


「その分、漫研のほうで参加してるぞ。行ってみるか?」


「え、行きたい!」


 一ノ宮くんが参加しているなら、それはきっと楽しい場所だろう。

 安定の信頼を抱きながら向かった先には、こういうイベントならではの世界が広がっていた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 真っ黒な燕尾服を着た何人もの男性と、ちらほら見かける黒のロングワンピースの女性。

 並んだ机には真っ白なテーブルクロスが敷かれ、一輪挿しに花が飾られている。

 そして、ほとんど埋まった席の前には、見るからに高級そうなティーカップが置かれていた。

 いつもだったら講義に使われているであろう教室は、見事にその姿を変えている。

 まさにここは、存在は知りつつも行く機会はほとんどないという、執事喫茶だ。

 高校生のコスプレなんかとは比べ物にならないクオリティは、まるで本物みたいだった。


「ふぁー……」


 ぽかんと見回していると、一人のサークルメンバー……じゃなくて、執事さんが近づいてきた。


「おぉ、一ノ宮ぁ! それに玄瀬さんも!」


 見覚えはないけど聞き覚えはあって、何よりはっきり私の名前を呼んだ執事さん。

 一体誰だろう?

 さすがに聞くのは失礼だろうと思っていると、一ノ宮くんが面白そうに笑っている。


「学祭だが別の大学の人もいるんだ。そっちの部長も企画段階から参加してるぞ」


「えっ、部長っ!?」


「あはははっ、コスプレする側も悪くないねぇ!」


 普段はこう……適当な服装というか気にしていないというか、そんな感じなのに!

 燕尾服をきっちりばっちり着こなしていると、正直本当に部長なのかと疑ってしまう。


「今日はどうですか?」


「いやぁ、回転率が激悪だよ! 朝から行列が途切れなくて!」


 そう言われて見回してみると、お客さんはなぜだか揃って漫画を手にしていた。

 みなさん時間つぶしに読み流している感じじゃなくて、丹念に読み込んでいるように見える。


「ここ、執事喫茶じゃなくて漫画喫茶なの?」


「正確には執事漫画喫茶だな」


 まったく正確性が感じられないんだけど?

 そうこうしているうちに一人のお客さんが席を立ち、出口前の箱の前で立ち止まる。

 そこには大きな箱があって、お客さんはカードのようなものを入れていた。


「入店時に好みのジャンルを書いてもらってな。部員が漫画ソムリエとして接待するんだ」


「ソムリエって、ワインの?」


「ああ。それぞれイチオシの漫画を持ち寄ってプレゼンし、気に入ったら投票してもらうシステムだ。

 一番支持を得た部員が優勝という競争要素もある」


「だから他の学生も紛れ込んじゃってるんだよねぇ!」


 オタクは誰しもイチオシのコンテンツがあるはずだ。

 無難どころを選んでもよし、マイナーどころを布教してもよし。

 そう考えたら、出店側も楽しい企画なのかもしれない。

 お客さんと意気投合して語り合っているテーブルもあって、あれが回転率激悪の理由だろう。

 これは私も入ってみたいなぁなんて思っていると、お客さんじゃない私たちに気づいたんだろう。

 手が空いたらしい執事さんがこっちに向かってきた。

 だけどなんだか好意的ではないような雰囲気で、思わず一ノ宮くんの袖を握ってしまった。


「お疲れさまです、先輩」


「一ノ宮っ、てめぇ昨日の投票独り占めしやがって!

 今日はシフト入んなよ? オレの独壇場だからな!!」


 一ノ宮くんの涼しい顔での挨拶に、先輩執事さんは怒り心頭だった。

 いや、これはただの逆恨みに宣戦布告だ。全然本気じゃないんだろうけど。

 そんな執事さんを押しのけてやってきたのは、見事なクラシカルメイドさん。

 清楚さと生真面目さが醸し出される様相は、うっかりぽぉっとしてしまいそうだ。


「いっちー! こないだのデッサン人形、ありがとね! 締め切り間に合ったよ!」


「それはよかったが、ああいうのはもう勘弁してくれ」


「あ、その子いっちーの友だち? 薔薇もいける口? 薄い本いる?」


「聞いてくれ」


 渋い顔の一ノ宮くんはレアだ。

 なんでも、趣味で書いているBL本のお手伝いとして、リアルデッサン人形をしたらしい。

 そのお相手はなんと吾妻さん。

 知り合い同士の絡みだなんて、一体どんな仕上がりだったんだろう……。


「いける口なので本も写真も見たいです!」


「やめてくれ!」


 大焦りの一ノ宮くんもレアだ。

 半分以上本気だったんだけど、ここまで嫌がられると強く言えないなぁ。

 部長を経由してゲットできないかと考えていると、今度は若々しさを感じる執事さんが詰め寄ってきた。


「てかその子、コンパの時の彼女だろ?

 とっととデートしてこい! オタ充! リア充! 爆発しろっ!!」


「前半は否定しないが後半は遠慮しておくぞ」


 一ノ宮くんは子どもっぽい罵詈雑言を笑って受け流すと、軽く挨拶を済ませてお店を出た。

 列は更に伸びているから、これに並ぶと回れないところも出てくるだろう。

 ちょっと残念に思っていると、一ノ宮くんが私の顔を覗き込んできた。


「どうかしたか?」


「ううん。楽しそうだったなって」


「あそこまで混むとは思わなくてな。玄瀬も行きたかったか?」


 楽しそうだったのはサークルメンバーのほうだ。

 私の大学のほうだって楽しいけど、よそはよそで楽しそう。

 それに、行きたかったは行きたかったけど今日じゃなくて……。


「一ノ宮くんに接待されたかったなぁって」


「シフトに入ってたら一緒に回れなくなるだろう?」


「うーん、そうなんだけど……」


 私服もばっちり格好いい一ノ宮くんを見ながら、しみじみ思ってしまう。

 きっと燕尾服なんて着たら画面の向こう側みたいな完成度になるだろう。

 入学式の時に着たっていうスーツもものすごく似合ってたし。

 思い出したらうっかりにやにやしてしまいそうだ。

 他校の学祭なんだからと緊張感を引き戻していると、一ノ宮くんがすっと身体を寄せてきた。


「それに、俺はいつでもお前だけのソムリエになるぞ?」


 間近でニッと笑われると、顔がかぁっとするのが分かった。


「……わざとでしょ?」


 最近はこうして、からかわれているんだっていうのが分かるようになってきた。

 かといって同じように反撃するのは無理なわけでして。

 悔しい気持ちもあるけど、他の人にはしないことをされるのは特別感がある。

 だからせいぜい、じとりと睨んで文句を言うくらいしかできない。


「彼女にBL展開を期待されたんだ。これくらいしてもいいんじゃないか」


 ふてくされたような顔は、案外気にしていたらしい。

 いやでも、やっぱり気になるよね? 美少年の絡みってもはや芸術だよね?

 決して不埒な気持ちは……ものすごくあるけど、それだけじゃないと伝えるべきかな。


「妄想するのは止めないが、一緒にいる時は彼氏として扱ってくれないか?」


 一ノ宮くんはそう言って、私の手を握った。

 こういう時、一ノ宮くんはずるい。

 私が一ノ宮くんの顔が好きで、もちろん中身も好きだって、分かって言ってるんだろうから。

 考えてることはお見通しって扱われるのだって、結局やっぱり嬉しいんだ。

 だけど悔しさは残っているから、さっと手を抜いてしまう。

 私がこんなことをするのはほとんどないから驚いているみたい。

 だけど嫌だからじゃないよって分かるように、一ノ宮くんの手に指を絡めた。

 間近で嬉しそうな、照れたような顔を見ればもう満足だ。

 ご機嫌さだけを残して、二人並んで次の場所へと向かうことにした。

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