シャッターチャンスは突然に

「今度はシロクロちゃんとみやみやメインで撮るわよ!」


 外での撮影と休憩を挟んだあと、やる気満々のるいさんに案内されたのは洋館の一室だった。

 アンティークな家具が置かれた部屋の中は、中世貴族のお屋敷みたいだ。

 椅子にソファ、テーブルにベッドと、どれも撮影するのにうってつけのものだろう。

 賑やかな外と違って、ここには知った顔しか居ない。

 そのことでちょっと緊張が和らいで、大きなソファにぽふんと腰掛けた。


「疲れたか?」


「んー、ちょっと緊張しすぎたかも。あとテンション上がりすぎた」


 隣に座ったみやみやが心配そうに覗き込んでくるけど、体力的には全然平気だ。

 初めてのコスプレイベントは当たり前ながら楽しいし。

 私たちが話している間に、るいさんたちはカメラを構えて構図の相談をしているらしい。

 時たま言い合う声が聞こえるけど、戦友の証だと思っておこう。


「シロクロちゃーん! みやみやー! こっちおいでー!」


 ゆっくりしている間に討論は終結を迎えたらしく、満面の笑みで手招きするるいさん。

 先に立ち上がったみやみやが手を引いてくれて、そのまますっぽり手を握られた。


「み、みやみや?」


「俺たちがやってるキャラはカップルだっただろう?」


 原作の主人公とヒロインは、そりゃあもちろんカップルだ。

 だから作中でもこういうシーンはあったわけで……。

 だけど知り合いに見られるのはちょっと恥ずかしいから、繋いだ手は後ろに隠しておいた。


「原作カップル、リアルもカップルな二人にオススメなのはこちらっ!」


「却下です」


 にっこにっこと笑ったるいさんが指差したのは、天蓋付きの大きなベッド。

 思わず固まってしまった私と違い、みやみやは即座に冷たい声で断った。


「えーっ? ほらほらぁ、ベッドふかふかよ? シーツもちゃんときれいよ?

 壁ドン床ドン、どんと来いよ?」


「未成年に何をさせるつもりですか」


「未成年でも十八歳じゃなーい。知ってるのよ? 二人ともR指定の同人誌買ってるの」


「知ってても黙っててください」


 しれっと受け流すみやみやを攻略するのは難しいと思ったのか、るいさんはちらりと私に目を向ける。

 あ……やばい。魅惑が発動してしまう……!


「シロクロちゃーん?」


「は、はひ……」


「このベッド、どう? なかなか目にするものじゃないと思わない?」


「そう、です、ね……?」


「みやみやが駄目ならぁ……シロクロちゃんだけでもどぉ?

 座ったり寝転んだり、それくらいなら平気じゃなぁい?」


「え、っと……」


「おねーさんが撮ってあげるから、横になってご覧なさい?」


「それくらいなら……」


 ふらりと脚が進みそうになると、くんっと腕が引っ張られる。

 その先には、今日だけで何度も見たみやみやの呆れ顔。

 危ない、今のは本当に危なかった……!

 頭をぶんぶん振って煩悩を追い払うと、るいさんは残念そうに眉を落とした。


「あとちょっとだったのにぃ」


「シロクロで遊ぶのはやめてください」


「遊んでるわけじゃないわよぅ。ちょっとセクシーなシロクロちゃんが見たいだけよ?」


「るいさんじゃないんですから、セクシーとか無理ですっ!」


 そんな私の制止にクスリと笑ったるいさんは、私の背中をするりと撫でた。


「うひゃいっ!?」


「ほーら敏感。でもみやみやはそういうの、興味なさそうだもんねぇ」


「隙あらばとは思ってますよ」


「…………えぇ?」


 みやみや、今、なんて言った?

 さらっと放たれた予想外の言葉に、面白がっていたるいさんもぽかんとしている。

 だけどみやみやは平然とした顔で、カメラの調整をする霧島さんのほうへと行ってしまった。


「今の……なんでしょう?」


「みやみやって案外、ロールキャベツ男子なのかしら?」


 確か、草食系に見えるけど中身は肉食系って意味だっけ。

 謎の言動に頭を悩ませてしまうけど、聞き返すには勇気がいる。 

 男同士の話し合いを邪魔するのも悪いから、るいさんに誘われるまま撮影を再開することになった。


「はいっ、座って! 目線こっち! 脚組んで! いいわぁ!」


 言われるままに身体を動かすと、二台のカメラがカシャカシャ音を鳴らす。

 るいさんと戦友のお姉さんのガチっぷりにちょっと慄きながらも、撮ってもらえるのはありがたい。

 そうこうしている間に男性陣も戻ってきて、たくさんの視線に今更緊張してきてしまった。


「シロクロちゃん、緊張してる? 大丈夫、素敵よ! リラックスリラックス!」


「うぅ……」


「ベッドに足乗せちゃって! ぺたんって座れる? 最高!」


「あの……」


「重心後ろで! ニーソに指ひっかけて! そう! 引っ張って! セクシーよ!」


「あぅ……」


 止まることのない指示に従っているだけなのに、るいさんはとっても褒めてくれる。

 それがなんだか嬉しくて、期待に答えたくて……。

 頭がふわふわするのを感じながら、少し火照った顔に手を当てた。


「シロクロちゃん、少し暑い? 首元苦しくなぁい?」


「少し……」


「息苦しかったら、襟のホック、外してみたら? きっとすっきりするわ」


「じゃあ……」


 小さなホックを両手で外すと、言われたとおりすぅっとする。

 だけど緩んだ衣装がずれてしまい、その瞬間に再びシャッター音が鳴った。


「るいさん」


 それをかき消すように響く、みやみやの冷たい声。

 カメラの後ろから放たれた声に私の身体がびしりと固まり、そうっと声の方向に顔を向けた。


「んもぅ! いいとこだったのにぃ!」


「よくないです。シロクロも、そんな簡単に流されないでくれ」


「ご、ごめんなさい……」


 やっぱりすっごく呆れた顔してるっ! いや、呆れられて当然なんだけど!

 慌ててホックを直そうとするけど、首にピッタリ回る襟はまったく見えない。

 手探りで足掻いていると、ため息を付いたみやみやがすぐ隣に座った。


「直すから、少し上を向いてくれ」


「うぅ……ごめん」


 何から何までごめんなさい。

 呆れきっているだろうみやみやに視線を合わせることができなくて、遠くの窓へと目を向けてしまう。


「あーっ! みやみやストップ! そのままっ! 脱衣イベントだわっ!!

 脱がしてほしいけど直視するのは恥ずかしい! そんな初々しさが最高よぉっ!!」


「俺は直してるだけです。変な言いがかりはよしてください」


「いいから! こっちの脳内で逆再生するから! きゃあぁっ!!」


 るいさんたちが歓喜の悲鳴を上げている中、みやみやはすんなりホックを止めてくれた。

 お姉様方が写真を見ながらきゃいきゃいはしゃいでいるのを見ると、なんだかいたたまれない。

 でも、私が撮る側だったら同じようになっちゃうかも。


「苦しくないか?」


「うん、だいじょう……」


 返事をしようと顔を戻すと、すぐ目の前にみやみやが居る。

 そりゃあ、ホックを留めるには近づかなきゃいけないから当たり前なんだけど。

 でもその当たり前の距離が、なんだかとっても恥ずかしい。

 完成度の高い衣装はもとより、やっぱりみやみやは格好いい。

 肌が見えている部分は少ないのに、るいさんとは違う意味でくらくらしちゃいそうだ。


「どうかしたか?」


 ぱちりと目があって、無性に照れてしまう。

 いつもだってたまにこういう距離感になるのに、今日はどうしちゃったんだろう?

 コスプレしてるっていう非日常が影響しているのかもしれない。


「な、なんでもないよ! えっと、私もうたくさん撮ってもらったからさ!

 今度はるいさんを撮らせてもら……」


「なあ、シロクロ」


 明らかな言い訳をしながら立とうとすると、歓声にかき消されそうな小声で呼び止められた。

 思わず動きを止めると、みやみやの腕が伸び私の腰にするりと巻き付く。

 るいさんのくすぐるような手付きと違って、まるで絡め取るみたいな力強さだ。

 ほんの少しの強引さを感じるものと逆の手は、どこかに向かって手の平を向けていた。


「み、みやみや……?」


 みやみやは至近距離でじっと私を見つめたまま、広げた指をゆっくりと折る。

 5、4、3、2……。

 視界の端で折りたたまれる指は、残り一本。

 お姉様方の歓声は鳴り止まず、謎の行動に気づいているのは、きっと私だけだ。


「もう少しくらい、こっちを見てくれてもいいんじゃないか?」


 そう言ったみやみやは、ベッドについていた私の手首を捕まえて、腰と一緒に引き寄せた。

 一体どういう意味なのか。

 訳も分からず顔を見上げると、ほんの一瞬、おでこに何かが当たる。

 そして、一回だけ響くシャッター音。


「……へ?」


 すぐに私を開放したみやみやは、ちょっと意地悪そうに笑っていた。

 思わず自分のおでこを押さえるのと同時に、きれいな弧を描く唇に目が行ってしまう。


「隙あらば、って言っただろう?」


 隙……って……。

 おでこに残る感触は覚えがある。

 これは、その……。


「あーっ! みやみやったらそういうことするなら言ってよ! 霧島くんだけずるいっ!!」


「シャッターチャンスはいつ現れるか分からないものですよ」


「もう一回! もう一回だけ!! すっごくきれいに撮ってあげるからぁっ!!」


「霧島さんが撮っているので十分です」


 何もなかったかのように立ち上がったみやみやは、るいさんに思いっきり掴みかかられている。

 ていうか、これはえっと、もしかしなくても、おでこに……。


「うあぁ……」


 恥ずかしさのあまり、おでこを押さえたままベッドにうずくまってしまう。

 だって! で、でこちゅーを! 人前でっ! それも写真に撮るだなんてっ!!

 なのになんでそんなに平然としちゃってるの!? 訳分かんないっ!!

 はしゃいで揉める皆さんを尻目に悶えていると、静かに近づく影が見えた。


「シロクロちゃん、確認してもらっていい?」


 低い男性の声は、霧島さんのものだ。

 慌てて顔を上げると、苦笑を浮かべながらカメラの画面を見せてくれた。

 そこに映っているのは、窓から差し込むカーテン越しの陽射しに、少し皺の寄った真っ白なシーツ。

 人物から少しずらされたフレームは、まるで乙女ゲームのスチルみたいに完璧な構図だった。


「きれい、ですね……」


「カウントしたら撮ってくれって、頼まれてたんだよ」


 みやみやがしていた指折りは、霧島さんに向けたものだったのか。

 感心したのもつかの間。次に目に入るのは、強引に抱き寄せたように寄り添った二人。

 私はただただ顔を見上げているのに対し、みやみやはというと……。


「何このカメラ目線……っ!」


 私に、で、でこちゅーしながらも、挑発するかのようにしっかりカメラに目線を送っていた。

 細めた目元は冷たくて、でもちょっぴりドヤ顔って感じもあって……。

 そんな流し目なみやみやは初めて見るもので、小さな画面だというのにうっかりときめいてしまった。


「あいつなりの嫉妬と反撃なんだろう。うちの嫁がすまんね」


「へ?」


 嫉妬って? それに、反撃?

 しみじみと言う霧島さんは、今も騒いでいる方向に目を向ける。

 そういえば、今日はるいさんとばっかりくっついていたっけ。

 お姉さまの柔らかさや香りはもちろん素敵で蠱惑的だけど、そんなの全部吹き飛んでしまった。

 強く握られた手首はまだ熱を持っているし、抱き寄せられた腰はそわそわする。

 でも、それを言うのも知られるのも恥ずかしいわけで……。


「霧島くん、あとで写真ちょうだいっ!」


「俺は今回、身内のみ、二次配布禁止のレイヤーなんで」


「そんなこと言うとシロクロちゃんの写真、見せてあげないわよ!?」


「本人に見せてもらうのでいいです」

 

 しれっとるいさんを退けるみやみやは、ふと私に顔を向ける。

 私が写真を確認したのに気づいたんだろう。

 みやみやはちょっと乱れた髪を直しながら、心底楽しそうにニッと笑った。


「……このチーレム野郎ぅぅぅ!」


 そうやって女子の気持ちを籠絡していくんだなっ!?

 カメラと実物を見比べて、そのギャップにすっかりやられてしまっている。

 くそぅ……どっちも格好いいな!


「あとで拡大したの、渡そうか?」


「みやみやの部分だけおっきくするとか……」


「これだけくっついてると難しいね。バランスが悪くなるから」


 私の熱視線に気づいたであろう霧島さんの提案に、すぐに食いついてしまった。

 でも、うーん、私も写ってるのはちょっと、でも、うーん……。


「……普通の拡大でいいので、お願いします」


 とんでもなく恥ずかしいけど、レアすぎる表情をしたみやみやの写真はぜひとも入手したい。

 後日頂いたデータはやっぱり素敵すぎて、しばらくの間見ては悶えるを繰り返すことになってしまった。

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