コスプレデビューはお姉様と

 ようやく暑さが和らぐ日も出てきた九月。

 私はとある一室で、いつもなら絶対選ばない色合いの服を着ていた。


「これで完成よぉ!」


 帽子とはまた違った感触のするものを被せられ、薄茶色の髪がさらりと流れる。

 もちろん私の髪は黒いし、お尻を隠すほどの長さがあるはずもない。

 一体全体どういうことかというと、今日は人気アニメのオンリーコスプレイベントに来ているからだ。

 それも、見るだけじゃなく着る側で。

 広い室内ではそこかしこでお着替えが展開されていて、ちょっと目のやりどころに困る。

 初めてのことに何もできないでいると、私のすぐ目の前に座る金髪ポニテの女性が笑った。


「シロクロちゃーん? 大丈夫ー?」


「は、はい……」


「今日は身内で周りを固めるから、心配しなくて大丈夫よぉ!」


 にっこにっこと笑っているのは、私の心のお姉様、るいさんだ。

 冬のイベントでコスプレのお誘いを受けてはいたけど、完全に社交辞令だと思っていた。

 だけどるいさんは本気も本気だったらしく、少し前にお呼び出しを受け、今日に至ったと。

 そんな私が着ているのは、いわゆるヒロインキャラのものだ。

 白をベースとした女騎士風の衣装は、赤いミニスカートに白いニーソックスが眩しい。

 そして薄茶色のさらさら長髪ウィッグにレイピアを装備すれば、凛々しく戦う女の子キャラの完成だ。


「長物オッケーだから衣装に映えるわぁ!

 それにちゃんとノルマをこなしてもらったみたいね?」


「こんなタイトな衣装でぷよぷよは厳しいですから……」


 事前呼び出しの内容は、自作衣装の採寸とダイエット指導だったり。

 カラオケ店の狭い個室での採寸はまるで百合イベントだったけど、その後の指導は鬼教官そのもの。

 経験したことのない過酷なトレーニングの結果、身体のラインを見せる細身な衣装も問題ない。

 そして対するるいさんはというと、お胸が窮屈そうなエルフの格好をしていた。

 メイクとカラコンのせいか、るいさんだと分かっているのにどうにも別人に見えてしまう。

 私もがっつりメイクをしてもらったけど、るいさんには遠く及ばないだろう。

 完成度が天元突破なレイヤーさんを前にすると、初心者な私は完全に衣装負けしている。

 分かってはいたけども!


「シロクロちゃん、もしかしてコス、嫌だった?」


「へ? いえっ、全然っ! 興味ありましたしっ!」


 鏡を前にうろうろぐるぐるしている私を見て勘違いしたんだろう。

 るいさんが私の顔を覗き込んで、不安そうに聞いてくる。

 というか、その格好だと谷間が見えるしいい匂いがするしでなんだかとっても危ないんですけど!?

 るいさんのパッシブスキル・魅了にやられていると、なんとその胸に顔がぎゅうっと押し付けられた。

 あーっ! 素肌のお胸が! あぁーっ!?


「シロクロちゃんの格好、とっても似合うわ。自信持って?」


「ひゃい……!」


「それとコスプレはね、自分が楽しむものなの。ここにいるのはみんな仲間だし、一緒に楽しみましょ?」


 分かった? って聞かれても、私は赤べこみたいに首をこくこくするしかできない。

 その度にふにゅふわに顔を埋めることになってしまうのは、きっとこれはしょうがないことだ。

 うん、わざとじゃない!


 そんな完全なる百合ップルなやりとりをしてから、私たちは更衣室を出た。

 今日はレトロな洋館を貸し切っているようで、庭も含めてアニメの世界観にそっくりだ。

 撮影スポットの庭へと向かう道すがら、見覚えのある服を着た人たちと何度もすれ違う。


「みやみやと付き合ってどれくらいだったかしら?」


「うぇっ? あ、えーっと……半年ちょっと、です」


 普通に鑑賞モードに入っていたせいで、るいさんの質問に間抜けな声が出てしまった。

 というか、いきなりそんなことを聞かれると変な現実感が戻ってきて混乱しちゃうんだけど。


「じゃあ少しは進展とかあった? 大学生だもの、あったわよね?」


「えーっと、るいさんの思う進展って……」


「そりゃあ、成年指定のあれこれよぉ!」


「ないですからぁっ!?」


 晴れ渡った屋外で口にするのは憚られる内容に、慌てて否定してしまう。

 あ、今すれ違った人すっごくきれいだなぁ……。

 つい目が行ってしまっていると、それ以上にきれいなるいさんが引き気味の息を吐いた。


「え……みやみや、プラトニック系なの? 最近の子って草食系なのかしら?」


「そ、そういうわけじゃないと思いますけど……」


 一応……それっぽい雰囲気になったこともあるし。雰囲気止まりだけど。

 返答に困る質問を繰り返されている間に目的地に着くと、そこにはたくさんの人だかりがあった。

 賑やかながら馴染んだような雰囲気は、きっといつものメンバーというやつなんだろう。

 だけど人だかりの一箇所から、活気と新鮮さが入り混じったような声が響く。

 その中心にいるのは、腰に長剣を差してまっ黒尽くめの衣装を着た、主人公キャラ。

 ロングコートと少し長い黒髪が風に揺れ、まるでオープニングムービーのようだ。

 黒髪設定だからウィッグは必要なかったらしく、そのままの顔なのに格好いいなんて不公平すぎる。

 そんな一ノ宮くん……いや、みやみやは、向けられたカメラからやんわりと逃げていた。


「原作通りのチーレム野郎ね」


 ぼそっと呟くるいさんが怖い! 確かにその通りだけど!

 チートでハーレムなみやみやは、考えてみればいつものことだ。

 いつでもどこでも人の輪の中心に居るのを見ると、見慣れたはずなのにちょっと寂しい。

 声をかけづらくて遠くから見ていると、人の隙間からこっちを見たみやみやが駆け寄ってきた。


「シロクロ!」


 残念そうな視線が追いかけてくるけど、なんだかちょっとほっとする。

 すぐ目の前で止まったみやみやは、るいさんお手製の衣装とあって完成度が高すぎる。

 まるで画面から抜け出たような出で立ちに、ついじぃっと見つめてしまった。


「よく似合ってるぞ」


「え? えぇと、みやみやも……」


「こっちは見てくれないのぉー?」


「るいさんはいつもどおりお似合いです」


「適当ねぇ。でも今日はシロクロちゃんの日だものねー」


 私がみやみやを見つめていたように、みやみやも私を見つめていたらしい。

 熱い視線が恥ずかしくってなんとなく身を捩るっていると、みやみやはくすっと笑う。


「本物みたいだな」


「ちょっと待ったぁっ!」


 もじもじと視線を合わせていたら、みやみやの一言にびしっとるいさんの制止が入る。

 えっと……何かあった?

 みやみやもびっくりしてるみたいで、胸を持ち上げるように腕を組むるいさんに向き直る。

 谷間が……っ、谷間がもはや渓谷にっ!!

 私の不埒な視線は気づかれなかったようで、二人の間に淡い緊張感が漂った。


「本物みたいは褒め言葉だけど、今日のシロクロちゃんに対しては違うわ!」


「説明していただいても?」


 鼻息荒く意気込むるいさんを見て、みやみやもすっと表情を改める。

 ちょっと待って? 私の格好に対してなんでこんなに二人が熱心なの?

 完全に置いてけぼりな状況の中、るいさんはふふんと笑うと私の身体に手の平を向けた。


「本来このキャラはスレンダー系。

 忠実に再現するとなれば、衣装はボディラインに完全にフィットさせる必要があるの。

 けれどあえて! あえてここは原作に逆らったわ」


 るいさんはまるで名探偵の最後の推理みたいな仕草で、私の太ももをビシッと指差した。


「この絶対領域をごらんなさいっ!

 締め付けの強いニーソから溢れるぷにゅっとしたライン!

 なくそうと思えばなくせる。でもなくさない!

 だってこれこそがリアルの味! 三次元だからこそ生み出せる至高の膨らみっ!!」


「やめてくださいぃぃーっ!!!」


 るいさんのフェチが玄人すぎるぅぅっ!!

 みやみやもふむふむ頷かないで!

 ついでにるいさんの後ろから女の人が来てがしっと握手してるけど何っ!?


「るい……あなたにもミニスカ絶対領域のよさが理解できたのね」


「現役JDだもの。これくらいやってもいいと思うわ」


 あ、この人って前にメイド服を着せてもらったイベントに居た人だ。

 るいさんと喧々諤々のガチバトルしてた。

 恥ずかしさのあまり半泣きでしゃがみこんでいると、みやみやがぽんと肩をたたいてきた。


「シロクロが着るからこそのよさだったんだな」


「理解しなくていいからぁ!」


 もうっ、素直に本物みたいだね、でいいから!

 そんなこと言うと私だってみやみやの素敵ポイント炸裂させるよ!?

 細いけど華奢じゃない抜群の身体つきとか!

 ちゃんと男子だけどちょっぴり中性的な顔つきとか!

 やっぱり芸術品な仕上がりの鎖骨とか!

 衣装の話じゃなくなっちゃうけど!


「シロクロちゃーん、こっちで一緒に写真撮りましょー!」


「行きますぅぅぅっ!!」


 どれだけ訴えてあげようかと思っていたけど、女神の誘いには逆らえない。

 顔を上げればそこはまさに桃源郷。

 花壇をバックにポーズを取るるいさんの姿は、まるで一枚の絵画のようだ。

 きちんと撮影許可を取ったスマホを構えると、悩殺ウインクを向けてくれた。


「やばい……すごい……素敵……鼻血出そう……っ!!」


「ほらほらぁ、こっち来て来て!」


「いえ、私が写り込むよりるいさんだけのほうがもう完成されていて……!」


「いーからいーからぁ! あ、霧島くーん! 撮って撮ってー!」


 るいさんの呼びかけに振り返ると、みやみやの隣に久々にお会いする人が居た。

 るいさんの旦那さんで、みやみやの元スタッフ仲間。

 私服で許可証を首にかけた霧島さんは、一眼レフのカメラをすっと向けてくれた。


「ほらぁ、みやみやも!」


「その前にシロクロを離してやってください。卒倒しそうですよ」


 るいさんは霧島さんを呼びながら私を抱き寄せていて、もはや完全密着状態だ。

 お互い薄着でぴったりした服を着ているから、温かさや柔らかさが伝わってきて……。


「死んで悔いなしぃぃっ!!」


「正気に戻ってくれ」


 呆れた顔で引き剥がされると、残り香でくらくらしてしまう。

 これが大人の女性の魅力なのか。

 ぽぉっと熱くなる顔を押さえていると、指の隙間からやっぱり呆れているみやみやが見えてしまった。


「あらあらぁ……」


 そしてちょっと離れたるいさんの顔に浮かんだ不思議な表情は、一体なんだったんだろう?

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