30.主人公キャラは王道で

 翌日の放課後。

 約束通り久美と絢ちゃんと三人で体育館に行くと、さすが決勝というべきかたくさんの生徒が居た。

 前に行った二階の通路は満員で、コートの中央に当たる場所にも人が多い。

 さすがにそんな混雑した場所にいるのも躊躇われるから、人の少ないステージ上へと移動することにした。

 縦長のコートを一方から、それも設置されている移動式のゴールごしに見ることになってしまうけど、人数と安全面から妥当な場所だろう。


「朋乃ってば、あたしらが知らないうちに一ノ宮と校内デートしてたの?」


「デートじゃないよ!」


 久美の当てずっぽうにも程がある発言にきっちり否定をしてからコートを見ると、今は事前練習の時間らしい。

 準決勝から導入されているというユニフォームは、今日もなかなか素晴らしい。

 脚と腕ががっつり晒される服装は、本人のポテンシャルを大いにアピールしてくれるものだ。

 我儘ではあるけどあれですよ、ムダ毛は少ないほうがいい。

 ばっちり脱毛してねなんて言わないけど、うっすらくらいが好みかな。

 ガン見するのもどうかと思って首から下を鑑賞していると、好みの体格は何人か居るものだ。

 その中でも一際目についたのは、すらっとした脚にきれいな二の腕をした、無駄な筋肉のない少し細身の身体。

 さてそれは誰だろうと思ってちらっと顔へと目を向けると……。


「おーい、玄瀬!」


「い、一ノ宮くん……」


 程よい筋肉に包まれた腕をぶんぶん振っていたのは、とっても楽しそうに動いていた一ノ宮くんだった。

 そうだった……。一ノ宮くんは容姿端麗でスポーツ万能。いい身体してて当たり前か。

 そしてその身体は、どうやら私の趣味にクリーンヒットしているらしい。


「返事してあげたらぁ?」


「いや、ちょっとそれは、やめて……」


 だって見てご覧よ。観客の視線がこっちに釘付けだよ!

 あと二階部分で斉木さんが面白そうにはしゃいでるし!

 自分が有名人だってこといい加減自覚してよ一ノ宮くんっ!!

 返事をするまで動いてくれなさそうだから小さく頷きを返すと、満足したらしい一ノ宮くんは再びコートを走り回った。

 それからすぐにホイッスルが鳴り響き、どうやら試合が始まるらしい。

 中央で一列に並んだメンバーを見ると、いつもの悪友、堺くんのほかにクラスでも運動神経がいい男子が並んでいた。

 対するクラスは……前に観た二年生だ。帰宅部と鉄道模型部の子が居るってところ。

 どちらのクラスにも応援の声が響き、試合が始まるとそれはどんどん高まっていった。


「うっわ、うちのクラスすごかったんだねー」


 久美の感想の通り、クラスメイトはずいぶんと動きがいいらしい。あれかな、受験勉強の鬱憤を晴らしてるのかな……。

 対する二年生もいい動きをしていて、バスケ部じゃないとは思えないほど白熱した試合を繰り広げている。

 結局ルールは分からないままだけど、一ノ宮くんの教えとしてはボールがゴールに入ればいいんだ。

 あとはそれぞれの動きを見て感心していれば十分楽しい。

 びっくりするほど素早い動きに目を奪われていると、試合はどんどん進んでいった。

 熱気あふれる試合に比例するように、歓声もどんどん大きくなっていく。

 そしてそれは固定の生徒に向けられることも多いようで……。


「キャー! 一ノ宮先輩、ナイスですっ!」


「うおぉぉぉ!」


 黄色い悲鳴が響いたかと思うと、それに負けじと野太い声が覆いかぶさる。

 うん……男子のファンも多いんですね。さすがですね。

 一ノ宮くんはそんな声援に時たま軽く答えるけど、それだけでもファンにはご褒美のようだ。

 あぁ……弾ける汗が眩しいな。


「朋乃、応援しなくていいの?」


「えぇ……?」


「そーだよー、絶対喜ぶよ」


「う……無理」


 私を挟む二人に言われたものの、そんな勇気があるわけがない。

 見ごたえのある動きと盛大な歓声に包まれた試合は進んでいき、気づけば残り時間はわずか。

 接戦にもほどがあるのか、点数はまったく一緒だった。

 疲れの見える様子から、ほんとにあともう一勝負って感じなんだろう。

 コートの端っこから再び試合が始まり、追い込みとばかりにみんな必死に動いてる。

 そしてそんな中……一人の生徒がボールを持つと、軽やかなドリブルをしながら一目散にこちらへ走ってきた。

 言わずもがな、一ノ宮くんだ。

 二年生はそれに追いすがり、だけど三年生にマークされて身動きが取れない。

 一ノ宮くんが人の隙間をすいすいと、まるでいつものスタッフさんのように抜けるとそこには、背の高い二年生が立ちふさがっていた。

 ボールを奪おうとする二年生を前に、一ノ宮くんは速度を緩めることなく、そして……。


「堺っ、肩貸せ!」


「おう!」


 後から追い抜いてきた堺くんの肩に手をおいたと思うと、そこを支点に思いっきりジャンプをした。

 ボールを手に、尋常じゃないジャンプをした先は……私たちの前にあるゴール。

 ガシャンと音を立てて叩き込んだボールは、そのままてんてんと跳ねてステージ下で止まった。

 しんと静まり返った体育館に試合終了のホイッスルが鳴り響くと、男女問わずの大歓声が沸き起こった。

 終了間際、同点でのダンクシュートって……。一ノ宮くん、あなたは漫画の主人公ですか?

 とりあえずあのジャンプはやばい。あとへそチラが見えた。あれは萌える。

 声が漏れそうなのを手で押え、すぐ近くで喜び合うクラスメイトへと目を向けた。

 そこにはどこから来たのか試合に出ていなかった生徒も居て、押し合いへし合いのもみくちゃ状態だ。


「行かなくていいの?」


「今ならチャンスじゃん?」


 両隣から聞こえる声は聞かないことにして、ステージ上からぶらぶら遊ばせていた脚を抱える。

 いやはや、モテモテですよ一ノ宮くん。そりゃそうだよね。今のすんごい格好よかったもん。

 でもさ……私は格好いい一ノ宮くんだけじゃなくって、そうじゃない一ノ宮くんも知ってるし。

 だからわざわざこう……分かりやすく格好いい一ノ宮くんにキャーキャーいう必要はないんですよ。

 モテモテわっしょい状態の一ノ宮くんに思うところがないとは言い切れないけど、あえて割り込もうとは思わないし。

 そんなことをぼそぼそと説明してみると、なぜか久美と絢ちゃんが両隣から手を伸ばしてきた。


「朋乃はいい子だねー」


「朋乃は可愛いよ」


「どうしてそういう話になるかな!?」


 二人に頭をいいこいいこされてると、もみくちゃ状態の一ノ宮くんがふとこちらに目を向けてきた。

 そんな無理して見なくてもいいよ。気にせず祝われてればいいんだよ。

 そう思ったんだけど……しっかり私に視線を合わせた一ノ宮くんに、ニッと笑ってピースをされると。


「いい彼氏だよねぇ」


「彼氏じゃないからぁっ!」


 なんだか無性に嬉しくなっちゃうのは、どうしてなんだろう。

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