05.変わってしまった関係性
イベント翌日の月曜日。当たり前ながら学校がある日だ。
大型連休まで約一週間と思えば頑張れる気もするけど、いかんせん疲れた身体は動いてくれない。
昨日は結局、夜寝る前に戦利品を堪能してほんの少しだけスケッチブックを開いてみた。
久しぶりに描いてみたら、分かってはいたけど全然上手く描けない。
それが悔しくていろんなイラストの模写を繰り返していたら、あっという間に時間は過ぎていった。
つまり今日は寝不足。イベントの疲れも引きずっているに違いない。
何度も鳴り続けるスマホのアラームを切り、渋々身体を起こすとどうやら寝坊はしていないようだ。
階段を降りてリビングに行き、ちゃきちゃき動く両親を横目に歯を磨いて顔を洗う。
共働きの両親は私と同じくらいに家を出るから、この時間は戦争だ。
いくら眠たくても、だらだらしてると二人にどやされるから急ぐしかない。
再び自分の部屋に戻ると、もう三年目となった制服に腕を通した。
入学の大きな理由となった制服は何度見ても可愛い。
冬服のセーラー服は黒い布地で、スカートの裾には青いラインが一本通っている。
黒と対比するように真っ白な襟にも同じ色の模様が入っていて、極めつけに青いスカーフを襟に通す。
黒白青とはっきりした色合いが物珍しくて、公立高校にしてはお洒落で可愛い制服だと思ってる。
私にしてはかなり高めの偏差値と遠めの立地だったけど、どうせ通うならと頑張ったのは良かったのか悪かったのか。
もう少し近い高校にすればまだまだ寝ていられたのかもしれない。
そう考えたもののもはや今更。三年生になってまでそんなことを考えるなんて、よっぽど疲れているらしい。
お母さんが作ってくれた朝食を大急ぎで口に詰め込んで、お弁当を掴んで家を出ることにした。
徒歩と満員電車で一時間。ハードな通学を経て学校に着いたのは予鈴のほんの少し前だった。
「おはよー」
ほとんど揃っているクラスメイトの間をすり抜けて自分の席に鞄を置くと、すぐ近くの席にいる友だちに声をかける。
去年も同じクラスだった友だちは、今日も相変わらずの様子だった。
「おっはー。朋乃、髪ぐちゃぐちゃ。やったげようか?」
朝だっていうのにしっかり巻かれた髪を指でくるくると遊びながら話しかけてきたのは、
本当は禁止されてるけど、ばれない程度にこっそりお化粧をしているお洒落女子だ。
私がどうにかイマドキ女子高生をやっていけてるのは久美の力があってこそ。
櫛を片手に久美の席に行き、されるがままに髪をいじられる。
「おはよう。今日は一段と遅いけど、何かあった?」
そのすぐ近くに座っているのは、
日本人形みたいにきれいな黒髪を伸ばしていて、真っ白な肌は女優さんみたいにすべすべだ。
絢ちゃんは勉強熱心だから、いつも教科書を開いている。
「うーん……ちょっと夜更かししちゃって」
「おーおー、今日は一時間目から小テストだからって熱心だね」
「え、嘘っ!?」
そんなのあったっけ!? まずい、テストはまずい!
大急ぎで机から教科書を引っ張り出していると、予鈴と同時に教室へ駆け込んでくる姿が見えた。
その人は青いラインが僅かに入った真っ黒な学ランを着ていて、席に鞄を置くと少し長い黒髪を手櫛で乱暴に直した。
「まぁた遅刻寸前かよ! 近所だからって余裕ぶっこいてるからだっての!」
「ちょっと寝坊しただけだ。そもそもまだ先生が来てないんだから問題ない」
クラスメイトの男子から次々と声をかけられているのは……昨日偶然出会って過ごした、一ノ宮くんだ。
首元のホックを外した緩い着こなしに、特にセットはしていない髪型。
目立って気にしているようには見えないのに、容姿端麗と言われるのはなんでだろう?
生まれ持っての顔面スペックのおかげなのか。
そして朝だからといって、彼の視線が女子に向くことはない。
別に女嫌いって訳じゃなくて、ただ男子と会話をすることが圧倒的に多いからだ。
だからそんな一ノ宮くんがこっちを向いているなんて、絶対に気のせいで……。
「玄瀬、おはよう!」
ニッと笑って挨拶してくるだなんて、絶対にあり得ないはずだった。
って、待って待って待って!
先週まで全然まったくなんの接点もなかったのに、週明けいきなり話しかけてくるとか明らかに何かありましたって言ってるようなもんだよね!?
頭いいくせにそんなことも分からないの? 一気にざわついたこの教室をどうしろっていうの?
教科書で顔を隠して無視してしまおうかと思った時、一ノ宮くんの背後に大きな姿がそびえ立った。
「おい、朝っぱらからなんの騒ぎだ? ホームルーム始めるぞ」
出席簿を手に立っていたのは、私たちのクラスの担任の先生。
本鈴まではまだもう少しあるけど、揃ってるなら始めていいはずだ。
先生もそのつもりなのか、そこかしこでお喋りをしていたクラスメイトに座るように指示を出す。先生、救世主。
教科書の合間からちらりと一ノ宮くんを窺うと、ちょっと残念そうな顔をしているように見えたけど……気のせいだよね。
ホームルーム中も小テストのことで頭がいっぱいで、ひとまず一ノ宮くんのことは意識から外すことにした。
無事にテストも終わり、続く授業もこなした昼休み。
三年生になった途端に受験一色になった授業は、背伸びして入学した私には正直きつい。
必死に頭に詰め込んで破裂しそうになりながら、久美と絢ちゃんの席までお弁当を手に這っていった。
元から勉強熱心な絢ちゃんはもちろん、要領がいい久美も私ほど消耗している様子はない。
「んで? 一ノ宮と何があったの?」
お弁当を広げた途端に久美から放たれた言葉は、私の箸を持つ手を止めるのに十分だった。
黙々とお弁当を口に運ぶ絢ちゃんも、視線でこっちを窺っている。
やっぱそうだよ、ね? 何かあったって思うよ、ね?
だからといって昨日のことをそのまま話すわけにはいかない。
だってイベントって言ったらなんのイベントってなって、同人誌の即売会って言ったらそりゃもうバレバレじゃん!
きっと二人は私がカミングアウトしても離れていったりはしないんだろうけど……ここまで隠したことをあっさりばらすのもちょっと違う気がするし。
なにより、イコールで一ノ宮くんのオタバレもしちゃうんだから隠しておくしかない。
「えっと……昨日、買い物行ったら、たまたま遭遇しちゃって……」
「へぇ、珍しいこともあるもんだね。朋乃の家結構遠いのに」
「え? あはは……家の近くじゃなくて、ちょっと遠出してたからさ。それでちょっと話したから、それじゃないかな」
同人誌を買いに行ってたまたま遭遇したんだから、嘘は言っていない。本当のことも言っていないけど。
二人は私のたどたどしい説明に納得してくれたらしく、一ノ宮くんの話はあっさり終わって違う話に移り変わった。
ほんとにさぁ……どうしろっていうのよ……。
急に態度を変えた一ノ宮くんを恨めしく思って見てみると、相変わらず男子と一緒にご飯を食べていた。
近くの女子から話しかけられれば答えるけど、自分からは必要以上に話しかけることはない。
そんな一ノ宮くんがふと顔を上げると、こっちを向いて小さく手を上げてきた。
だ、か、ら! どうしてそういうことするのかなっ!
慌てて視線をそらしたけど、今のを誰かに見られでもしたらどうするんだ。
「あれで、ねぇ?」
間近にいた久美と絢ちゃんにはばっちり見えてしまったらしく、変わったはずの話題は再び戻ってきてしまった。
おのれ一ノ宮くん、私が長年被ってきた女子高生の皮を剥ごうとでも思ってるのか。
反らした視線を下に向け、手を付けていなかったお弁当をがつがつと口の中に詰め込む。
私はお昼ご飯で忙しい。それに午後の授業の予習もしなきゃいけない。
だから話しかけないのは理由があるからであって、いじわるしてるわけじゃない。
そう思ってるのに……視界の隅で残念そうな顔をする一ノ宮くんに対し、ちょっとだけ胸が傷んだ。
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