06.放課後は青春の予感?
眠くなりがちな午後の授業は、幸いなことに私の得意科目だった。理解できれば楽しいし、楽しければ眠くない。
黒板の文字をノートに写し終わると、なんとなしに教室を見回した。
うつらうつらと船を漕いでる人がいれば、黒板の文字以上に書き込みをする人もいる。
そんな中、きちんと顔を上げているけどまったく手を動かしていない姿が目に入った。
今日何度目かと思うほど視界に入る、一ノ宮くんだ。窓際の一番前の席はいい席なのか悪い席なのか。
聞いた話によると学年一位の成績のくせに、熱心に勉強しているところは見たことがない。
なのにどうしてそんなに成績がいいのかと頭にくることもあるけど、もしかしたら影で頑張っているのかもしれない。
好きなことに熱心になれる一ノ宮くんなら、勉強だってそうだったりするのかな……。
羨ましい思いで眺めていると、手持ち無沙汰なのか一ノ宮くんも視線を巡らせ始めた。
視線が合う前に慌てて顔を手元に向け、書き写した文字をじっと目で追う。
その間に教室の後ろの方からクスクス笑う女子の声が聞こえ、ほんの少し目を向けると誰かとアイコンタクトをしているらしい。
方向的に……うん、分かってる。自分から話しかけなくても女子から接触を図ってくれるらしい。
さすがは学年の人気者。見た目もスペックも完璧に近い彼は、多少の難点はあってももてるのかもしれない。
というか……そんな一ノ宮くんと仲良くしようものなら、一ノ宮くんファンの女子を敵に回す?
いやいやいや、それは嫌だ!
仲間意識は持ってるもののそれ以外の気持ちなんてないし、歴戦の恋愛女子と肩を並べるなんてとんでもない。
二次元に生きてきた私にリアルの恋愛なんて荷が重すぎる。不戦敗上等。虎子を得なくていいから虎穴には入らない。
しっかり気持ちを固めた私は、その意志を高めるべく一つの決意をした。
放課後。一度廊下に出て時間を潰し、人が居なくなったのを確認してから教室に舞い戻る。
なぜなら帰りのホームルームの直前、一ノ宮くんの机に手紙をねじ込み呼び出しをしておいたからだ。
誰もいない教室の、窓際の一番前の席。
夕焼けが差し込む場所で一人スマホをいじっているだけなのに、妙に絵になるのが悔しい。
あの画面に映っているのはゲームだって分かってるのに!
「い、一ノ宮くん……」
「おお、玄瀬。ずいぶん古風な呼び出しをするんだな」
恐る恐る声を掛けると、一ノ宮くんはぱっと画面から目を上げ、笑いながら私をしっかり見てきた。
一日ぶりにちゃんと顔を合わせた一ノ宮くんは、昨日と変わらず楽しげだ。
私なんかの呼び出しに応じてくれたのはどうしてなんだろう。いや、来てくれなかったら困ったんだけど。
静かに扉を閉めてから自分の席に向かうと、どうしてか一ノ宮くんも近づいてくる。
いや、自分の席に居てくれていいんだよ? 会話するにはまったく問題ない距離だよね?
だけど一ノ宮くんは私の隣の席に座り、体ごとこっちに向いてきた。
「どうかしたのか? もしかして昨日の深夜アニメの感想でも言いたいのか?」
「それはSNSでやるから大丈夫だし、そもそも昨日は忙しくて見てない」
「なんだ。俺はリアルタイムで見てたからすっかり寝不足だぞ。てっきりお前もそうかと思ったんだが」
この人は朝からイベント参加してアフター行ったあと、さらに深夜アニメを見る余裕があるのか……。
そのスタミナがすごいっていうか怖い。私には到底真似できそうにない。
「そうじゃなくて! 一ノ宮くん、いきなりどうしちゃったのって話!」
「どうしちゃったの、とは?」
何も思い至らないとばかりに首を傾げるけど、それに流されることはできない。
誰がどう見たって、私と一ノ宮くんの関係が先週と違っているのは分かるはずだからだ。
「今まで全然話してなかったのにいきなり話しかけてくるなんて、絶対なんかあったって思われるよ!」
「実際あっただろう?」
「そうだけどっ!」
あーもう! ああいえばこういう! 人気者の自覚がないの? いや、そんな自覚があったら自意識過剰か。
だけど女子の目を考えると何も言わずにスルーは出来ない。嫉妬、怖い。
「えーっとね……今日の周りの反応で分かったと思うんだけど」
「何か違ってたか?」
ざわついてたのくらい気付いてよこの鈍感っ!
私はどうにかしたいと思っているのに、何も気にしてないみたいな態度に腹が立ってきた。
もーいい。分からないならはっきり言ってやる!
「教室で話しかけるの禁止!」
「それは嫌だ」
今まで私の言葉に質問を返してばかりだったのに、この発言には強い拒絶の言葉が返ってきた。
思っていなかった返答に思わず口をつぐんでしまうと、一ノ宮くんは私の顔をじっと見ながら言葉を続ける。
「今までは接点がなかったから無理に話しかけはしなかったが、昨日のことでもうできただろう?
それなのに話すな、なんて嫌だ」
一ノ宮くんの視線は一切逸れることなく、まっすぐ私を見ている。
笑っていたはずの表情は少し曇っていて、それは今日何度か見かけた残念そうな表情だった。
「もちろん、話題は選ぶ。
お前は周りにばれたくないようだからそういった話は大っぴらにはしないし、話すなら場所も考える。
俺はお前ともっと話がしたい。駄目か?」
はっきりとした言葉は聞き取りやすくて、ストレートな言葉は勘違いのしようがない。
一ノ宮くんは……本当に私と、話がしたいのか。
そんな気持ちを一方的に拒否して否定するのは、なんか……違う気がしてきた。
一ノ宮くんはちゃんと私に声をかけてくれたし、視線をそらせば無理に追ってくることもしなかった。
女子の嫉妬怖いは依然としてあるけど、それだけを理由に断るのは無理みたいだ。
それに……私だって、せっかくできたオタ友と話をするのは楽しそうだって思ってるから。
「……ごめん、言い過ぎた」
ちょんと頭を下げてから視線を合わせると、さっきまでの曇った表情がぱっとはれ、代わりに笑顔が浮かんでいた。
どうやら一ノ宮くんは感情がはっきりと顔に出るタイプらしい。
分かり易すぎる態度にちょっと笑ってしまいそうになると、一ノ宮くんはポケットにしまっていたスマホを取り出した。
「連絡先、交換しないか?」
「……うん、しよっか」
それくらい、クラスメイトなら普通だよね。
大きな画面のスマホは、一ノ宮くんの手にすっぽりと収まっていた。
対する私は小さめだから、そのサイズの違いがはっきり目立ってしまっている。
そうか、だから昨日文字入力するとき両手打ちしてたのかな。だったら小さいの買えばいいのに。
「お前のスマホ、小さいな。そんなのでゲームできるのか?」
「できるって。むしろ大きすぎると音ゲーで指が届かないし」
「なるほどな、確かにその手じゃ辛そうだ」
表示された画面を読み取ると、すぐに名前が表示される。お互い本名そのまんまの名前で、アイコンも無難なもの。
登録ボタンを押すとすぐに通知が表示された。
「……うん、一般人にはそのスタンプ送らないほうがいいよ」
「大丈夫だ。送る相手は厳選している」
ゲームキャラのネタ発言を模したスタンプは、分かる人にしか分からないだろう。
だから私もお返しにとアニメキャラのスタンプを押しておく。
ぽこんぽこんと表示されるスタンプで画面が埋め尽くされたところで、スピーカーからチャイムが鳴り響いた。
完全下校のチャイムのあとには先生の見回りが始まる。残ってた理由を聞かれるのは面倒だから早く帰らないと。
「玄瀬、お前駅までだよな?」
「うん。一ノ宮くんはチャリ通だっけね」
そんな話をしながら下駄箱で靴を履き替え、校門横の自転車置き場へ足を向ける。
この学校は運動部があまり活発じゃないから残っている生徒は少ない。
すかすかな自転車置き場を横切ると、真っ赤なママチャリが目に入った。うん、分かりやすいな!
「後ろ、乗っけてやる」
「二人乗りは怒られるよ……」
「なに、見つからなきゃ怒られない。ちゃんと裏道使うから安心しろ」
一ノ宮くんは鍵を開けてスタンドを起こし、鞄をカゴに放り込んでから荷台を指さしてくる。
いいのかな……。でも学校から駅までって結構距離あるし、そろそろ暗くなるから早く帰れるに越したことはない。
地元民の一ノ宮くんが言うなら大丈夫、かな?
校門から出て少し歩いたところで停まり、周りを気にしながら荷台にまたがる。
スカートが巻き込まれないようにしっかりまとめ、めくれ上がらないように手で押えた。
「行くぞ、掴まってろ」
こういう時、男の子の身体に腕を回してってのが定番なのかもしれないけど、漫画じゃあるまいしそんなことするはずはない。
サドルの端っこを握りしめ、ぐんぐん上がっていく速度にバランスを崩さないように踏ん張った。
いつもは大通りしか歩かないからうねうねした小道が新鮮、なんだけど……!
「い、一ノ宮くんっ! 速くないっ?」
「普段はもっと速いぞ?」
「嘘っ! 待って怖い転んじゃうっ!」
「大丈夫だ。この程度で転ぶほどヤワな走りはしていない」
「違うって! 安全運転してって言ってんの!」
下り坂でもブレーキを掛けずに駆け抜ける自転車は、風を切ると言うより風に体当りするって感じで本当に怖い!
なのに一ノ宮くんは相変わらず自信満々で、上り坂でも速度が変わらないというおかしな状況に陥っている。
こうなるともう、どこをどう走っているのやら。
気付けば視界の先は小さな高台になっているみたいで、わずかに見える景色は拓けているらしい。
「なぁ、玄瀬!」
「な、なにっ!?」
「なんか、漫画みたいだな!」
風切り音の合間に聞こえた声はすごく楽しそうで、浮かべているだろう表情がありありと頭に浮かんできた。
自信満々で、楽しそうで、嬉しそうな顔。
自分の顔が一瞬緩んだのを感じたけど、そのすぐあとの言葉で再び引きつった。
「このまま飛べたりすると思うか? 二人乗りって言ったら定番だろう?」
「それ漫画じゃなくて映画だよねぇっ!?」
「そうだったな。仕方ない、諦めるか」
一ノ宮くんが言うと冗談に聞こえないんだけど……。
すると渋々といった感じに速度を落としていき、一番高い場所で足をつく。
しっかりした柵の先には住宅街が広がっていて、遠くには線路の上を電車が走っているのが見える。
って……おかしくない? 駅に向かっていたはずなのに駅が遠くに見えるなんて。
「一ノ宮くん? ここ、駅じゃないよね?」
「つい楽しくなって逆方向走ってた」
「学校からより遠くなっちゃったよ!?」
「大丈夫だ。ここから心臓破りの坂を下れば駅前に戻れる。あの坂はスリルがあって楽しいぞ?」
「スリルはいらないから安全運転してって!」
結局、一ノ宮くんオススメの心臓破りの坂をノンストップで駆け下りて駅についたのは、歩いて帰るより遅い時間だった。
スリル満点すぎる道中を経て家に帰り、夜ご飯を食べて部屋に戻るとスマホがぴかぴかと点滅していた。
通知が入っているのは久美と絢ちゃんとのグループチャットと、さっき増えたばかりの名前だった。
女子チャットを手早く終えて画面をタップすると、短い文章が表示された。
『今日は楽しかったな。またドライブしよう』
「自転車でドライブって……」
走行速度はドライブ並みだったけど。むしろ絶叫コースターだったけど。
思わず大絶叫したらそんな反応も楽しかったのか、一ノ宮くんはますます調子に乗ってしまった。
今更ながら恐怖を思い出しちゃったから、お断りしますのスタンプを押しておく。
でもまぁ、送ってもらったのは事実だし……。
『送ってくれてありがとう。今度は制限速度を守って安全運転でお願いします』
それだけ送ってスケッチブックを開く。昨日は模写に徹したから今日は何にしようかな……。
ペラペラめくって考えていたら、またしてもスマホに通知が届いた。
『面白くなかったか?』
『面白いより怖かったよ』
『慣れれば楽しくなる』
『ならなくていい』
シャーペンを握るたびに響く通知音に、ちょっとイラッとしてくる。
全然話したことがなかったから知らなかったけど、もしかして結構お喋りが好きだったりする?
返事はしたしお礼は言ったし、これ以上は雑談の領域だろう。
延々続く会話に終止符を打つべく、スマホをサイレントにしてベッドの上に放り投げる。
既読スルーじゃなくて未読スルーだ。時間も時間だから早めに寝たってことにしておこう。
そう考えながら、スマホの存在を忘れることにした。
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