04.やりたいことをやる決意
約束の時間にさっきの場所に行くと、緑色のカーディガンを着ているみやみやが居た。
さっきは目立ちすぎる真っ赤なカーディガンだったのに、どうやら着替えたらしい。
「お待たせ。もう大丈夫なの?」
「ああ。撤収は完了したし、挨拶も済ませた」
サークル参加ということで大荷物かと思ったけど、みやみやは大きめのリュックを一つ背負っているだけだ。
人気者の同級生と二人というと緊張するかと思っていたけど、並んで歩いても不思議と緊張はしなかった。
あれかな、同族の安心感かな。
「誰か誘うか悩んだんだが、二人でもいいか?」
「うん、どこいくの?」
「高校生が行ける場所なんてたかが知れてるだろう」
迷うことなく進むみやみやについていくと、駅前のカラオケ店に入っていった。
学生フリータイムワンドリンク付きのお手頃価格だ。
手狭な個室に案内されると、手早く照明と機械の設定をするみやみやをよそに、私は邪魔にならなそうな場所に座っておく。
女友だちと来ることはあるけど、ここまでしっかりやったことはない。
ちょっと暗くするとテンション上がるよねーとか、そのくらいだ。
先に注文しておいたソフトドリンクが届いたころに、みやみやはようやく満足したらしい。
私と適度な距離を置いて座り、今度は伝票とスマホの時計を見比べている。
ずいぶんと細かいというか、几帳面というか……。
オレンジジュースのコップを手元に引き寄せていると、みやみやもコーラのコップを手に取った。
「じゃあ、イベントお疲れでした!」
「お疲れでしたー?」
わざとらしいほどの乾杯の音頭に付き合ってプラスチックのコップを掲げると、軽い音を立ててぶつけられる。
みやみやはそのまま一気に飲み干し、インターホンでささっと注文を済ませた。
どうやらコーラが大好きらしい。にしても飲みすぎだし炭酸に強すぎだ。
リモコンのタッチパネルを手早く操作する音が響き、コーラが届いて扉が閉まるとようやく顔を上げた。
「先、歌うか?」
「どーぞお先に」
私は曲選びすらしていない段階だ。というか、何を歌っていいか分からない。
女友だちと来る時は無難な流行曲を歌うけど、アフターというとそういうのも違う気もする。
かといって、あんまりオタクっぽいのを選んで引かれても嫌だし……。
なんて思っていると、広告が流れていた画面が一瞬暗転し、見るも明らかなアニメ映像が流れ始めた。
いやいや、ちょっと待って? これ、日曜朝の国民的女児向けアニメのオープニングだよね!?
「光る棒はいるか? 鞄に入ってるから俺の分も出しておいてくれ」
可愛らしい前奏が終わり、みやみやは高らかに歌い始めた。
その歌声は音程もリズムも強弱も完璧で、歌いなれているんだと分かる。不思議な万能男子は歌も上手いらしい。
しかし悲しいかな、明らかな男声で可愛らしさは半減だ。
サビの決めポーズを手振りで真似るのを見て、私もうっかりやってしまったのは仕方がないと思いたい。
間奏の間に喉を潤すみやみやをよそに、言われた通りに鞄の中を探ることにした。
ファスナーを開けるとそこは四次元でした……なんて言葉が浮かぶほどに、ありとあらゆるものが詰まっていた。
薄い本たちはもちろん、さっき使っていた布や小さな看板、目立ちすぎる真っ赤なカーディガンやタオルまで。
荒らさないように探し、ほんの僅かな隙間に刺さっていた光る棒を引き抜きテーブルに置く。
折って光るやつじゃなくて電池式のやつだ。ほとんど同じのが二本あり、片方を差し出された。
「好きに使ってくれ」
好きにと言われても……。話には聞いていたものの、ライブやイベントに行かない私は手にするのも初めてだ。
思ったよりも軽い棒を持て余していると、みやみやがキメキメに歌いながらボタンの位置を指さしてくれた。
おぉ、下にあるのか。ぽちぽち押してみると色が変わって楽しい。
みやみやはピンク色に光る棒を握りながら手振りをし、私も青色に光らせた棒をリズムに合わせて振っておく。
これが正しいかは分からないけど、何も言われないから間違ってはいないんだろう。
最後のサビもばっちり歌い切ったみやみやは、マイクを置いてコーラのコップを手に取る。
「シロクロ、お前の番だぞ」
「いやぁ……何を歌えばいいのか」
「なんだ? 好きなものを歌えばいいじゃないか。一曲目は気を遣ったが、次からは好きに歌うぞ」
気を遣ってあれか!
確かに知名度は高いし、女の子向けっていうので選んだのかもしれないけど。
一曲目からこてこてなアニソンを歌われちゃったら……歌いたくなるじゃないか。
普段は聞いてばっかりで歌ったことのない曲名を検索し、一瞬悩んでから送信ボタンを押す。
広告の映像はすぐに消え、またしてもアニメ映像が流れ始める。
「やはり女子はそれか。付き合おう」
みやみやは画面に表示されたタイトルを見た途端に呟き、一瞬で自分の予約を終了させる。
そしてマイクを持ったと思ったら、もう片方には赤色に光る棒を握っている。
深夜にやっている、女性向けの男性アイドルアニメ。オタクなら一度ならず聞いたことがあるだろう。
前奏が始まりもうあとには引けない。勇気を出してマイクを握り、青色に光る棒を画面に向けた。
フリータイムはあっという間に終わり、喉をがらがらに枯らしてから外に出た。
最初に選んだ曲は有名ではあったけど、まさかコーラスやコールまで完璧とは思わなかった……。
続いて流れたのは今度は女性アイドルアニメの曲。もちろん私も知っていたから付き合わせてもらった。
それからは有名どころだけじゃなくマイナー路線の曲も流れ、知っていたり知らなかったり。
だけどどんな曲でも思いっきり歌うのは楽しいし、光る棒を振り回すのも楽しかった。
「初のイベントはどうだった?」
駅に向かって歩いていると、ふとみやみやが問いかけてきた。
身体は疲労困憊だけど、答えなんてもちろん決まっている。
「すっごく楽しかった!」
イベント自体はもちろん、アフターも。
リアルのオタ友が居ないせいなのかもしれないけど、ものすごく楽しかった。
その感動を伝えきれるとは思えないくらい、最高な一日だ。
「ならよかった。シロクロはサークル参加はしないのか?」
「あはは、私イラストあんまり上手く描けないからさ」
描けないというか、描いていないというか。
中学生のころに一人で家で描いていたものの、インターネット上にはもう素晴らしい描き手さんたちがいらっしゃる。
描くのは好きだったけど、そんな中で公開をする勇気はないしお目汚しも甚だしい。
そう気づいた時から、私は完全に消費者目線になっている。
「嫌いなのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ、上手い下手なんて関係ないだろう? 描きたいなら描けばいい」
「そう言われてもね……」
平然と言ってのけるのは、知識と経験の違いだろうか?
イベントというものに慣れると考え方も変わるのかもしれない。
ということは、やっぱり私の考えはこのままだろう。
「はっきり言うが、俺は下手だぞ」
みやみやは胸を張って言い切ったけど、はっきりにもほどがある。
いや、うん……確かに今日ちらっと見たけど、上手とは言えないかもしれない。
「だが描く。描きたいからな」
駅まであともう少しというところで立ち止まり、しっかり私を見てから言い放つ。
その顔は不安や自虐は欠片もなく、自信満々な顔だ。
夕方はとうに越えていて、暗い空の下の街灯が眩しい。そう、街灯が、眩しい。
「下手でも描きたい。描いたら形に残したい。形になったら見せびらかしたい。そう思うのはおかしいか?」
「いや、それは、全然……」
みやみやの言うことはもっともだ。
絵を描くのは楽しかったし、昔のスケッチブックは捨てようって気持ちにならない。
もしも同じ趣味の子が居たら、見せ合いっこだってしたかもしれない。
だけど今はそういう環境に居ないし、インターネット上でそれをやるのはとても勇気がいることだ。
載せれば見られて、見られたら評価される。
それがいい評価だったらいいだろうけど、そうじゃないことだって多いって聞いたことがあるから。
そんな目に合ったら立ち直れない。だから、私はただただ消費しようって思ったんだ。
「他人の評価がどうであれ、俺は俺を評価している。
他人を気にしてやりたいことを我慢するような生き方はしたくないからな」
そういう風に言い切れるのは、みやみや……ううん、一ノ宮くんだからだ。
頭脳明晰、容姿端麗、スポーツ万能。女子の理想を固めて出来たかのような男子。
私みたいに好きなことを隠したり、やりたいことをやめたり、そんなことは考えないんだろう。
「私のことはもういいって。みやみやが続けるなら応援するからさ、私は一消費者で十分だよ」
抑え込んだこととか、溢れそうなこととか、そういうのを暴かれたくないからわざとらしく話を逸らす。
きっと一ノ宮くんだって、たまたま遭遇した同級生にそんなに深追いはしないだろう。
そう思ったのに……そうではなかったらしい。
「今日のお前、すごく楽しそうだったぞ。クラスでもまぁそれなりに楽しそうだが、それ以上にだ」
「それは……」
「お前なりの処世術があるんだろう。それは否定しない。だがな、玄瀬」
一ノ宮くんは今まで呼んでいた名前から本名に戻し、ニッと笑った。
「やりたいならやれ。好きなら好きでいろ。そういう生き方は、たまらないほど楽しいぞ」
そう言い放つ一ノ宮くんの顔は、クラスで見るよりもっともっと楽しそうだった。
好きなことを思い切りやっているからか、はたまたそれに自信を持っているからか。
なんのためらいもなくそう言い放てる一ノ宮くんが、ずるくて……羨ましい。
「……みやみや、ちょっと寄り道していい?」
「ああ、いいぞ」
駅に向いていた脚を来た道に戻し、近くにあった文房具屋さんに入る。
初めて入るお店だけど、こういうお店は大体どこも配置は似ているものだ。
考えると気持ちがしぼんでしまいそうで怖かったから、思いついた勢いのままにどんどん脚を進める。
すぐに見えたのは画材が並んでいる場所。
何年か前に使っていたのと同じスケッチブックを手に取って、立ち止まることなくお会計を済ませる。
そんな勝手な行動をする私に対し、一ノ宮くんは何も言わずについてきてくれた。
そしてお店を出て深呼吸をして、背後の気配を確認してから勇気を出して振り返る。
「私だって……やりたいことを、やる」
こんなことを言ってなんになるって思っても、出てくる言葉は止まらない。
一ノ宮くんはやりたいことをやって、好きなことを好きでいて、それがずるくて、羨ましくて……悔しいから。
「みやみやがびっくりするくらい、上手くなるよ」
ブランクは長い。スキルも足りてない。だけど好きで、やりたいことだから。
「いつか、もしかしたら……サークル参加、するかもしれないし」
「そうしたら一番に並んでやる」
「みやみやより、人気サークルになるかもよ!」
「受けて立とうじゃないか。期待してるぞ、シロクロ」
思いついたことを口にしただけなのに、一ノ宮くんは間髪入れずに答えてくれる。
その顔はやっぱり自信満々で、すごくすごく楽しそうだった。
興奮が冷めて我に返ると、恥ずかしさで頭を抱えたくなってしまった。
だけど一ノ宮くんはそんな私を気にすることなく、二人並んで駅へと戻る。
お互い乗る電車は真逆で、ここで別れることになるようだ。
電光掲示板によるとどちらの電車もすぐに来るらしい。
「今日はお疲れさまでした」
「ああ、お疲れ。初参加で疲れてるだろうからしっかり寝ろよ。体調管理は基本だ」
言われなくても家に帰ったらすぐにでも寝てしまいそうだ。
その前にご飯とお風呂と明日の準備はこなさないと。
いや、戦利品を読んだらテンションが上がって眠れないかもしれない。
「じゃあね、みやみや」
電車が来るというアナウンスに紛れるようにして、あえて一ノ宮くんとは呼ばなかった。
だけどホームに向かっていた一ノ宮くんは、その場でくるりと振り返る。
「じゃあな、シロクロ。それと間の星は忘れるな!」
「口に出したら分からなくない?」
「そこはニュアンスだ」
一ノ宮くん……いや、みやみやはニッと笑ってホームへ走っていった。
私も逆方向のホームへ急いで歩き、すぐに停まった電車に乗る。
混雑する電車の中で壁により掛かると、さっき買ったばかりの袋を胸に抱えた。
描けるのかは分からない。でも、描きたいのは分かる。
他人と比べても意味はない。自分がよければそれでいい。
そんな我が儘な考えだけど、やらないよりもやったほうが……きっと、絶対楽しいんだ。
そんなことを教えてくれたみやみやに心の中で感謝をしつつ、流れる景色を眺めていた。
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