34.プラモデルは奥が深い
翌週、平日は塾と一ノ宮先生の家庭教師。そして日曜日は再びお宅へお邪魔することになった。
毎週となると迷惑かなぁと思ったけど、どうやら歓迎ムードらしい。その理由は言わずもがなだろう。
前と同じく駅で待ち合わせ、一ノ宮くんと二人並んで歩道を歩く。
冬も近付くこの時期は、晴れていても肌寒くなってきた。
「そろそろ冬だねぇ」
「雪が降ったら楽しいんだがな」
「積もったら、でしょ?」
電車通学の私としては積もらないでほしいけど、自転車通学な一ノ宮くんだって同じなんじゃないかな?
そう思ったけど、歩いて行けない距離でもないらしい。
私だったらそこまでするより休みたいけど。
一週間ぶりの一ノ宮家に行くと、リビングには聡司さんの後ろ姿があった。
どうやら今日はお休みらしい。
「こんにちは……?」
聡司さんはローテーブルに向かって肩を丸めていて、小さくパチンパチンという音が響いてくる。
何か作業でもしてるのかと思って小さく声をかけると、丸まっていた背中が一瞬で真っ直ぐになった。
「朋乃ちゃん、いらっしゃい!」
にこにこと満面の笑みを浮かべた聡司さんの手には、ニッパーが握られていた。
そしてテーブルの上にあるのは……プラモデル?
「兄貴、そこ使うからちょっとどいてくれ」
「えー、朋乃ちゃんも一緒にやらない? 楽しいよ!」
「えぇ? さすがに、その……」
勉強しに来たというのに、真っ先に遊んじゃうのは駄目な気がする。
だけど聡司さんはさぁさぁと隣に座るよう手招きしてくるし、あんまり楽しそうだから強く断るのは躊躇われる。
どうしたものかと思って一ノ宮くんを見ると、呆れたため息をついて私の腕を引っ張った。
「玄瀬は勉強しに来たんだ。やるにしてもこっちが先だろう?」
「勉強より楽しいよ?」
「それは俺も知ってる。だから終わってからやろう」
呆れた顔はどこにいったのやら。
あっという間に片付けられたテーブルに勉強道具を置くと、一ノ宮くんは早々に勉強を始めるようだ。
聡司さんは邪魔しちゃ悪いからと言って自分のお部屋に移り、リビングに二人きりになってしまった。
とはいえ、先週に比べたらリラックスしているし、お兄さんという身内もいるんだ。
ドギマギする気持ちなんて一切湧かず、広げた参考書に集中することができた。
前と同じくおやつ時の休憩時間。今日の手土産は近所の和菓子屋さんのお団子だ。
二人は和菓子も大丈夫だと聞いていたから、お母さんが喜び勇んで準備していてくれた。
未来の息子だものーって、言ってることが聡司さんとうり二つなのはどうなんだろう……。
ついでに言うと、出張から帰ってきたお父さんが、会ってもいない一ノ宮くんにジェラシーを感じているらしい。
ここまでくるともはやカオスだ。
そして私は一回も肯定していないというのに、外堀が絶壁になっていくのはなぜだろう。
みたらし団子をもぐもぐと食べながら考えても答えは出ない。
仕方なく次の餡子のお団子をかじると、突然聡司さんの部屋の扉が開いた。
「京伍ー、今日の風はどうだった?」
中から聞こえた質問に、同じくお団子を食べている一ノ宮くんが声をかけた。
「そこそこいい風だったな。方角も問題ない」
「よーし、じゃあお兄ちゃん、塗装しちゃうぞー」
求めていた答えだったのか、聡司さんの声は一気に上機嫌になっていた。
風……? プラモを作るのに、どうしてそんなのが関係するんだろう?
「ご近所に迷惑はかけられないからな。塗装ブースを使っていても気にする人は気にする」
「えっと……?」
「見てみるか?」
百聞は一見にしかず。説明を聞いても分からないなら実物を見たほうが早い。
一ノ宮くんがいいというなら見せてもらうことにしよう。
お団子を食べ終えて片付けをすると、そのまま聡司さんのお部屋へとお邪魔する。
そこはお隣さんと繋がっていない、角に面したお部屋らしい。
そして胸元くらいにある小さな出窓には、何やらホースのほうなものが差し込まれていた。
「兄貴。玄瀬が見たいって」
「いーよ。こっちでお兄ちゃんと一緒にやるかい?」
「あ、結構です」
「妹の塩対応もご褒美だねー」
安定の変態発言はスルーしておくとして、窓の真下に置かれた机には大きな箱が置かれていた。
なんでもそれは塗装ブースと呼ばれるものらしく、フィルターとファンがついた塗装用の場所らしい。
その中にはパーツのようなものと、エアスプレーらしきものが入っている。
「こういう時は広い庭付き一戸建てとか憧れだよねー。アウトドアで思いっきりスプレー使えたらなぁ」
「外でやると埃がつくと言ってたじゃないか」
「それとこれとは話が別だよ」
そんな話をしながらも、箱の中では手際よくスプレーが施されている。
一色だけのつるんとしたパーツは、吹きかけられる塗料でどんどん深みを増していく。
吹いては干し、他を吹いてはまた干し。そんな地道な作業を延々と繰り返しているようだ。
「いくら隣り合ってなくてもそれなりに臭いが出るものだからな。
近所迷惑にならないよう、使うのは風が吹いてる時と決めているんだ」
ご両親が不在でもご近所付き合いはきちんとしているらしい。
そんな部分に感心しつつ、邪魔をしないよう部屋を後にすると、残った勉強に専念することにした。
今日は得意科目を中心にやっていたおかげか、夕方前にはノルマが終わっていた。
これを自宅で一人でやってたらまだまだ終わらなかっただろうけど。
的確に教えてくれる一ノ宮先生に大感謝だ。
勉強道具を手早く鞄にしまっていると、一ノ宮くんがいそいそといくつかの箱を持ってきた。
「あんまり時間はかけられないから簡単なやつを選んだ。どれがいい?」
「え、私がやっていいの?」
「もちろんだ。そもそも、買ったはいいが積んでるものだからな」
そう言ってテーブルに広げられたのは、よく見るロボットアニメの機体のプラモデル。
両手に乗るサイズの箱からして、きっとそんなに複雑じゃないんだよね?
その中でも一際目立つ、これはロボじゃなくてマスコットだよねと思っていたイラストが描かれた箱を見ると、どうやら組み立てがとても簡単らしい。
「これがいい。可愛いし!」
「じゃあ、俺も色違いを作るか」
私は青で、一ノ宮くんは赤。
勉強してる時と同じく並んで座り、一つずつ手順を確認しながら作業を始めた。
プラスチックでできたパーツは編み目のような枠の中にいくつもあって、まずはそれを外すらしい。
繋がってる部分はほんのちょっとだから手でちぎればいいのかと思ってると、どうやらそれは駄目らしい。
「まずランナーから大雑把に切り取って、残ったゲートをもう一度切るんだ。
本当はヤスリをかけるときれいになるんだが、今日はそこまでしなくても平気だろう」
一ノ宮くんの言ってることは正直よく分からないけど、見よう見まねで切り取ってみると問題なかったらしい。
プラモデルってもっと簡単なものかと思ってたけど、突き詰めようとすると底が見えない趣味なんだそうだ。
「兄貴は塗装しないと気が済まない病に冒されていてな。俺としては素組みでも悪くないと思うんだが」
そんなことをぶつぶつ言いながらも、手が止まる気配はない。
こういうところは男の子だよなぁなんて思っていると、一ノ宮くんの視線が私の手元へと向いた。
「そこはもう少し余裕を持って切ったほうがいいぞ」
「え? どこ?」
「腕の部分だ。小さいパーツだからな」
そう言って、一ノ宮くんは私の手ごとニッパーを握り、適切であろう場所に刃をあててくれた。
ただ……私にとっては切断箇所よりも、すっぽり包み込んでくる一ノ宮くんの手のほうが問題だ。
思った以上に大きい手は、さらっとしていて温かかった。
「あの、わ、分かったから!」
「パーツが揃えばできあがりはすぐだからな。頑張ろう」
ニッと笑った一ノ宮くんはすぐに作業を再開したけど、私はさすがに無理だ。
今日はまるで気が抜けていたのに。リラックスムード満点だったのに……!
一ノ宮くんに他意がないのは分かってるけど、気になる時は気になっちゃうんだよ!
そんな切実な思いは口になんてできず、恥ずかしさを堪えて集中していたら、さくさくと手順は進んでいた。
あとは番号通りに組み立てて……うん、完成だ。
「できたーっ!」
「うん、うまくできたな」
まるんとしたフォルムのプラモデルは、初めてにしては上出来なんじゃないかな?
ちゃんと関節が動くし、ポーズも付けられるし、何より可愛い。
大満足でカチャカチャいじっていると、ようやく聡司さんが部屋から出てきた。
「あーっ! お兄ちゃんの居ない間に仕上げちゃってる!」
「ずっとこもってたのが悪いんだろう」
「僕が教えてあげたかったのに!」
「兄貴は一旦始めると熱中して教えるなんてしないじゃないか」
「妹は別だよ!」
「玄瀬は妹じゃない」
そんな迷会話をされたところで、出来上がったプラモデルは元に戻らないし、私は妹ではない。
わーわー文句を言う聡司さんを華麗にスルーした一ノ宮くんは、時計を見てから慌てた様子で片付けを始めた。
あ……今日もなかなかいい時間だ。そろそろ帰らないと。
とりあえず出来上がったものは机に置いておき、床に置いていた勉強道具を鞄にしまうことにした。
「それ、持って帰っていいぞ」
「いいの?」
「ああ。うちは完成品と未開封品で置き場所がないし、せっかく初めて作ったんだからな」
「ありがとう!」
わー、なんか嬉しい! そんなに大きくないし、机に飾っておこうかな。
手早く身支度を終えると、今日も聡司さんが車で送ってくれるらしい。
なんでも、電車で無駄な時間を過ごすくらいならお兄ちゃんと一緒に居ようということらしい。
安定の変態発言だ。
今日は三人揃ってお家を出て、先週と同じ並びで車に乗り込む。
そしてその帰り道で話したのは、お互いの進路についてだった。
「朋乃ちゃんは行きたい大学あるんだよね?」
「はい。まだ判定は微妙なんですけど……」
「絶対いけるよって言ってあげたいけど、こればっかりは積み重ねだもんね。
京伍はすんなり決めちゃったから、僕は朋乃ちゃんを応援するとしよう」
滑らかなハンドルさばきをする聡司さんの言葉に、ふと隣に座る一ノ宮くんに目を向けてしまった。
思えば、一ノ宮くんが行く大学も、どうして選んだかも聞いてなかったっけ……。
「一ノ宮くん、どこの大学行くの?」
「家から通える範囲内の大学だ」
そんな軽々しい理由と共に教えてくれたのは、胸を張って高学歴と言える有名な大学だった。
「ちょっと殴りたい……!」
「一発で勘弁してくれ」
そう言って笑う一ノ宮くんの二の腕をぺしんと叩き、続く話に耳を傾けた。
「俺はまだやりたいことが決まってないからな。なんでもできる場所に行きたかったんだ」
私には不可能なレベルだったから調べることすらしていなかったけど、その大学は生徒の自主性を重んじる風潮らしい。
卒業後の進路も多種にわたるというから、確かに自由度は高いんだろう。
一ノ宮くん、実は結構ちゃんと考えてたんだな……。
ちょっと前に聞いた話だと、久美は美容系の職に就きたいっていうし、絢ちゃんは研究者になりたいって言ってた。
みんなそうやって目標があるっていうのに、私はただ漠然と、自分のレベルにあった場所という選びかただ。
そのことが情けなくて悲しくなってくるけど、だからといって今すぐ意識を変えられるものではない。
深みにはまってしまいそうな思考を止めようと努力している間に、車は私の家の前へとたどり着いた。
「あ、今日はここで大丈夫だから」
「む。挨拶しなくていいのか?」
「お母さんが一ノ宮くんにときめいちゃってるから。あと、今日はお父さんも居るし」
「だったら尚更……」
「だが断る!」
無意味なジェラシーを抱えたお父さんと会わせたら、どれだけ面倒くさいことになるか。
そんなおかしな状況を見られたくないから、今日は玄関前でお別れすることにした。
「ただいまー」
キッチンに向かって帰りの報告をし、ひとまず自分の部屋に行き鞄の中からプラモデルを取り出す。
手の平サイズのこの子はどこに置けるかな。
学習机の上を見てみると、ライトのスイッチの真横にちょうどいいスペースを見つけた。
せっかく置くならといろいろポーズを取らせてみると、なんだかちょっと面白くなってくる。
そんなテンションで撮った写真を一ノ宮くんに送りつけてみると、すぐに返事が返ってきた。
『俺も机に飾っておこう』
しばらくして届いた写真には同じような場所に置かれた赤い子が映っていて、これってもしかしてお揃いなのかなって思っちゃったり……。
いや、そういうんじゃないと思うけど!
気付いてしまったら無性に恥ずかしくて、でもあえて場所を移す気にもなれなくて……。
一ノ宮くんからの写真を見ながらポーズを変え、おんなじ格好をさせてからベッドに倒れ込んだ。
「うー……」
一ノ宮くんと居ると、楽しい。一緒に居なくても、楽しい。
それ以外にも、嬉しいとか心地いいとか、たくさんのことを感じる。
この気持ちって……なんなんだろう?
枕を抱えて考えようとしていると、リビングからお母さんの声が響いてきた。
ご飯ができたよという言葉には、ちょっと待ってという返答は許されない。
たまに家族が揃う時くらいみんなで食べようって約束だから、怒られる前にさっさと起き上がることにした。
考えようとしてたことは……ちょっとまだ、置いておこう。
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